第7話 確認
ウズメは朝早く目覚めた。
起きてすぐに昨日の出来事を思い出し、全身に触れて生きていることを確認する。そのまま借りた部屋で食事を終え、これから話し合うことを予習することにした。
とりあえずの危機は去ったものの、まだ解決に至っていない。物理的に助かっても、借金を背負わされてまで作った索敵機器を利用して稼がなければ生活できなくなってしまうのだ。
(索敵エリアを構築できたとしても他のハンターに使わせるのは反対するよね。それだけレギオンにバレる可能性が増えるわけだし、私もその方がいいと思うけど。そうなるとどれだけソウジがクリーチャーと戦えるか、どの程度積極的に戦うつもりなのかが重要。実力もだけど、そこはしっかり見極めないと)
ソウジの部屋の扉が開いた音を聞き取ると、ウズメも合わせて部屋を出た。
「おはよう、ソウジ」
「あっ、おは……おはよう」
思いがけない笑顔での挨拶に意表を突かれたソウジは、少しだけ後ずさって対応する。ウズメが自分のペースに持っていこうと畳みかける。
「昨日の続きなんだけど、ご飯食べながらでいいから聞いてくれる?」
「えー、あー、うん。そうだな」
ウズメはわざとらしくフレンドリーに背中を押してソファまで誘導すると、自身は正面に座ってソウジの目を見て話し始めた。
「今日の予定、私の希望も含めて考えてみたから聞いてね。まずこの拠点の周辺に索敵機器を設置して安全を確保する。それからこの辺りに向かう」
ウズメが端末の画面をソウジに見せて説明する。ソウジが疑問点を挙げる。
「北側に向かう理由はあるのか?」
「もちろんあるよ」
ソウジたちの現在地はクシュリアリから見て東北東の方角にある。素直に進むなら都市から最短距離のエリアで活動すべきだとソウジは考えていた。
「ここはエーデライトレギオンの担当する管理エリアの先にある、いわばエーデライトの準管理エリアだから。エーデライトは知ってる?」
準管理エリアとはレギオンが管理するエリアの外側にある潜在的にレギオンの管理エリアとみなされているエリアのことだ。
「知らない。そもそも近くの都市の名前がクシュリアリってくらいしか知識はない」
それも想定内とばかりにウズメが頷いて話を続ける。
「それじゃあその辺りの情報はおいおい話すとして、エーデライトはレギオンの中では穏健派だからってのが一番の理由。そんなに準管理エリアを荒らさなければ目を付けられない、と思う。優秀なハンターなら逆にレギオンに誘ってくるんじゃないかな。ソウジって実績作って大きなレギオンに勧誘されるの待ってたりする?」
「いや、今のところ考えてない」
せっかく自由を手に入れた身だ。わざわざ誰かの下に付くつもりはなかった。
「というか、そもそも俺はまだハンターじゃないし。それより話を戻すけど、穏健派ってことは強硬派もいるのか?」
「いるよ。エーデライトの隣は大人しいレギオンなんだけど、もう一つ隣には活発過ぎるレギオンがあるの。別に何かに違反してるってわけじゃないんだけどね。普通は他のレギオンの縄張りに入り込むなんて争いの元になるからしないんだよ。でもそこのレギオンは違うの。フェーレンイリアってレギオンなんだけど、当然……聞いたことないよね」
ソウジは無言で頷いて話を促す。
「レギオンに所属するハンターは基本的には他所のレギオンの準管理エリアには行かないの。都市はレギオン同士の争いを望んでいないだろうし、レギオンとしても争いに発展して戦力を削り合うのはまずいからね。だからそういう暗黙の了解があるって聞いたことがあるの。それなのにフェーレンイリアのハンターは結構派手にやってるらしいって。そんな連中にわざわざ近づきたくないじゃない。だから彼らと接触する可能性を少しでも減らしたいのが大きな理由。フェーレンイリアも流石にクシュリアリで一、二を争う巨大レギオンであるエーデライトには手を出さないだろうから……」
「なるほどな。それにそんな奴らと同じエリアにいたら、せっかく索敵エリアがつくってもクリーチャーを取られそうだよな。ところでその計画ってゼーブルって奴が考えたのか?」
「そうだよ。前々から情報を集めてたみたいだからね。でも私が発案者でも同じようにしたと思う。理由は納得してもらえた?」
「ああ、そうだな。ウズメの方針通りでいい」
ソウジは水を含んで食事を流し込み、立ち上がって外に出ようとする。ウズメが慌ててソウジを追う。
「ちょっと待って! 話はまだ終わってないんだけど!」
