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第1話 神の頼み

よろしくお願いします。


 不思議な感覚だった。

 落ちているような、昇っているような、ふわふわと漂うような感覚の中にいる。


 自分の身体が、自分のものじゃないような――けれど、意識すれば確かに“そこにある”のがわかる。

 輪郭のぼやけた存在でありながら、意識だけが異様に研ぎ澄まされているような。


 どれほどこの状態にいるのだろうか。

 百年もここにいた気がすれば、今まさに落ちてきたばかりのような気さえする。

 時間感覚が曖昧だ。でも、思考は妙に冴えている。


 俺は目を閉じてみた。

 ……そして、目を開ける。


 何もない部屋。真っ白な空間。

 目の前には、ひとつの椅子と、宙に浮かぶ球体、バスケットボールくらいの大きさの惑星だった。

 地球かな?なんて考えたけど、大陸の形が全然違う。なんの星だろう……そんなことを考えようとしたけど、今はそれより、この状況だ。


「なんだこれ……? なんだここ? 扉もない。どこから入ってきたんだ、俺」


 そう呟いた瞬間、不意に声が聞こえた。

 いや――正確には、頭に届いた。と言ったほうが正しい気もする。


「やあ、はじめまして」


 俺は声の主を探したが、姿は見えない。

 眼の前に黒い塊が現れた。塊はグネグネと蠢くと、糸の塊であったかのように解れていき、やがてその糸で人間の形を象った。


「改めまして、はじめまして。君をここに呼んだのは、僕だよ」


 俺は戸惑いながら、素直に問いを投げた。


「その……何を聞けばいいかすら、分からないんですが。ここはどこで、あなたは何者で……」


 輪郭が笑ったような動きをした。


「あはは、当然だよね。僕が誰かも、なぜ呼ばれたのかもわからない。それどころか――君は、自分の名前すら思い出せない」


 言われた瞬間、胸の奥に冷たい何かが走った。

 そうだ。俺は、自分が誰かもわからない。名前も、年齢も、生きていた記憶も、なにも。


「でも、不安がることはないよ」

輪郭は静かに続けた。


「僕は君に危害を加えるつもりはないし、ここに呼んだのにはちゃんと理由がある」


 俺はひとつ、当たり前のような質問をした。


「あなたは……誰、いや、“何”なんですか?」


「わかりやすく言うと――神、だね」


 輪郭が言う。


「ただし、君の世界の神じゃない。もっと遠く、もっと外側にいる存在だよ」


 俺は黙ったまま、再び質問を浮かべた。


「俺の世界の神じゃないなら……どうして俺なんかに、用があるんです?」



 輪郭の神は、あっさりと答えた。


「君に――お願いごとがあるんだ」


 困惑する俺をよそに、神は続ける。


「君にしかできないお願い。……いや、君“にも”できるか分からないけど、それでも、君に頼みたい」


「……お願いって、急に言われても困ります。そもそも、俺が誰かも分からないし。内容を聞かなきゃ、受けるも何もないでしょう」


 当たり前のことだ。俺がそう言うと、神は楽しそうに輪郭を揺らした。


「うんうん、分かるよ。“自分が誰かも分からないのに、神様から頼みごと”だもんね。誰だって身構えるさ」


 輪郭は椅子にもたれかかる仕草をして、こう言った。


「じゃあ、君が誰かを教えよう。君の名前は――つむぎだよ」



「……あ……」


 その瞬間、何かが胸の奥にふっと浮かび上がった。

 思い出した。俺の名前は、紡。

 だが、それだけだった。名前だけは確かに“知っている”。

 でも、それ以外は、からっぽだ。


「記憶までは連れてくることはできなかったんだよ、神の力を持ってしても困難と言えるほど、世界への干渉は難しい」


 あまりにも勝手すぎる。

 一方的に連れてきた上に記憶までは無理でした、だと……?


「……で、そのうえで俺に“頼みごと”って言うけど、断ったら俺はどうなるんです?」


 試すように訊いてみた。

 神はあっけらかんと、答えた。


「え? 消えるよ。おしまい。ゲームオーバーってやつ」


「は?」


 思わず声が漏れる。


 冗談に聞こえない。いや、きっと冗談じゃない。

 こいつ、平然とした顔で“死ね”って言ってないか?


