第4話 来訪者
一匹目の収穫から、追加で三匹ほど川魚を獲った頃、辺りはすでに薄暗くなっていた。
あらかじめ周囲から集めておいた枝の中、その中の太めの枝を追加で焚き火にくべ、俺は石ナイフで魚の腹を裂き、腸を取り出す。口から尾へと枝を刺し、焚き火に添えるように焼いた。
脂の焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。
ほどよく火が通ったところで俺は焼いた魚にかぶりついた。焼きめのついた皮の香ばしさと、じゅわっと身から溢れる脂が俺の食欲を満たす。
「うんま…… サバイバル飯うますぎないか……?」
下処理は腸の除去と川での洗浄程度だが、手間以上の満足感が胃の奥まで染み渡った。
もうこのままこの森で俺は暮らしていけるんじゃないか?そんな冗談を頭の中で考え、焼き魚の満足感、そして腹が満たされた幸福にしばらくの間、余韻に浸っていた。その時、森の奥で気配がした。
気のせいか?と気配の先を見つめていたが、違和感はこちらに近づいてき、それは木々の揺れとなって確信に変わる。
俺は右手に石銛、左手に石ナイフを掴み立ち上がる。心臓の鼓動が早くなる。
気配はどんどん近づいてくる。それも一体じゃない、複数体の気配がこちらを目標とし、確実に迫る。
野生動物か……?そう思っていた瞬間、森の影から一人の女性が飛び出してきた。全速力で走っていたであろうその女性は、額に汗を滲ませ俺を見る。
「人!?」
おそらく相手も想定外だったのだろう。しかし彼女の注意はすぐに追ってくる気配に向き、俺の横を駆け抜ける。
焚き火の横で滑り込むように体勢を立て直す。 その際に焚き火に焚べられていた一本を取ったのであろう、手には火のついた太い枝が握られていた。
ガサッ!!ガサガサッ!!
彼女を追う気配が森の影から姿を表す。
それは三匹の狼。腰ほどの高さがある、荒れた毛並みの灰色の狼だった。狼は捕食者として彼女を仕留めようと追いかけていたのだろう。
明らかな敵意を持った眼に、俺はたじろぎジリジリと後ずさる。
女性の横に並んだ時、彼女は俺の石銛をチラリと横目に見て、言った。
「それ貸して!はやくっ!!」
狼が唸り、徐々に包囲を狭めてくる。
どうする、今この状況で石銛は最大の武器だ。これを渡せば石ナイフしか残らない。そもそもこの女性は戦えるのか……?
いや、戦えないという話なら俺だってそうだ。 ここまでの行動を見ても彼女は場馴れしているように感じるし、ここは彼女に石銛を預けよう。
たとえ俺が持っていたとしても勝ち目がないと判断し、石銛を狼が興奮しないように彼女にそっと渡した。
彼女はこちらを見ずに、火を狼に向けたまま、反対の手で石銛を受け取る。彼女の口元は引き結ばれ、首筋には汗がつたっている。その顔には緊張が張り付いていた。
彼女は少しずつ間合いを詰める。威嚇する手前の二匹の狼は火で牽制しつつ、奥の一際筋肉質で荒々しい、他より少し体格のいい狼ににじり寄る。おそらくあの狼がリーダーだ。リーダーを追い払えば他の狼も共に逃げると判断したのだろう。
俺は、狼の注意を下手に引き付けないように、そして彼女の気を逸らさないよう、固唾をのんで見守る。
焚き火の枝が小さく弾ける音と、狼たちの低い唸り声だけが静まり返った森に滲んでいた。
彼女は足元に火の付いた木の枝を落とした。反応した狼の身体がぐっと沈む。一瞬の溜めを作ったあと、彼女に飛びかかった。
危ないっ!そう思った瞬間、彼女は狼の飛びかかりを横に避け、すぐさま半身をひねり、石銛を狼の顔に突き出した。
「ギャインッ!」
衝撃に距離を取る狼、その鼻先からはぼとぼとと赤黒い血を撒き散らしていた。
睨みつける眼で彼女を見据えると、リーダー格の狼は身を翻し、森の影へと姿を消し、残る二体の狼もそれに続くように駆けていった。
今の戦闘、おそらくだが、リーダー格との対峙で、睨み合いの膠着が続くと彼女は睨んだのだろう。
俺がいるとはいえ、実質は3対1。相手に数的有利がある状況だ。
彼女としては、この状況を長引かせたくなかったのだろう。わざと火を足元に落とすことで変化を作り、リーダー格の狼の攻撃を誘ったのだ、そしてサイドステップで避けると同時に銛での一突き。
きっと最初から想定していた動きなのだ。あえて銛を長く持ち、彼女が避ける動きをしても、銛が届くように突きを放ったのだ。
そして追い払うことが目的の為、リーダー格にすこし痛い思いをさせる程度の攻撃で十分としたんだろう。すごい、完璧な立ち回りだ。
俺は何もしていなかったが、狼の危険が去るとどっと疲れが出てしまい、その場に座り込んだ。
彼女は俺の方に歩み寄ると、石銛をこちらに差し出し、礼と自己紹介を言った。
「銛、ありがとう。助かったよ。私の名前はアルマ。あなたの名前は?こんなところで何をしてたの?」
彼女はアルマと名乗った、年は俺と同年代くらいに見える、まぁ俺は自分の年令が分からないけど。アルマはきれいな長い髪を後頭部のあたりで一つにまとめ、幼さも残るが美しい顔をしていた。
身長はそこまで俺より低いくらい。麻の動きやすそうなワンピース状の服を着ており、その上にベルト、靴は編み上げの靴と言った出で立ちだ。
「俺の名前は紡、俺の方こそ君が来なければ危なかった、ありがとう」
ようやく息が整った頃にはあたりはすっかり夜の気配に包まれていた。
パチパチと焚き火がが弾け、俺達は焚き火のそばに腰を下ろし、お互いの話を始めた。