第10話 第三王女殿下付き侍女への第一歩(2)
ブランカ伯爵家次女ソニア視点
最初に目に入ったのは咲き乱れる見事な花々です。
「わぁ」
私とルチア様は思わず声を上げてしまいました。
こんなに素敵な庭園は今までに見たことがありません。
私たちは近くの花壇に近寄りました。
そこに色とりどりのバラが咲いています。
花びらがたくさんのや少ないの、赤や濃いピンクに薄いピンク、黄色に、紫、白に……数えきれないほどです。
夢中になって一つひとつ花を見て香りを楽しみます。
きっと、今日が一番の見頃になるように庭師の方々が丹精込めて手入れをなさったのでしょう。
「あちらの花壇も見に行きましょうよ」
「ええ」
ルチア様と別の花壇を見に行くと、そこには色とりどりの百合の花が咲いていました。
白やピンク、花びらに筋が入ったの、大きい花に小さめの花に長い花、それにすばらしい香り。
圧倒されてしまいます。
二人で花に見入っていると、近くにいる人の話し声が聞こえてきました。
「まあ。これは気品があって楚々とした美しい百合ですわね。まるでクラリッサ様のようですわ」
「本当だ。この清らかな白も可憐なクラリッサ嬢そのものだね」
「まあ。嬉しいわ」
きっと身なりからして公爵家か侯爵家の令嬢と令息でしょう。
私と同じくらいの年齢のように思われます。
おべっかが上手な二人に挟まれている方がクラリッサ様なのでしょう。
金髪碧眼の可憐というより派手やかな美人です。
きっと容姿を褒められることに慣れているのでしょう。
当然だ、と言わんばかりの表情をしています。
「クラリッサ様はお兄君のライモンド様と一緒にいらしたのでしょう?お会いしたかったですわ」
「うふふ。お兄様はマヌエル殿下の側近ですもの。ヴァレンティーナ殿下にご挨拶申し上げた後、すぐにマヌエル殿下のお側へ戻っていきましたわ」
「クラリッサ嬢の兄君はとても優秀なのですね」
「ええ、そうよ。それにわたくしのお姉様もデルフィーナ殿下のお遊び相手を務めたことがありますの。ですから当然わたくしもヴァレンティーナ殿下のお遊び相手に選ばれるに決まっていますわ」
なんだかおかしなことを言っています。
ご兄姉が自慢なのはいいとしても、お遊び相手を務めたり側近であることはクラリッサ様の手柄でも資質でもないのに。
母が言っていたのはきっとこのことね。
気をつけなくては。
その会話を聞いていたルチア様が急に言い出しました。
「このパーティーはきっとヴァレンティーナ殿下のお遊び相手を探すためのものよね。ソニア様のお母様はヴァレンティーナ殿下の乳母なのでしょう?いいわよね。そういう伝手がある人って」
「母は私情で伝手を使うような人じゃないわ」
「でも何もない人より有利なはずよ。お母様が評価されているんだからその子供も、ってなるに決まってるわ」
「そんなことないわ。母の働きは私のものではないんだもの。誰の子だってみんな平等に見てくださるはずよ」
「そんなこと言ってごまかすのね」
ルチア様は納得していない表情です。
最初に挨拶をした時に打ち解けた会話ができなかったのは、そういう気持ちがあったからなのだとわかりました。
でもそんな風に思われるということは、母がヴァレンティーナ殿下の乳母だという事実は私にとって何も有利に働かないし、返って不利に働いてしまうということでしょう。
私も納得できません。
母は母、私は私です。
気がつくと周りの令嬢や令息たちの目が私に向いていました。
あのおかしなことを言っていたクラリッサ様も私を睨むように見ています。
いたたまれなくなり、私はこの場から逃げることにしました。
「喉が渇きましたから、私はあちらに行ってお茶をいただいてきますね」
ルチア様に断って私はお茶やお菓子の並ぶ一角へ行きました。
近くのテーブルについてゆっくりお茶を飲んで辺りを見回します。
大勢の貴族子女が数人ずつ固まってお喋りしたり、テーブルを囲んでお茶やお菓子を楽しんでいます。
皆もともと知り合い同士のようです。
なかなか知らない子同士で話すのは難しいですね。
年齢も五歳から十二歳と幅がありますから、五、六歳の子は兄姉や従兄弟にくっついて一緒に動いているようです。
誰か、お喋りできそうな子はいないかしら。
そんな風に考えて周りを見回していると、急にざわめきが起きました。
ざわめきの元は会場の入り口のようです。
その入り口からヴァレンティーナ殿下が中に入っていらっしゃいました。
殿下はおひとりで、後ろに女性の護衛騎士が二人従っています。
