表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

第三話:花と毒と、羊たち

凍てついた朝に、奇妙な“香り”が村に漂っていた。

 腐臭でも煙でもない。花のように甘く、それでいて、ほんのりと鉄の匂いを含む。


 アメリアはその香りを、村の小道の端で嗅ぎ取った。


 「……これは、“死を誘う花”。まだこの国に残っていたなんて」


 土に紛れ込んだ毒花――《ベラ・サングリナ》。

 本来は皇都の管理区域にしか咲かないはずのそれが、辺境の村に咲いていた。


 偶然ではない。

 それは“誰か”が、アメリアへの合図として植えたものだ。


 その日の午後、村を訪れた旅商人の一団がいた。

 馬車に積まれていたのは薬草、布、金属類。だが、アメリアの目は別の場所に吸い寄せられる。


 馬車の奥に佇んでいた、フードを深くかぶった一人の男。


 「……あの歩き方。間違いないわ。あれは“羊飼い”」


 《羊飼い》――かつてアメリアが属していた暗殺部隊クロウの中でも、敵の感情を操る“心理操作担当”のコードネームだ。


 彼は“羊のような顔”で、群れを導き、毒を滴らせる。


 「“クロウ”の生き残りが、ここまで来たのね」


 その夜。アメリアは、自ら仕掛けた罠にあえて姿を見せた。

 村外れの廃教会、崩れた石柱の影。


 そこに現れたのは、かつての仲間、“羊飼い”ことルシアン。


 「久しいね、アメリア……いや、《クロウNo.4》」


 「その名前はもう捨てたわ。今の私は、ただの“没落令嬢”」


 「そうだろうとも。だが君の痕跡は、王都でも噂になっているよ。

 《事故死》《失踪》《自白後の服毒》……あまりに“偶然”が重なりすぎていてね」


 「本当に“偶然”だったら、あなたはここに来ていないわね」


 アメリアは片手を背後にまわし、小さくナイフを握る。


 「君に一つだけ忠告に来た。今、帝国は《クロウ》を完全に処分しようとしている。

 “過去を消す”ために。君も例外ではない」


 「その処分に、あなたが来るとは思わなかったわ。

 かつては羊の皮を被って、後方支援が関の山だったくせに」


 「僕は殺しに来たんじゃない、君を“迎えに”来たんだよ。王都に戻ろう。僕たちならまた――」


 「その舌、引き抜いても文句は言えないわよ」


 アメリアの声が、氷のように冷たくなる。


 「……あいかわらず、刺々しいな。恋人にするには、最悪だ」


 「安心して。あなたみたいな男を“愛した”記憶なんて、一度もないから」


 刹那、空気が裂ける。

 ルシアンが身を引いた瞬間、アメリアのナイフが石柱を裂いた。


 「それでもまだ、君は“殺さない”んだね?」


 「……今は、ね。

 ただし――次に花を植えたら、根ごと焼くわ。羊ごとね」


 ルシアンはふっと笑い、身を翻して闇に消える。

 残されたアメリアは、静かにナイフを拭った。


 「来るなら来なさい。《クロウ》の“処分”とやらを。

 ……その前に、私がこの国を“処理”するから」


 数日後、村の広場に一本の花が植えられていた。

 毒を含まず、ただ真っ直ぐに咲いた白い百合。


 その根元に小さく記されていた言葉:


 ――“黒い翼は、まだ空にある”――


 アメリアは花を見下ろし、小さく笑う。


 「そう。空にいるのなら、地上を焼くこともできるわよね。

 ……だったらその空を、私が喰い尽くすまで」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