第四話:氷の令嬢と、薪割りの少年
冬が来る前に、村の子どもたちは薪を集める。
大人の手が足りないこの辺境では、子どもたちも働き手の一部だ。
その日も、アメリアは小さな斧を手に、森の中の伐採場に姿を見せていた。
「お、お嬢さん……自分でやるんですか?」
驚いたのは、孤児のひとり、テオ少年。十歳に満たない小柄な体で、毎日薪を運んでいる。
「薪の重さは、爵位とは関係ないもの。私もやるわ」
アメリアはそう言うと、迷いなく斧を構えた。
――振り下ろされる刃。まっすぐ、迷いのない動き。
斧の重みで太い枝が裂け、驚いたようにテオが目を丸くする。
「……すげぇ。男の人みたいだ」
「それ、褒めてるつもり?」
「ご、ごめんなさい!」
「いいわ。斧を扱える人間は、性別に関係なく“頼れる人”よ」
その日以来、テオはアメリアを「姐さん」と呼び始めた。
そして彼女は、薪を割るついでに村の子どもたちに“応急処置の仕方”や“毒草の見分け方”などを教え始めた。
「“血が出たら止める”じゃダメよ。どこから、どのくらい出たか。それが大事なの」
「ど、どくそう? これって触ったら死ぬの?」
「条件次第では、ね。だけど逆に、薬にもなる」
最初は戸惑っていた子どもたちも、いつしか彼女のそばに集まるようになっていた。
「姐さん、すごい! なんでそんなこと、知ってるの?」
「……お勉強よ」
「うちのママより賢い!」
「それはたぶん、“勉強”の方向が違うのよ。あなたのお母様は優しいでしょ?」
「うん!」
アメリアは微笑みながら、そっと言った。
「私は、優しさを教わらなかったから。
……だから、学び直してるの。今、ここで」
その夜。
アメリアは暖炉の前で、一人ナイフを磨いていた。
“優しさ”の温度と、“殺意”の冷たさ。
そのあいだに立つ自分が、どちらにもなれないことを理解している。
「私は、炎に近づくたびに冷たくなる。
……だけど、それでも」
彼女の背後に、小さな足音がした。
扉の前に立っていたのは、あの少年、テオ。
「どうしたの?」
「……お姉さん、前に言ってたよね。“嫌な人は、静かにいなくなる”って」
「言ったわね。それがどうしたの?」
「……さっきね。村に来てた旅の人が、変な薬をばらまいてて。お金で子どもたちを呼んでて……でも、その人、さっき“いなくなった”」
アメリアは目を伏せ、微笑んだ。
「そう。じゃあ、きっと“静かに”だったのね。よかったわ」
「うん。でも……ありがとう、お姉さん。なんか、助かった気がする」
少年の声に、アメリアはかすかに胸を押さえる。
優しさ。あたたかさ。
それは刃を捨てた者に与えられるものだと思っていた。
けれど――ほんのわずかでも、自分がそれに触れられるなら。
「……おやすみなさい、テオ。今夜は、冷えるわ」
テオが帰ったあと。
アメリアは火に手をかざしながら、ぽつりと呟いた。
「……“殺すため”に使ってきた知識が、“守るため”にも使えるなんてね」
彼女の表情に、ほんのわずかだけ、氷が融けた気がした。