禁忌魔術大暴走
破壊、人死の描写あり。
ベネドリナ王国。
王都にある神殿の地下。
黒い装束に身を包む十数人の魔術師が巨大な魔法陣を囲み、詠唱しながら魔力を注ぎ込んでいる。
それを一段高い所から眺める男たち。
魔法陣の輝きが増すにつれ、男たちの表情に興奮の色が増していく。
魔術師たちの詠唱が止み、魔法陣から強烈な光の柱が幾筋も立ち上がった。
男たちの欲望に満ちた目がギラギラと輝く。
一人が堪えきれず「いよいよか」と呟いた。
その刹那。
魔法陣の真上、天井に突如新たな魔法陣が現れ、床上の魔法陣に込められた魔力を吸い上げ始めた。
この異常事態に魔術師たちが動揺の騒めきを漏らす。
「何が起きているのだ?!」
「わ……わかりませぬ」
最も身分が高いと思われる男が叫ぶが、誰も事態を把握できず為す術も無い。
その場にいる者すべてが狼狽える中、床上の魔法陣から魔力を吸い上げ尽くした天井の魔法陣が強烈な光を放ち始めた。
そして。
カッと閃光が放たれ、耳をつんざく爆音が響き渡った。
◇◇◇
同日同時刻。
ベネドリナ王国の王宮では煌びやかな夜会が催されていた。
華やかな楽曲が奏でられ、着飾った紳士淑女が楽しげに時を過ごしている。
国王と宰相はそれを眺めながら、神殿にいる王太子から良き知らせが届くのをそわそわと待っていた。
「そろそろ儀式が終わる頃じゃな」
「はい。此度も上手く召喚できたことでしょう」
この夜会はその良き知らせの前祝いのようなもの。
二人は儀式の成功を疑いもしなかった。
だが。
突如、ドンッという音と共に床が激しく揺れた。
揺れの大きさに対応できず大勢が悲鳴を上げて床に倒れ、グラスや食器が落ちて割れる音がする。
どこかで何かが爆発したような音が開かれた窓を通して聞こえてきた。
揺れが収まり、人々は事態を把握しようと周りをきょろきょろと見回し、近くにいる人と話し始める。
突然、大広間に叫び声が響き渡った。
「きゃあああ!陛下!陛下!!」
床に倒れ苦悶の形相で虚空に震える手を伸ばして苦しみもがく国王と、その体に縋りつく王妃。
宰相も近くの床に倒れ苦しみもがいている。
その姿に気づいた妻と嫡男が駆け寄る。
「あなた!あなた?!」
「父上!」
混乱の最中、再び爆発音がして床が揺れた。
立っていた者は全員床に投げ出され、楽団員たちは倒れた椅子や楽器に埋もれる。
テーブルが倒れ、料理や飲み物、食器や花瓶が床に散乱する。
燭台が落ち、蝋燭の火がクロスに移り燃え広がり始めた。
阿鼻叫喚の地獄と化した大広間。
立ち上がった者から我先にと大広間の扉口へ駆け出していくが、扉を開けるのに手間取り、次々と駆けてきた人々が密集してパニック状態がさらに広がる。
ようやく王宮の近衛や護衛騎士たちが駆けつけ人々の避難誘導を始めたが、混乱は広がるばかりだ。
そこへ不安定に揺れていた大シャンデリアが天井から落下し、恐ろしい音を立てて人々の恐怖をさらに煽った。
◇◇◇
同日同時刻。
神聖国キドエラの巨大神殿。
地下空間。
そこで三人の男が巨大な魔法陣の側に立ち、それを眺めている。
その魔法陣には時間をかけて大量の魔力を込め終え、明日の儀式を迎えるばかりとなっていた。
「猊下。準備は万端、整ってございます」
「うむ。ずいぶんと長く待たされたものじゃ」
「まことに申し訳ありませぬ。ですが明日には長年のご心労も雲散霧消するものと存じます」
「そうじゃな。異世界からの召喚聖女は大国気取りのベネドリナ王国ではなく我が神聖国にこそふさわしい。いよいよその権威を取り戻す時が来たのじゃ。明日の儀式は必ず成し遂げよ。良い知らせを待っておる」
「お任せください。必ずや……」
急に薄暗い地下空間に明るい光が満ちた。
目の前の巨大魔法陣が光り始めたのだ。
「何事じゃ?」
全体がこれ以上ないほどに強く輝くと、突如地下空間の天井に新たな魔法陣が現れた。
