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第8話 索敵エリア


 午後になり、索敵範囲の中心部に少し大きめの機器を埋め込んで全ての作業が終わった。幸いというべきか、クリーチャーに襲われることなく、他のハンターたちに作業を見られることもなく無事に済んだ。


「じゃあ、いくね……」


 ウズメが動作確認のために装置を起動する。だがその表情は曇っていた。複数の機器から索敵情報が送られてきていなかった。埋め込んだ直後に単独で動作確認をした時には情報が送られてきていたが、どうにも繋がっていない箇所がある。このままでは虫食いだらけでは索敵エリアは完成とはいえない。ウズメが失態を誤魔化すように苦笑いした。


「お、おっかしいなぁ。どこかで壊れたのかなぁ」


 ちらりとソウジを見る。ソウジに失敗を気にしている様子はない。


 ソウジはウズメの技術力については詳しく聞いていない。ハンターの片手間にやっている趣味のようなものだと理解している。機械に詳しいといっても専門家ではなく、失敗するのは十分に想定内のことだと思っていた。


 自分がやっていたらと考えると、ソウジには怒るつもりなど微塵も起きなかった。画面に表示されている情報を見て、むしろ感心していたくらいだ。最悪、今の状況でも十分だろうとも感じていた。


「どこが悪いのかは分かってるのか?」


 詳しいことは分かっていないが、今の状況で否定的なことを言うわけにはいかない。ウズメは自らを奮い立たせてソウジに語る。


「う、うん。ちょっといじれば大丈夫……だと思う。駄目なら少し場所をずらして再設置してみる。ただそれなりの数の機器からシグナルが送られてないから時間はかかるかも……」


「今から始めれば暗くなる前に終るよな?」


「……そうだね。まだ使ってない予備の分も残ってるからなんとかしてやってみる」


「それなら問題ない。ウズメは作業に集中してくれ。周囲の警戒は俺がやっておくから」


「うん、任せて!」


 車を発進させようとすると索敵機器に反応があった。ウズメの索敵エリアの外側からクリーチャーが入ってきていた。機能に問題ないことを確認できて、ウズメは軽く息を吐いた。


「どうする? ちょっと距離があるけど車ならすぐに着くよ」


「いや、今は止めておこう。戦闘になったら予備の部品が壊れるかもしれない。まずは完成してからでいいんじゃないか?」


「いいの?」


 ウズメは今クリーチャーを見逃せば索敵エリア内に戻ってこない可能性を考慮している。クリーチャーを倒して得られる収入は大きいのでそれを逃しても大丈夫かと聞いているのだ。


「今日中に索敵エリアが完成するなら、最悪倒せなくても構わない。水はさっきの拠点にあるし食料もちょっとならあるからな」


「……そうだね。完成と同時にまた発見できたらいいね」


 二人は潔くクリーチャーを諦めて車を走らせた。


 シグナルが送られてきていない場所付近にはクリーチャ―が潜んでいる可能性がある。車にも周辺を確認できる携帯型の索敵機器が設置してあるが、クリーチャーが活動していない場合には反応が小さくなるので見逃してしまう恐れもある。ソウジは移動中も座席に立って安全を確認していた。


 目的地に着き、ウズメがすぐさま作業を始めた。ソウジは車の中から警戒を続けている。起伏も瓦礫もない開けた周囲の安全確認が容易なエリアで、何にも邪魔されることなくウズメは順調に作業していた。作業自体は機械に任せているので、真面目に監視しているソウジに申し訳ないくらいだった。


「ねえ、ソウジ。そんなに気を張らなくても大丈夫だよ。ここは周りが良く見えるし周辺の索敵機器はちゃんと作動しててクリーチャ―が来たらすぐに分かるから」


「いや、そこは信用してる。ただ、午前中は楽させてもらったから。あんまり頼りすぎはちょっとな……」


「そう。ソウジって責任感があるんだね。でもそこは私の技術力を信じてもらいたいけど」


「それは、まあ、うん。さっきから見せてもらってる」


「そ、それじゃあ私の技術力を信じてる証拠として、少し話しながら作業させてもらってもいい? ほら、情報提供するって話があったでしょ? なんでも聞いて。私に分かることなら答えるから」


 ソウジは納得した表情を見せて少しだけ緊張を解く。


「……そうだな。ちょっと疑問なんだけど、クシュリアリの奴らはなんでここら辺まで索敵機器を設置してないんだ? 普通に考えてあった方が安全だし、都市にとってもその方がいいと思うんだけど」


