花火に重ねた想い
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「美月?」
「翔?」
佐藤翔が数か月ぶりに幼なじみの山田美月と言葉を交わしたのは夏祭りの夜だった。
塾からの帰り、友人たちとは帰り道が逆方向なので自転車で一人走っていた翔はふと今日は夏祭りであることを思い出し、ふらりと立ち寄ることにしたのだった。
夏祭りなどどれぐらいぶりだろう。少なくともここ二年ほどはずっと部活漬けで、夏祭りなど来る余裕はなかった。
屋台の灯りに照らされ、大勢の人が行き交う通りを、さて何を食おうか、まずはやはり焼きそばからか……などと考えながらふらふらしていると、ふと見知った顔を見かけた。浴衣姿で、普段はポニーテールにしていることが多い茶髪を違った形に結い上げているが、それでも見間違うはずがない。
そこで冒頭の台詞につながったというわけである。
「なんだおまえ、こんなところに一人で。だれかと待ち合わせか?」
「ひとのこと言える? そっちこそ」
「俺は塾の帰りにふと思い立ってふらっと立ち寄っただけだからな。わざわざダチ誘ってきたわけじゃねえし」
だから翔がTシャツとジーンズというラフな格好で一人なのもそれほどおかしな話ではない。対して浴衣姿で髪型もいつもと違う美月はあきらかにめかしこんでいる。こんな格好で一人で遊びに来たということはないだろう。
「あたしは……」
そこで言いよどむ美月の様子に何か察したように翔が告げる。
「あー……言いたくない事情があるならべつにいいぞ。無理に聞きたいわけじゃないし」
「……べつに。そんなたいした話じゃないよ。友だち二人にドタキャンされたってだけ。二人とも彼氏と一緒にまわるんだってさ」
「あー……なんだ。なんか食うか」
気まずい事情から話題をそらすように提案する翔。
「あんたが奢ってくれるの?」
美月の表情が少し明るくなった。久しぶりに聞く軽口に、翔も安堵する。
「まあ、一つくらいなら」
「じゃあたこ焼き! あたし辛いのが好きだから、辛子たっぷりで」
二人は自然と並んで屋台を回り始めた。最初はぎこちなかった会話も、徐々に以前のような調子を取り戻していく。
春ごろから美月とは言葉を交わす機会が減っていた。進路の悩みで一人で思い悩むことが増えたからだ。美月の方も詳しくは知らないまでも進路の問題であまり親と上手くいっていないらしく、ただでさえそんな大変な状況なのに自分の悩みを彼女に相談するわけにもいかず、そうこうするうちに自然と距離ができてしまった。
しかし今は、そんなここ数か月が嘘だったかのように自然に話すことができていた。美月は相変わらず辛いものばかり選んでは「うー、辛い!」と言いながらも嬉しそうに食べている。翔はそんな美月を見ていると、ここ数か月感じていた心の重りが少しずつ軽くなっていくのを感じた。
「そういえば、あんたもう大学決まってるんでしょ? 野球の特待生で」
焼きそばをほおばりながら美月が聞いた。
「ああ……まあな」
翔の返事は歯切れが悪い。美月はそれに気づいたが、深く追求はしなかった。自分だって体育大学への進学を親に反対されて家で毎日のように口論している。お互い進路のことで悩んでいるのは薄々分かっていた。
「花火、始まったね」
空に大きな花火が打ち上がると、人々の視線が一斉に夜空に向けられた。二人も足を止めて見上げる。
「昔はよく一緒に見たよな、花火」
「小学生の頃ね。あんたのお母さんがお弁当作ってくれて、河原で見たっけ」
「母さん、最近忙しくてさ。パートを二つ掛け持ちしてるんだ」
翔は美月の思い出話にそんな言葉を返していた。
幼かったころは無邪気でいられた。でも、今は違う。今度は忙しそうな母を自分が支えなければならない。それには特待生という待遇は好都合であり、その立場を得たからにはそれだけの結果が求められる。その事実が翔の心に重石となってのしかかっている。
花火が次々と打ち上がり、人混みはますます混雑してきた。人波に流されそうになった時、翔は反射的に美月の手を握った。
「離れないようにな」
「う、うん」
人混みから少し離れた場所に移動すると、翔は美月の手を握ったままだった。いつ離そうかとタイミングを測りかねていると、美月の方も握り返してくる。
「美月……」
夜空に大きな花火が咲く。その光に照らされた美月の顔は、いつもより大人びて見えた。翔は心を決めて口を開く。
「俺、ずっと言えなかったことがあるんだ」
「翔……」
「ずっとおまえが好きだった。中学に入って、おまえが先輩と付き合ってるって聞いた時、すげえ悔しくて……でも友だちでいられなくなるのが怖くて、ずっと黙ってた」
美月の翔の手を握る力が少し強くなったように感じられた。
「特待で大学に入るんだから部活はおろそかにできない。部活漬けの生活になって今よりも会える機会はずっと少なくなると思う……でも、だからってあのときみたいに何も言わないままでいたくないんだ。何もしないまま、後悔したくないんだ。だから……おまえが好きだ。俺と、つきあってほしい」
「……本当にいいの、あたしで? 幼なじみなんだし、もうあたしのことなんて見飽きちゃったんじゃない?」
「今までずっと一緒だったから、これからもずっと一緒に居たいんだよ」
「……そ。幼なじみ離れできないやつ」
美月が一歩翔に近づいて背伸びをした。
美月の唇が翔の唇に重なった。
とっさのことに翔の体の動きが固まる。
美月が唇を離して言った。
「背、高くなったね。昔はあたしの方が高いぐらいだったのに、今は背伸びしないと届かないや」
「美月……」
翔が美月を抱きしめる。美月も翔の背に手をまわした。
「……なあ、もう一回いい? さっきは不意打ちだったし」
「もう、言い方! そのへんはあいかわらずだね」
「なんだよ、黙ってした方が良かったのか? ちゃんと聞いた方がいいだろ?」
「そのへんは空気読んで、雰囲気作って、上手くやるんだよ」
「なんだそりゃ。難し過ぎだろ」
そのときドーンという大きな音とともに夜空に光の花が咲いた。そろそろ終盤に差し掛かって特別大きな花火が打ち上げられたのだ。その光に照らされた二人は、抱き合ったまま言い争っている自分たちの姿に気づいて、どちらからともなく笑い合った。
「なあ……俺たち、これからも、一緒に居られるよな?」
「うん、一緒に居よう」
そういって二度目の唇を交わす二人を祝福するように最後の花火が照らし出した。