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第七話:花束を抱いて、闇を歩く

 秋風が吹き抜ける。

 村の小道には、木の葉と子どもたちの笑い声が舞っていた。


 アメリアはその声を聞きながら、村の広場で薬草の束を分けていた。

 白衣の上に薄手のケープを羽織り、今日は穏やかな“薬師”の姿。


 「テオ、これは腹痛の時の葉っぱ。煮出して飲むのよ」

 「うん、覚えた! 姐さん、すごい!」


 屈託のない笑顔に、アメリアはかすかに微笑む。

 だが、そのとき――視線の端に、不穏な影を捉えた。


 “あの歩き方は、兵士上がり。膝に古傷。腰には短剣。隠しきれていない殺気。”


 アメリアの背筋が、無音で冷たくなる。


 その夜。

 村の外れ、かつての見張り台にて。

 アメリアは待ち人を迎えていた。


 木の影から姿を現したのは、黒髪の青年。

 軍服に似た革の装束。背には二本の短剣。そして、深い灰色の瞳。


 「……会いに来てくれたのね、ユリウス」


 「その言い方はやめてくれ。“見張りに来た”が正解だ」

 「相変わらず誠実ね。なら、何の用?」


 「《クロウ》の残党狩りが激化している。次に狙われるのは、お前だ」


 ユリウス・シュヴァルツ。

 かつてアメリアの“護衛兼監視役”だった男。

 任務と感情の間で揺れながらも、彼女の命令には忠実だった男。


 「……私の首を取りに来たの?」

 「……否。俺は、お前を“守りに”来た。あの頃と同じように」


 「――“あの頃”なんて、もうないのよ」


 アメリアはふっと目を伏せる。

 けれどその時、小屋にいたテオたちが突如騒ぎ始めた。


 村の子どもたちが“何者か”にさらわれた。


 痕跡はほとんど残されていなかったが、アメリアの眼は見逃さなかった。


 「この縄の結び方、足跡の抑え方……《クロウ》式。

 私の“かつての仲間”が動いたのね。子どもたちを使って、私を揺さぶる気」


 ユリウスの顔が強張る。


 「行くのか、アメリア?」

 「ええ。躊躇する理由なんて、もうないわ」


 そして深夜。

 アメリアはふたたび“死の衣装”を纏った。


 今夜の装いは、深緑のビロード地のドレス。

 短めのマントと、ブーツ型のヒール。

 両脚に隠された小型ナイフ。そして腰に飾りのついた毒瓶入りポーチ。


 髪は夜会巻きに束ね、仮面を口元にだけつけた。


 そして、廃農場の扉を開ける直前――

 その場にいた敵に向けて、アメリアはスカートの裾をわずかに上げ、

 優雅な一礼とともに言い放つ。


 「ごきげんよう。汚いごみのお掃除に参りました。

 ……ええ、とびきり丁寧に、ね」


 中にいたのは、《クロウ》のNo.9、“獣使い”カレン。


 獰猛な犬を数匹従え、鎖を引く彼女はかつての“同期”だった。


 「アメリア。懐かしいわねぇ。まさか、こんな田舎で“聖女ごっこ”してるとは思わなかったわ」

 「ごっこじゃないわ。私にとっては、これが今の現実。

 ……けれど、“あなたたち”がそれを壊すなら、話は別」


 「怒ってるの? じゃあ試してみる?」


 犬たちが一斉に襲いかかる。

 だが、アメリアはその動きにひるむことなく――


 足を一歩、二歩。旋回しながら回避。

 毒煙の瓶を放ち、犬たちの嗅覚を麻痺させ、ナイフをひとつずつ正確に突き立てる。


 「あなたの“家族ごっこ”も、ここまでね」


 カレンがナイフを構える。


 「アンタもクロウでしょ!? 結局、私と同じじゃない……!」


 「……違うわ。

 私はもう、“守りたいもの”があるの。だからこそ、あなたを“壊す”のよ」


 決着は一瞬。

 アメリアの手首の返しで、毒針が放たれ、カレンの首筋に刺さる。


 崩れ落ちる身体。

 それでも彼女は、最期にかすれた声で問う。


 「……本当に……そんなもの、守れると……思ってるの?」


 アメリアは答えず、ただ一歩踏み寄り、目を閉じる彼女に最後の言葉を残した。


 「ええ。私は、誰かのために殺せるようになったの。

 その意味を、あなたが一番分かってたはずよ――カレン」


 子どもたちは無事に救出された。

 誰も彼女が“殺した”ことを知らない。


 ただ、翌朝――


 教会跡地に咲いた白い花の束に、誰かが気づく。


 血の跡も、戦いの傷もない、ただ美しい花だけが残されていた。

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