「これは?!」
その新たな魔法陣は床上の魔法陣から魔力を吸い上げ始めた。
三人は何が起きているのかわからず動揺するばかり。
やがて天井の魔法陣は魔力を吸い上げ尽くし、強烈な光を放ち始めた。
そして。
カッと閃光が放たれ、耳をつんざく爆音が響き渡った。
◇◇◇
その夜。
ベネドリナ王国の王宮における混乱は夜通し続いた。
火は消し止められたものの、大広間には逃げ遅れて天井から落ちてきたシャンデリアに潰されてしまった死者が多数。
その中には国王、王妃、王太子妃、宰相とその妻、嫡男が含まれていた。
やがて、二度めの爆発は王宮の地下で発生し、ある部屋が完全に破壊されてしまったことが明らかとなる。
そこは王家とごく一部の魔術師たちが秘密裡に行っていたとある実験のための秘された研究室だった。
さらに最初の爆発で神殿が完全に破壊されたことも判明。
儀式のためそこにいた王太子、魔術師長、魔術師十数名の生存は絶望的となった。
◇◇◇
同夜。
神聖国キドエラの中心地は巨大神殿もろとも瓦礫の山となり、生き物の気配は完全に途絶え、宵闇の中、静寂だけが広がっていた。
◇◇◇
同日深夜。
ナルサス王国の王宮。
就寝中の国王は突然の激しい爆音と揺れに目を覚ました。
「何事か?」
そう口にした国王は我が身の異変に気づく。
「息がッ…………誰……ぞ……」
混乱の中、侍従と近衛騎士が駆けつけた時、すでに国王は苦悶の表情のまま息絶えていた。
王宮は混乱した。
王妃は爆音と揺れに恐れ慄き、さらに国王の死を知らされて衝撃のあまり倒れる。
成人前の王子がどうにか指揮を取ろうと務めるが、夜間のことゆえ状況の把握に時間がかかる。
明け方近く。
神殿が破壊され完全に瓦礫の山と化したこと、宰相と魔術師長が己の屋敷で国王と同様に苦悶の表情のまま息絶えていたことがようやく判明した。
◇◇◇
同日深夜。
ラドゲル王国。
夜の帳が下り、盃を手に寝室のバルコニーへ出た国王と王妃。
二人は遠くに広がる夜の海を眺めながらゆったりと過ごしていた。
二人の気分が、そろそろ部屋に戻り休もうか、となった時。
突然、彼方に見える神殿が閃光を発し、爆音が響き渡った。
激しい揺れが王宮にまで及ぶ。
二人は床に投げ出され、その手にあった盃は落ちて砕け散る。
さらに二人は我が身の異変に気づく。
「毒……?」
「息が……」
二人の口からそんな言葉が漏れたが、互いに目を合わせながら苦悶の表情でもがき苦しむことしかできない。
しばらく後、駆けつけた侍従と近衛騎士が目にしたのはバルコニーに転がっている苦悶の表情のまま息絶えた国王と王妃の姿だった。
呼ばれた宮廷医師の見立てた二人の死因は窒息死。
知らせを聞き駆けつけた王太子は、死因を聞かされて混乱する。
さらに神殿が破壊された旨報告が上がり、追い討ちをかけるように先頃嫡男に家督を譲り隠居した元宰相の死が知らされる。
元宰相も国王や王妃と同じような死に様だった。
◇◇◇
ベネドリナ王国と神聖国キドエラに接し、反対側にはナルサス王国が接している山脈の一つの頂に、三つの人影があった。
そこからはこの三カ国の王都や首都がよく見える。
遥か彼方にはラドゲル王国の国土が霞むように見えている。
「これで断ち切った」
「ああ」
男が呟くように言い、別の男が相槌を打つ。
女は胸元で両手を組み、祈るような姿で涙を流している。
「長かったな」
「長かった」
「仇は討った」
「怨みは晴らした」
「これで俺たちのような被害者は二度と出ない」
「ああ。俺たちで終わりだ」
「いずれ異質な存在の俺たちはこの世界から消える。血は残ったとしても影響は薄れ、徐々に元の形に戻っていくだろう」
それからしばらく三人は眼下の景色を眺めながらポツポツと何やら語り合っていた。
やがて三人の姿はその場から消えた。
こうして、この大陸における歴史的転換点となる一日が終わった。




