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第8話 戦いの後

「紡、起きて、明るくなった来たよ」


 柔らかな声にまぶたが震え、俺はゆっくりと目を開けた。朝の光が木々の間から差し込み、淡く地面を照らしている。アルマが膝をついてこちらを覗き込んでいた。


「あぁ、ごめん。結局朝までねちゃってた?」


「大丈夫、私も身体は休めれたから」


 彼女の言葉に、心の底から安堵が広がる。昨日の疲労は、まだ身体に色濃く残っていた。


――― 昨日の戦いは、まるで今しがた起きた出来事のように、鮮明に記憶に刻まれている。

狼に追われ、突然飛び込んできたアルマ、初めて目撃した命のやり取りに俺はただ立っていることしかできなかったこと。





 川へ向かい、顔を洗う。ひんやりとした水が肌を引き締め、ぼんやりしていた意識が次第に冴えてくる。石鍋に溜めておいた煮沸済みの水をすくい、喉を潤すと、身体がようやく目覚めてきた感覚があった。




――― それからアルマとは、俺がこの世界に来るまでの話をした

神さまのお願い事のこと、分体のこと、《想創神域》のこと

 彼女は驚きながらも、ちゃんと俺の話を信じて聞いてくれた。





俺は焚き火のそばに置いてある石銛をとりに戻る。


「どうしたの?」とアルマが首を傾げる。


「朝飯に魚を穫るよ。アルマの分も穫るから一緒に食べよう」


 そう告げて、俺は昨日作った魚を追い込むための囲い、それのすこし上流に向かう



――― アルマの話では、狼がまた戻ってくる可能性があるらしい。


 その備えとして、彼女の指示で俺たちは武器を準備した。アルマには刀、俺には剣と盾。《想創神域》を使って具現化したそれらは、今も傍らにある。


 視界を確保し、狼の動きを誘導するために焚き火の位置や数にも工夫を凝らした。どれもこれも、俺ひとりでは思いつかない。全てはアルマの的確な判断だった。






 川の上流で、石銛の柄を水面に叩きつけ、魚を驚かせて囲いへ追い込む。

逃げ道を塞ぐようにゆっくりと近づき、一気に銛を突き刺す。

昨日始めたばかりとは思えないほど、すでに慣れが出始めている。



――― 狼の襲撃に備えた準備を終えた俺たちは、再び焚き火を囲みながら語り合った。


 この世界の文明の程度、王族の有無、そして支配体制。

 話の中で、分体らしき存在がアルマの街に君臨していることを俺は知ることになる。


 その分体は、人間をまるで家畜のように扱っていた。

 俺のは、怒りに声をあげた。







 川から戻った俺は、アルマのそばに腰を下ろし、石ナイフで魚の腹を裂く。内臓を取り除き、串代わりの枝に通して焚き火にかざした。


「すごいんだね、紡。簡単に二匹も」


「昨日、囲いを作っておいたからな。とはいえ、簡単な仕掛けだけど」


 ぱちぱちと燃える音の合間に、木々のさざめきが聞こえていた。




――― 俺の憤りを見て、アルマは静かに問いかけてきた。


「紡の目的は、その分体を倒すことだけ?」


「その支配から、人々を助けようと思わないの?」


「結果的にじゃダメだよ。それじゃ、目的のために犠牲が出てもかまわないってことになる」


 言葉のひとつひとつが胸に刺さった。

 俺は、思わず言葉に詰まる。


 そして、「あなたに会わせたい人がいる」と。







 考え込んでいると、魚の皮が弾ける音とともに、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。焼き加減を確かめて、アルマに一本を手渡す。



「ありがとう、紡はなんでもできるんだね」


「そんなことないよ、何一つ最初からうまくできたことなんてないさ」



――― そうだ、昨日の狼だってそうだ。

 狼の襲撃のあと、俺達はリーダーを迅速に殺すことにより、他の二匹を撤退させようと考えたが、狼たちにうまくやられ、俺がリーダー格と対峙することとなった。

 アルマは二匹の子分に足止めをくらい、俺は防戦一方だった。

 思うように動けず焦るアルマと防御による疲弊で俺にも焦りが走っていた。

 そんなときに思いついただけだ。狼が火を怖がっていたことを。

 そして俺は《想創神域》を使い、狼の攻撃後の隙に火を作り出した。

 それからの事はあまり覚えていない。自分でも無我夢中だった。

 ただ、命の感触、そしてそれを奪う嫌悪感はしっかり今でも手に残っている。


 俺は右手を見つめる。

 おそらく分体と戦い続けるということは命のやり取りを行うということ。

 これから何度も経験するだろうし、それこそ人を殺すことだってあるだろう。

 飲まれてはいけない。

 命を奪ったことを受け止め、俺は強くなることを近い、右手を握りしめた。


 魚を食べながら、アルマは俺を見つめている。

おそらく気を使わせたのだろう、アルマは俺に話しかける


「それにしても、昨日のあれ……火を使ったやつ、あれって最初から考えてたの


「まさか、もしそんな考えを持っていたならアルマにも伝えていたさ、それに俺は《想創神域》の能力は無から何かを生み出すには時間と体力が必要だって思ってたんだ」


「じゃあ咄嗟にやってみてできたってこと?それでもすごいね」


 俺は自分の発言を振り返る。

 《想創神域》で水を作り出したときは、時間と体力を必要とした。しかし昨日の狼との一戦では瞬間的に火を作り出すことはできたし、体力も減ったような感じはなかった。

 顎に手をあて考える。素材を用いて作る、これは時間も体力もほとんど必要としない。

 しかし何もない場所から、イメージを興そうとすると時間も体力も必要だ。

 火と水の違い、質量か?

 試さないとわからない、《想創神域》に関してはこれからも実験が必要だ。


 アルマの方をみる、彼女は口に魚の身がついていることに気づかず魚を食べている。

 目が合うと、小さく小首をかしげる。


「なにか変?」


 そんなアルマに俺は、つい笑ってしまった。








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