殿下はおずおずと近寄ってきた幼い令嬢に何か話しかけておいでです。
令嬢は話しかけられたのが嬉しかったのか、体を揺らして喜んでいます。
それを皮切りに、他の幼い令嬢や令息も殿下に近寄っていきました。
殿下はニコニコと楽しそうに皆に話しかけていらっしゃいます。
でもよく見ると、殿下とは距離を置いて冷ややかな目で眺めている令嬢や令息もいます。
側妃の子と思って軽くみているのかもしれません。
そういうのはたいてい両親の影響です。
王妃殿下の行動を忘れたのか見ていなかったのかもしれません。
ヴァレンティーナ殿下はこちらの方へと歩みを進めていらっしゃるようです。
また殿下のお姿を近くで拝見できるかも。
そう思った時でした。
「ちょっとよろしくて?」
いきなり誰かから声をかけられました。
見ると先ほどのクラリッサ様と取り巻きの令嬢と令息が立っていました。
三人とも冷ややかな目で私を見ています。
「何でしょう」
「あなたのお母様がヴァレンティーナ殿下の乳母だというのは本当のことですの?」
「はい」
「あなた、名前は?」
仕方なく椅子から立ち上がって自己紹介します。
「ブランカ伯爵が次女ソニアです」
「わたくしはアルジェント侯爵家の次女クラリッサよ。見知りおきなさい」
「はい」
ずいぶんと偉そうな物言いをする令嬢です。
とりあえず返事はしましたが、あまり関わり合いたくない人です。
「あなた、まさか自分がヴァレンティーナ殿下のお遊び相手に選ばれると思い上がっているんじゃないでしょうね?」
「仰る意味がわかりませんが」
侍女としてお仕えしたい夢はありますが、選ばれるつもりなどという驕った気持ちは持っていません。
でもそれをクラリッサ様に言うつもりにはなれませんけど。
「あなたみたいな地味な子が殿下の気を引けるわけないでしょう。身の程知らずだと言っているんです。あなたのお母様の伝手が使えるなら、それはわたくしによこしなさい。わたくしのような見目の良い者が殿下のお側にふさわしいのだということくらいあなただってわかるでしょう」
これはいくらなんでもひどい言いようです。
たしかに私は母譲りの茶色の髪と茶色の目で派手な顔立ちではありません。
でもヴァレンティーナ殿下はきれいな目だと褒めてくださいました。
それになぜ母が殿下の乳母だというだけでこんな理不尽なことを言われなくてはならないのでしょうか。
「母は私情で伝手など使いません。それに私は選ばれるために外見だけが大事だとも思いません」
「なんですって?」
「その時は私の資質が問われるのだと思っています。私の外見についてあなたからの評価は必要ありませんし、あなたに身の程知らずと言われる筋合いはありません」
思わず言い返してしまいました。
クラリッサ様の表情は怒りに歪みました。
「そう。このわたくしの役に立つつもりはないと言うのね。それを身の程知らずと言うのよ。愚か者には思い知らせてあげなくてはね」
クラリッサ様の手がテーブルの上に伸びました。
戸惑っていると、その手が私の飲んでいたお茶のカップに伸びて掴んだので、思わず身構えました。
お茶をかけられると思ったのです。
でもクラリッサ様は私ではなく、自分のドレスにお茶をかけたのです。
そしてカップを地面に落として叫びました。
「きゃああ!何をなさるのっ!」
「え?!私は何も!」
「そんなに私が嫌いなの?ひどいですわ!」
驚いて言い返してもクラリッサ様の大声にかき消されてしまいました。
さらにクラリッサ様はものすごく傷つきました、という表情を作って泣き出してしまいました。
本当に涙を流してわんわん泣いています。
私は何もしていないのに。
クラリッサ様の泣き声が大きくて、周りの視線が集まってしまいました。
ドレスはお茶で汚れているし、大声で泣いています。
今、クラリッサ様と私の姿を見た人は、きっと私が悪いと思うに違いありません。
周りの視線はすでに私を非難しているように見えます。
どうしよう。
これでは完全に私が悪者になってしまう。
誤解を解こうとして何を言っても、きっと周りは信じてくれない。
どうしよう。
これで殿下付き侍女への道は閉ざされてしまったかもしれない。
そう思うと私は泣きたくなりましたが、一所懸命堪えました。
私がみっともない行いをすれば、それは両親の評判を落とすことになってしまいますから、必死に堪えました。
でもすぐにも涙が出てきてしまいそうです。
もうダメかも。
そう思った時、幼い声が聞こえました。
「どうしたのですか?」