「細かいことはその都度説明してくれ。それより早く設置作業に入ろう。どれくらい時間がかかるか分からないし、早いに越したことはないだろ」
「それはそうだけど……ところでこれはどうするの?」
ウズメがゼーブルの死体が入った袋を指さした。 困った表情になったソウジに、ウズメがアドバイスする。
「死体はちょっと移動させてから燃やすのはどうかな。ゼーブルの荷物はソウジの好きにすればいいと思う。都市は荒野でのハンター同士の争いにはそうそう介入してこないから。あっ、車は私の所有物だから」
「わかった。でもこの強化服は俺にはサイズがデカすぎだ。成長しても着れそうにない。売ったら俺が殺したってばれるかもしれないし、そうしたら面倒になるかもしれないんだよな……」
ばれても問題ないと思えるほどソウジは自身を評価していない。リスクを冒すつもりはなかった。
「じゃあ、この銃だけ貰っておこう」
あとで銃の装飾を変えれば大丈夫だろう。ソウジはそう考えて銃と弾倉を奪って死体を引き摺って外に出ていった。周囲を警戒してウズメにも出てくるように指示を出す。外に出ると今度はウズメが先行する。
「ついて来て」
ウズメが大きめの瓦礫で隠してある車へと案内する。ウズメの車は屋根も窓もないフルオープンの車両だ。後部座席にはミニガンが装着してあり、運転しながら自動で発射できるように改造されている。それなりの重量のある武器だが、驚異的な身体能力を持つハンターなら取り外して持ち運ぶことも可能だ。
後部座席の空きスペースにはミニガン用の銃弾とウズメが自作した小型の索敵機器が所狭しと並べられている。最後尾には索敵機器を地面に打ち込むアームが装備されていて、車から降りることなく作業ができるようになっていた。
ウズメが運転席に座って、ソウジに助手席に座るように促した。ソウジが大量の索敵機器を見て呟く。
「なんか随分沢山小さいのがあるんだな」
「性能には自信があるから安心して」
車を発進させながら、ウズメは自信が窺える表情で答える。
「いや、そうじゃない。どっちかっていうと数が気になってた」
「ああ、そういうこと。せっかくだから、ちょっと仕組みを説明しておくね。元々索敵機器自体はだいぶ小型化できてるの。無線機器とバッテリーを付けてるから、これでも大きくなっちゃったなぁって思ってるぐらいで。一番はやっぱり有線なんだけど、それだと機材を運ぶだけでも情報が洩れちゃうでしょ。まあ、そんなに大掛かりな工事をするお金なんてないんだけど」
ウズメが自分の技術力をそれとなく伝えて印象の改善を図る。その間にも車は低速で移動して後部のアームが自動で索敵機器を埋め込んでいる。
「索敵機器同士でローカルネットワークを形成して、こっちに情報を送ってもらうの。ただし、昔のネットワーク風に偽装してたりしてて出力を最低限にしてるから通信範囲が狭くなってローカルネットワークの範囲内にいないと受信できないんだよね。それだけが弱点かな。そのせいもあって広範囲をカバーするには数に頼らざるを得なかったの」
つまりはそのせいで沢山の索敵機器を作る羽目になった。そして借金の桁が増える結果になってしまった。ウズメはその金額を思い出して少しだけうつ向いた。
「ふぅん、なるほどね」
ウズメが頷いて、動作確認のために運転席についている操作盤を使用する。車のナビゲートシステムの画面に埋め込んだばかりの索敵機器から送られてきた情報が表示され、ソウジが感嘆の声を上げた。
「おおっ、凄いな」
ウズメが得意気に答える。
「でしょでしょ。クリーチャーだけじゃなくてハンターの位置も分かるように改造してるんだ」
ウズメはソウジの反応に満足して微笑む。
「まあ、ちょっとした応用で済むからついでにね。本当ならクリーチャーの反応も見せたかったんだけど。今は作業中だし、全部が終わった直後のタイミングで現れてくれるといいね」
「上手くいくといいな」
「あとで受信用のプログラムとパスワードをソウジの端末に送っておくね。それでソウジからも確認できようになるから」
「ああ、頼むよ」
「一応他のアプリに偽装してるけど、他の人が見てるところでは起動しないようにしてね」
「分かった」
埋め込み作業は順調に進んでいた。ウズメの車が入力されたルートを問題なく移動している。作業が進み、対象エリアの外縁を移動していた時に見られたソウジの緊張した表情も現在は影を潜めている。天候がよく、クリーチャーと出会うこともない。順調すぎてソウジはリラックスしていた。
(私のことを信用してくれてるのなら嬉しいけど、集中力は年相応ってとこかな?)
