表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夏花火に乾杯

作者: 南砂 碧海
掲載日:2025/08/30

 今年は、小さな町の夏祭りが久しぶりに開催される。パンデミックな感染症のため、全国各地で夏祭りなどイベントの中止や自粛があり久しぶりの祭りの夏花火だった。高校時代に野球部で過ごした仲の良い八人は、八月初めにある夏祭りの日に再開しようとしていた。何故、八人なのかというと特に理由はない。気の合う野球部の仲間が、たまたま八人だったからだ。それまで、東京や神奈川・大阪・新潟・仙台など、いろいろな地域の大学に進学してバラバラになり八人で会う機会はなかった。それでも、SNSで連絡を取り合い休みに帰省すると、その八人全員が夏祭りには帰省できるという。マネージャーとも連絡をとり再会を約束した。


 そんな彼らの高校時代最後の夏の物語になる。その年の高校野球県大会は、準々決勝で敗退し三年生は退いた。野球だけしか知らない仲間達は、『これから、毎日どうしようか……』と思いながらの部活の無い毎日となる。環境が変わり、気持ちを切り換え受験に備えなければならない事は誰もが分かっていた。そんな時、野球部のマネージャー三年の布施陽明子(ひめこ)が野球生活を終えた仲間を集めて話を始めた。


「受験で缶詰めになる前に、夏の想い出に皆で小旅行に行かない? 電車とバスで房総に……」


 陽明子(ひめこ)が千葉県の房総半島への小旅行を企画してくれた。夏の野球が終わった時点で、直ぐに気持ちを切り換え受験体制に入った野球部の仲間もいる。その企画に参加したのは、まだ切り換えの出来ないこの八人だった。この旅行では宿泊の関係もあり、男八人の中で女一人だけと言う訳にもいかず、陽明子(ひめこ)は二年生のマネージャーを誘って参加してくれた。


 仲間での夏の房総半島の旅は楽しかった。彼らの高校生活三年間は野球だけの毎日。ほぼ何もレジャーを楽しんだことが無かったので当然だったかもしれない。千葉県と言えば、東京ディズニーランドなど都市部の観光拠点も思い浮かぶが、今回は敢えて『いすみ鉄道…鴨川シーワールド…館山城…マザー牧場』などを巡るコースになった。陽明子(ひめこ)が考えてくれたのだが、菜の花や桜など田園風景で人気のある『いすみ鉄道』とテレビでも良く番組化している『バス旅』に挑戦しようと企画され旅を楽しんだ。途中、お土産物や人気の寿司店や食堂などに立ち寄りながらの二泊三日というゆっくりしたコースだ。それぞれが、旅の想い出にお土産のキーホルダーを選んだり、スマホで仲間と写真を撮り合ったりして過ごした。二日目の夜、彼らが一つの部屋に集まりゲームや話をしていた時、陽明子(ひめこ)が八人に話し掛けてきた。


「みんなにプレゼントがあります。渡したい物があるの……」

 と言って、お土産物らしい包みを八人に渡した。


「ありがとう! なんだろう。開けても良いかな?」

 八人が袋を開けてみると透明なガラス玉だった。


「野球のボールじゃないんだね。なんか中に字が書いてあるよ……」

「文字を見てごらん。仁…義…礼…智…忠…信…考…悌の字のどれかが書いてあるでしょう。みんな、それぞれ違う字だからね。南総里見八犬伝に出てくる伏姫(ふせひめ)(ゆかり)の八犬士が、『玉梓(たまずさ)が怨霊』から里見家を守るお話。みんな知ってる? つまり、『布施陽明子(ひめこ)…ふせひめ』私のことです。ここに居る皆が、私を守ってくださいというお話でした……」


 そんな話を笑いながら陽明子(ひめこ)が冗談のように話した。

「それじゃあ将来、八人で……アイドル伏姫の取り合いになっちゃうじゃないか」

「八犬士は、伏姫の家来だから誰も結婚しないのよ。残念でした。八人が揃うと力を与える八犬士の玉を、いつか皆で揃って会える時まで大切に持っていてね。八つの玉が揃うと、すごいパワーが出るんだから」


 陽明子(ひめこ)がそんな言葉を添えて楽しい想い出の旅は終わった。受験が終わると、それぞれが行きたい地域や学部など思いのままの大学専攻に入り、それぞれの大学生活はバラバラで疎遠になった。おまけにその頃は、コロナウイルスが流行し各地での夏祭りも中止が多くなっていた。長い休みでも学生時代に全員が揃うことは無かった。そんな中でも今年は、感染症が落ち着き5年ぶりの夏祭りが開催される予定になった。