「……ってわけでさ、そう簡単に断らずに、まずは内容だけでも聞いてくれない?」


 神は、まるで他愛もない雑談でもするような口ぶりで続けた。


「僕はね、ひとつ世界を作ったんだ。とても美しい世界さ。気に入ってる理由のひとつは、高い知能を持つ存在――つまり、人間が生まれたことだよ」


 機嫌よく語るその様子に、どこか不安を覚える。


「でもね、人間って、賢いからこそ愚かでもある。だから、ちょっとだけ手を貸してあげたくなったんだよ」


 少し困ったような、でもどこか楽しげな声色で神は続ける。


「ただ、神には決まりがある。“自分で作った世界に直接干渉してはいけない”っていう縛りがね。だから僕は考えた。“間接的に干渉すればいいんじゃないか”ってさ」


 神は立ち上がり、誇らしげに両手を広げた。


 ……嫌な自惚れ方だ。


「それで僕は、自分の分体を世界に落とした。使命を与えてね」


 神の輪郭が、宙に浮かぶ球体――地球のようなものの上で拳を握ると、そこから一滴、白い雫が“世界”へと落ちていった。


「ただね、その使命が悪かったのか、それとも彼が悪かったのか……僕の与えた意図を、変なふうに解釈しちゃったんだ」


 うんざりしたような仕草を見せた神に、俺は問いかけた。


「その……使命って?」


「うん、最初の分体には“繁栄”を命じた。人類の未来のためにね」


 神は続ける。


「でも、彼は“繁栄”の手段を選ばなかった。管理と支配によって、あらゆる選択肢を奪い、人類を“繁栄”という名の枷で縛りつけてしまった」


 わざとらしく肩を落とし、さらに続ける。


「だから次は、“繁栄”を止めるために、“世界の維持”を使命とした分体を落とした」


 再び拳を握ると、今度は黒い雫が落ちた。


「でも、それも失敗だった。彼は“維持”を“変化の否定”と解釈した。文明が発展するたびに、それを“異物”とみなして滅ぼした。世界は何度も振り出しに戻され続けた」


 深いため息のあと、神は顔を上げた。


「……というわけで、君にお願いしたいことがあるんだ」


 神の輪郭がこちらににじり寄ってくる。


「な、なんですか……?」


 たじろぐ俺に、神は真顔で告げた。


「――君に、この“ふたつの分体”を殺してほしいんだ」


 ……突拍子もない。いきなりそんなことを言われて、誰が納得できるというのか。


「いや、いきなり俺に神様の分身を殺してくれって……俺、なんもできないですよ?」


 そう言うと、神は笑うように輪郭を揺らしながら言った。


「わかってる、わかってる。何もただ君に『いってらっしゃい』って送り出すつもりはないさ。でもね、僕にも制約がある。力を与えすぎると、それは“直接的な干渉”として世界に弾かれてしまう。だから、ほんの少しだけ力を分け与えることにしたんだ」


 ……理解が追いつかない。でも神はかまわず続ける。


「その力は、僕が完全に創ったものじゃない。いや、作るのは君だ、僕はそれの為にすこし手を貸すに過ぎない。」


 神は偉そうに胸を張った。


「その力は――想像力」


「君の“想像を創造する力”。それを君に与える。そうすれば、僕の分体とも戦える」


 ……滅茶苦茶だ。第一、俺にそれを行う理由がまったくない。


「いくつか質問があるんですが……」


「なんだい?」


「まずひとつ。使命に失敗すると、どうなるんですか?」


「失敗した後なんて考える必要ある?」


 まぁ確かに、分体とやらに返り討ちで殺されてるだろうしな。


「じゃあ2つ目。それをする見返りは?」


「じゃあ君は何を望むんだい?」


「えっ……」


「はじめから納得の行く答えなんか自分自身すら持ってなかったんだろう?見返りなんて考えなくていいじゃないか」


「……3つ目。その使命を果たしたあとは、俺はどうなりますか? 元の世界に戻れますか?」


「記憶がない君が、なぜ元の世界に戻りたがるんだい?」


 ……確かに、そうだ。つまり使命が終わった後はその世界で暮らしていくってわけだな……。


「あとは……」


 言葉に詰まっていると、神が言った。


「じゃあそろそろ決めてもらってもいいかな? 僕も別に忙しいわけではないけど、やらない理由を探すより、飛び込んであれこれ悩む方が――美しいと思わないかい?」


 美しいの意味がわからないが、俺も腹をくくる。


「……いいですよ、わかりました。想像力の意味も、分体を倒す意味もわかりません。でも、断われば俺は消えてしまう。なら、どのみち受けるしかないでしょう」


 何一つ腑に落ちていない。でも――なぜだか、少しワクワクしている。


 まるで、漫画やゲームの世界の話みたいだったから。



 神は俺に掌を向けると、深い靄のようなものが身体を包み、ふわりと溶け込むように馴染んだ。


「これから行く世界の話を少ししようか。」


 神は俺に掌を向けながら話し出す。


「文明はそこまで発展していない、なにしろ文明が発展した途端に分体に壊されちゃうからね。それに異世界だけど魔法もないよ」


「えらく物騒な…… そんな世界でどうやって生きていけばいいんですか……」


「だから今、能力を与えているんだよ」


 神は真顔になり、ぽつりと続けた。


「その世界は、何度も“繁栄”と“崩壊”を繰り返してるんだ」


「……分体のせいですね?」


「うん、そうだね。一部の人間は、僕の分体を“神”と崇めてる。一方で、反発する組織もある」


「ろくでもない世界ですね……」


「ひどい言い方だなぁ」


 神は笑った。


「でも、とても美しい世界なんだ」


 その言葉だけは、なぜか嘘じゃないと感じた。


「人類の繁栄を助けようとした。でも、僕の分体が間違っていて……それを正すために、さらに過ちを重ねた。全部、最初から間違いだったんだよ」


「……神様って、全知全能じゃないんですね」


「痛いところを突くね」


 神は笑っている。


「さぁ、君に力は行き渡ったよ。この力の名は《想創神域》、君の想像を創造へと変える能力だ。なにができるか、なにができないかも君次第。この力を持って僕の過ちを正してきてくれ」


 神は地球の方を見やる。


「ちょっとまって!力の使い方とか、まずなにからはじめればいいとかそのへんを……」


「それは君自身で試してくれ!頑張ってね!」


 神が手のひらを握った瞬間、俺の身体が、意識が、ぐっと小さくなっていく感覚に包まれた。


 どんどん遠のく。神の姿が、声が。


 俺の意識はそこで途絶えた……





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