「私は都市の偉い人じゃないから本当のところがどうなのかは分からない。でも噂程度なら聞いてる。それでもいい?」


「頼む」


「実は都市はハンターに情報に与えないだけで、索敵自体はしてるんだって。レギオンの準管理エリアもその先もね。普通に考えればハンターに任せっきりにするわけないしそりゃそうだよねって。どこまで索敵してるかは分からないけど。それで何故都市は情報を制限してるかっていうと、強いハンターを育てるためなんだって。クシュリアリに限らず、荒野に点在する都市は強いハンターを求めてるのは知ってるでしょ? そのための試練らしいよ。突発的なクリーチャーとの戦闘に対処できるようにしたいんじゃないかな」


「いや、ちょっと待ってくれ。強いハンターを育てるためなら都市が危険になっても構わないってのか? レギオンが対処できないくらいの大軍がいきなり来たらどうするんだよ。俺も別のスラムで暮らしてたことはあるけど、クシュリアリのスラム街だって過去には侵入されたことがあっただろ。都市側だって危機感はあったはずだ。そういう時に事前にハンターに情報が渡っていれば、楽にクリーチャーを倒せるはずだ」


 ウズメが言い難そうに口を開く。


「……そこは認識の違いだよ。そもそも都市はスラムを都市内部と認めてないからスラムがどうなろうとほとんど気にしないんだよ。私は両親の事業が失敗するまでは壁の内側にいたからよく覚えてるの。むしろ余裕をもって撃退したって報じられていたくらいだし、都市の子供たちは怖がるどころか興奮してたくらいだよ」


 それだけの自信と余裕が壁の内側の人間たちは持っていたということだ。その力を行使することになればスラム街は崩壊するが、都市がクリーチャー討伐のためにスラム街を気にすることはない。ソウジに生まれたのは怒りよりも呆れに近い感情だった。


「でも最近じゃスラムの状況も良くなってきてるよ。私も今はスラム暮らしだから分かるの。新しい管理者が来て支援体制が整ってきて比較的まともな食料品が流れてくるようになったし、商才に長けた人たちは壁の内側に住めるようになってる」


 都市の管理者による支援体制の強化はスラム街の防衛力についても改善されていた。低威力の武器でクリーチャーに致命傷を与えるには多くの銃弾を浴びせる必要があり、当然のことながら多額の弾薬費を必要とする。それが現在では、弾薬も安くなってきてハンターではない住人にも自衛の手段ができた。


 弾薬費の節約が嬉しいのはハンターも同じだ。ハイリスクハイリターンの近接戦闘をメインに考えているハンターはそれほど多くない。多くのハンターは銃撃が基本だ。弾薬費の節約はソウジが考えている以上に重要だった。節約できる分を他の装備に回すこともできる。そうしてハンターとして成り上がる道も以前よりずっと開けてきている。


「ふぅん。まあいいや。でも何のために強いハンターを求めてるんだろうな。都市の防衛力ならクリーチャーなんて楽勝らしいし」


「スラム街の住人が増えすぎるのを抑制してるって噂もあるよ。ハンターになってもらって荒野で死んでもらうの。……まあ、その話はおいといて、都市は強いハンターを育てたら、そのハンターを強いクリーチャーばかりいる最前線に送り込むんだって。そうやって人類の生存圏を取り戻してる……らしいよ」


 ハンターの活躍などに寄ってクリーチャーから土地を奪い返しているが、それでも栄華を極めていた頃と比べれば微々たるものだ。ソウジは昨日出会った怪鳥を思い出していた。


(あんな奴ばっかの所に送られるとしたら流石にやってられないな。まあ、アイツにはいずれ借りを返すけどな)


 ソウジは敢えて興味なさそうに呟いた。


「全然知らない話だな」


 ウズメが苦笑いして同意する。


「ソウジはそもそもハンターじゃないし、私みたいな経験の浅いハンターにも関係ないことだよね。っと、作業が終わったよ。次の場所に移動しましょ」


 車を次のポイントに向けて移動させる。到着したら故障した索敵機器を回収して予備のモノと交換する。軽微な故障ならその場で修理する。動作確認を終えて、再び次のポイントに向けて出発する。そうして、まだ明るいうちに全ての作業を終わらせることができた。


 ウズメが恐る恐る要となる索敵機器を作動させる。ナビゲードシステムが立ち上がり、画面に全ての機器からの情報が送られてきた。ウズメの表情から緊張が抜けていき、安堵したものに変わっていく。