 八人とマネージャー陽明子(ひめこ)がラインで連絡を取り合い、夕暮れ時の六時過ぎに夏祭りの川沿いの会場で待ち合わせる。まだ、日没後で明るく花火には少し早い時間だ。花火は夜七時から始まる予定だ。八人は背負って来たショルダーバッグを下してしばらく歓談していた。夜七時前、十分暗くなり花火が打ち上げられる時間になると、全員がソワソワし始めた。地方の小さな夏祭りのエンディングだったが、それでも久々の花火を見るために多くの人々が川沿いの会場に集まって来た。ある人は浴衣で……ある人はTシャツで……ある人はネクタイのままで、参加のスタイルは様々だった。


 そんな中でも彼らは、花火会場で少しだけ気になる存在になっていた。彼らのグループは、夏祭り出店で売っている大き目の生ビール用コップではなく、透明な大きなガラスコップをショルダーバッグから八人が取り出した。浴衣でグラスを持ち登場した陽明子(ひめこ)を中心にして八人が円陣を組んだ。八人のガラスコップに、仁…義…礼…智…忠…信…考…悌と書かれた玉をそれぞれ入れる。陽明子(ひめこ)のコップにも厚めのレモンスライスが入れられた。そこで、それぞれ全員のガラスコップに冷えた透明な酎ハイの液体を注ぎ込んだ。


 最初の花火が空に上がると、円陣を組んだ男子八人と中央の女子一人がグラスを高く上げた。打ち上げられた花火はグラスの液体を七変化させ、透明なグラスに入った文字を美しく浮かび上がらせた。陽明子(ひめこ)のグラスでは、厚めのレモンスライスの色が、花火の光が美しく輝きコップの中を黄金色に光らせた。高く掲げられた八つのグラスと玉が、花火が打ち上げられる度に黄金に光るグラスから周囲に閃光を放つようになった。


 九人が「怨霊退散!」と言って、花火の光で七変化したグラスを円陣中央に高く集めて乾杯した。会場は暗い中で、花火が光る度に手元が明るくなる。会場の地面には、打ち上げられた花火が九人を明るく照らし出す度に、一人の姫に寄り添う八匹の犬の影が映し出された。花火が打ち上げられる度に発する八犬士の玉光と遠吠えは、花火の音と人々の歓声で掻き消され誰も気付くことは無かった。その行動は、堤防で花火を見物する人々の悪しき背後霊を確実に消し去っていった。


 霊が除かれた人々の動きは、直ぐに軽くなり微笑みと幸せで一杯になり周囲の空気も軽くなったのが分かった。黙って花火を見つめていた小さな子は、疲れていたお父さんに肩車をされ微笑んだ。それまで暗かった若いカップルは、肩を抱き幸せそうに花火が打ち上がる空を見つめた。


 打ち上げ花火が終わる頃には、人々の身体は楽しい癒しの時間が訪れていた。少し疲れた浴衣姿の伏姫とTシャツの八犬士は、花火が終わった明るい星空の下もう光らない酎ハイのグラスで乾杯をしていた。夏祭り会場から帰って行く人々の幸せそうな笑顔を見ながら、陽明子(ひめこ)と八犬士は心地良い疲れと幸せを感じていた。久しぶりに、あの野球の練習時間が終わった後のような心地良い疲れと満足感が残っていた。


「そう言えば、伏姫のパートナーは決まったのかな? 僕らは全員、まだ誰も彼女がいないけどね」

「伏姫は、八犬士の母なんです。あなた達が、私と結ばれることは有りませんよ。みんな、パートナーを見つけて幸せになってくださいね。いつかまた、その玉に文字が浮かび上がったら……その時は、私達の力が求められた時です。また、夏祭りで会いましょうね……」


 最後にフィナーレ確認の花火が一発だけ夜空に打ち上がると、光の中に陽明子(ひめこ)を囲む八尾の剣士達の長い影が浮かび上がった。グラスの玉に浮かび上がっていた八つの文字は消え、二度と透明なガラス玉に文字が浮かび上がることはなかった。夏に生まれた八個の魂が消え……夏花火が終わると普通の日常が舞い戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