ウズメの想像は半分は当たっていた。ソウジはクリーチャーに対する警戒をウズメに任せ、自分はゆったりと待機している。そこにはウズメに対する警戒心は感じられない。ただしそれは信頼からではなく、利害が一致していることを理解しているからだ。
ソウジは自分の体力を理解していた。限界値を感じていた。休養のおかげで疲労は残っていないが、いざ戦闘開始となった時に疲労の影響が出るの避けたいとソウジは考えていた。少々強引に気持ちの整理をして脅威度の低いウズメを信頼することで、リラックスできる状況を作り出していたのだ。
(でも今なら自然に聞けるかも。一応必要なことだし、あくまで軽い感じで……)
ウズメは極めて自然に微笑んでソウジに問う。
「クリーチャーの姿も見えないし、ちょっと確認したいことがあるんだけど、いいかな?」
「ん、なんだ? あとウズメの方が年上なんだから別に丁寧に話さなくてもいいぞ」
「えっ、あ、うん。ありがと。それでね、確認したいのは戦力の確認なの。私の武器は車に付いてるミニガンとアサルトライフル。近接戦闘は性格的にも能力的にも向いてないから、中距離からの射撃を中心に戦うつもり」
「俺の武器は短機関銃とさっき拾ったこの拳銃だけだ。でも短機関銃はほとんど弾がないから戦闘になったらウズメから借りたACソードでの近接戦闘主体になる。あの拳銃はあくまで保険かな」
「それなら役割分担はできそうだね」
ソウジは素直に頷いた。近接戦闘の方がクリーチャーとの距離が近くなるので危険なのは分かっている。それでも同意したのは苦手な射撃で足手まといになるのを嫌ったのと誤射する恐れを考えてのことだ。
これからシリアスな質問をしなくてはいけない緊張感から、ウズメの表情を硬くなっていく。
「それで……その、ソウジの再生能力だけど、回復薬とかじゃ……ないんだよね? どこまで作戦に組み込んでいいの?」
ソウジは特に表情を変えずに答える。
「さあ、どうだろうな。正直、俺もよく分かってないんだよな。そもそもどこまで大丈夫かなんて試したことないから」
昨日見られた以上、再生能力を隠そうとは思っていないが、それでも吹聴されるのは困る。それがソウジの心境だった。
「でも昨日は結構ヤバかったと思う。心臓と頭だからな。あと腹か。流石に死んだかと思ったよ」
明るく話すソウジに、ウズメが昨日の出来事を思い出して引きつった笑みを返す。
「正確にはどの程度ダメージを受けても大丈夫なのかは分からない。それにどのくらい連続して再生するかどうかも不明だ。腕の一本くらいなら犠牲にしても問題ないはずだけど、それ以上はちょっとな。クリーチャーに足を食われたら身動きできなくてジリ貧だろうし」
ソウジは自分のことを不死身だとは思っていない。人間離れした再生能力だとは思っているが、それだけで才能あるハンターたちと肩を並べられるとは微塵も感じていなかった。ダメージを受け続ければ死ぬだろうと確信している。
「あ、ありがとう。ソウジのことは見どころのある新人ハンターくらいに考えておくね。ソウジも私のことはその程度だと思って。それと……体のことは誰にも言うつもりはないから安心してね」
ウズメはソウジから釘を刺される前に笑顔で宣言した。