「無事成功。ソウジ、見て。クリーチャーの反応がある。範囲ギリギリだけどこっちに近づいてきてるみたい」


 ソウジが画面をのぞき込んで思案する。


「確かにクリーチャーが一体だけエリア内にいるな」


「今から向かえば夜までに余裕でクシュリアリに着くと思うよ。自分で運べばレギオンの管理エリアを通過する料金も安く済むし」

 

 レギオンに所属していないハンターが準管理エリアでクリーチャーを倒して都市に戻る場合、管理エリアを通過する際にレギオンに連絡をいれて護衛を頼むことが慣例になっている。それは決して小さい金額ではないが、たとえ護衛の必要がなくても通行料を支払うことによってレギオンと敵対する意思がないことを示していて、都市もそれを黙認していた。


「それじゃあ出発するね」


 荒野には瓦礫もあれば丘もある。ウズメが最適なルートを策定して車を走らせ始めた瞬間、ソウジがナビゲートシステムの画面を指さした。


「おい、これ、都市の方からも反応があるぞ。クシュリアリまでの行程を考えたら、こっちのクリーチャーの方がいいんじゃないか?」


 ウズメが運転しながら画面を見る。


「そうだね……ううん、違うよ。この移動速度と反応だとたぶんハンターの車かな」


「そうなのか。まあ、そう上手くいかないか」


 ソウジが残念そうに応えると、ウズメが予定したルートに進むためにハンドルを切った。この先は障害物のない直線がしばらく続く。ウズメがアクセルを強めに踏んで加速させる。


「あと数分したらクリーチャーとの戦闘になるよ。準備はいい?」


 ウズメにはクリーチャーとの戦闘経験はほとんどない。AC細胞の活性化の数値が基準を越えたためハンターにはなったが、普段はクリーチャーを狩って生活しているわけではなかった。基本は機械の販売や修理などの収入を得て生活していた。


 ウズメは自分の緊張を隠すために余裕を持った態度でソウジに尋ねた。だがソウジの意識は別のところに向いていて、返事はいつまでたっても返ってこなかった。


「ソウジ?」


「ん? ああ、いや悪い。ちょっとさっきのハンターが気になってさ」


「どういうこと?」


 ソウジが険しい表情で画面を凝視する。


「見てくれ。俺たちが曲がった後、このハンターも直後に俺たちを追うように進路を変えたんだ。加速タイミングもほぼ同じだった」


 ソウジの考えを理解してデータログを確認すると、ウズメはすぐに眉をひそめた。ハンター同士が荒野で出会えば戦闘になることもある。都市から離れたエリアなら危険度はより高くなる。ウズメも昨日体験して認識し直したばかりだった。


「……つまりソウジは、このハンターは敵かもしれないって思ってるの? 確かにその可能性はあるよね。だったらもう一回曲がってみよ。それで向こうの出方が分かるから」


 ウズメが再びハンドルを切ろうとする。ソウジはハンドルを強く掴んで制した。


「ちょっと待て。このハンターは何らかの方法で俺たちの位置を掴んでる感じがする。ちょっとタイミングが怪しい。急に進路変更して俺たちが反応を見せたら、コイツに気づいたってことを知らせるようなもんだ」


「敵じゃない可能性も……」


「敵じゃなくても、もうとっくに俺たち事を補足していて、なんで俺たちが怪しい動きをするんだ、なんで自分の動きがわかったんだって思う可能性はある。そうなると索敵機器の存在を疑われるかもしれない。それに少なくとも俺には車で駆けつけてくれるような味方はいない。だから敵だという前提で動く」


 お前はどうだ、とばかりにソウジはウズメに強い視線を浴びせた。ウズメは思わず怯んでしまった。お前にはそういう味方がいるんじゃないのか、と問われているのを理解したからだ。フランクに話したことで、敵ではないと認識してもらえたと感じていたが、まだ十分ではないことを思い知ったからだ。


 だがいつまでも怯んではいられない。ウズメにしても助けてくれる味方などいないのだ。ソウジに同意するしか道はなかった。


「……分かった。敵だと想定して動こう。それで何か考えはあるの?」


 後ろから近づいてくるハンターは間違いなく格上のハンターだ。ウズメの車もかなりの速度を出して移動しているが、後ろから迫るハンターの車はそれ以上の速度で移動している。


 ソウジより戦闘経験のあるハンターで、ウズメより稼いでいるハンターなのは間違いない。油断できるような要素は何もない。


「このまま何も気づいていない振りをする。あとは……」


 ソウジの作戦を聞いたウズメは無言で頷いて車を真っ直ぐ走らせた。

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