第5話 怯えたハンター
生気のなかったソウジの突然の動きに反応できず、ゼーブルはあっけなく首を掴まれてしまった。ゼーブルの意識は完全にウズメに向いていたこともあり、ソウジから逃れることができなかった。
「こ、こいつ……なんで……生き……」
ゼーブルが必死に抵抗を試みる。強烈な力で引っ張られて立ち上がることもできない。なんとか手を動かして拳銃の引き金の引く。
ソウジの腹部に命中して血液がさらに流れ落ちる。それでも首を絞めてくる強さが弱まる気配はなかった。ゼーブルの首がみるみる細くなっていく。
自分は催眠術でも受けたのか、はたまた質の悪い夢でも見てたのか。ゼーブルの脳裏には何故このような事態になったのか、推測が流れていた。
だがそのどれもが自分の常識に縛られたものであり、頭部の半分近くを失い、腹部を撃たれておびただし量の出血をし、それでもなお動いている存在を説明するには至らなかった。ただ時間だけが進んでいき、加速度的にゼーブルの寿命を削っていくだけだった。
「や……やめ――」
遂には言葉を紡げなくなり、ゼーブルはあっという間に生命活動を停止した。ソウジの体は動かなくなったゼーブルの首を強引に引きちぎると、心臓を握りつぶしてトドメを刺した。
異様な光景を前にして、ウズメは身動きが取れなくなっていた。体が動かない分、必死に頭を働かせて状況を整理していた。
(あいつ、なんで生きてるの!? いえ、それより今はどうするかを考えるなくちゃ。ゼーブルの拳銃は小型クリーチャーなら余裕で倒せるくらいの特別製だって聞いてた。それを喰らって生きてる人間相手じゃ、今の私の攻撃手段は通用しない。だったら接近戦を挑む? でも強化服ごと首を握りつぶしたあの握力、一撃で仕留められなかったら死ぬのは確実。この狭い部屋で戦ったら斬られるのを覚悟で掴まれて……そしたらそれだけでオシマイよ! そもそも私は荒事に向いてないし、もうっ、どうすればいいのよ!)
ウズメの考えが纏まる前にソウジの体がゆらゆらと起き上がる。肉体が再生して胴体の穴が塞がっていく。それが終わると今度は顔面の再生が始まった。ソウジの頭部が徐々に元の姿に戻っていく。
(どんなに高価な回復薬だってあんな再生しないって! まるでクリーチャーみたいじゃない!)
今の状況はウズメにとって恐怖でしかない。どうすればよいかなど冷静に考えられる余裕はなかった。混乱しているウズメに向けて再生中のソウジが声を発する。
「なあ、ちょっと教えてほしいんだ。なんだか脳が上手く働いてくれないからさ」
ソウジの言葉は、ウズメにとって非常に質の悪いジョークにしか聞こえなかった。頭部の半分以上を失っているのだから脳が働かないのは当然だ、などとは口が裂けても言えない。言えるはずがなかった。ソウジはウズメが落ち着くのを待たずに問いかける。
「俺はゼーブルって男を殺したわけだけどさ、これって俺を殺す理由になるのかな?」
返答を間違えればすぐに戦闘になる。そう悟ったウズメは慎重に適切な言葉を探し始めた。
◇◆◇◆◇◆
状況は好転している。ソウジの心臓が再生を始めた時点ではバケモノのように感じていたが、言葉を発する姿は理性を持った人間のようにも見える。それならば生き残る道もあるはずだ。今の状況では、ウズメにはそう信じるしかなかった。
「し、質問に答える前に、まず私とゼーブルの関係の説明を……」
ソウジは無言で首を動かして続きを促した。ウズメはその圧力に恐怖を感じていたが、実のところソウジもそれほど余裕があるわけでもなく、できるだけ動かないようにして再生を早めていた。
「わ、私はクシュリアリでハンターをやっているウズメ。ゼーブルもそうなんだけど、二人ともレギオンには所属してなくて個人で活動しているの。それで今日はこの辺りの調査をしに来てて。でもそれは都市とかハンターギルドに依頼されたとかじゃなくて、私はゼーブルに個人的に協力を要請されてここにいるの」
レギオンとは複数のハンターで構成されている集団で、都市から周辺のエリアのクリーチャーの討伐を任されている。レギオンは複数存在していて、どの程度を任されるかはレギオンに所属するハンターの人数やクリーチャーの討伐実績などが影響している。
そのため、新人ハンターであろうと、数多くのハンターを抱えることはレギオンにとって大事なことだ。本来であれば、ソウジたちハンター候補はクシュリアリでいずれかのレギオンに所属するはずだった。
「……それで?」
「ゼーブルとは今回の仕事が初めてだから、そこまでの関係じゃない。だからゼーブルが死んだからって敵討ちをするつもりはない。ソウジと殺し合う気があるかと問われれば、ない……としか言えない」
「よく分からないな……もっとちゃんと説明してくれ」
今のソウジは思考力、判断力が極端に落ちている。元々知識のない話もあるが、少なくとも再生し終わるまで戦いにならないように、話を引き延ばそうとしている面もあった。
「わ、わかった。ゼーブル一人だとこの辺りの調査は難しい。それで機械の扱いに長けてる私の噂を聞いたとかでゼーブルが声をかけてきたと思うんだけど、ゼーブルがいない今となってはリスクを冒して作業を継続する理由がない。だからこの拠点を使う必要もない。だからあなたと争う理由は全然ないの」
「ふぅん。ゼーブルとはあくまで一時的な仕事仲間だってことだよな。ついでに言うと渋々付き合ってたと。だから復讐とかするつもりはないってことか」
ウズメが激しく何度も頷く。
「そう! そういうこと! それに今の私は色々部品を購入したせいで現金がほとんど残ってなくて借金生活! 私を脅してきた奴の復讐のためにさらに出費するなんて絶対にない!」
ウズメが鼻息荒く肯定する。ソウジはそんなウズメに冷や水を浴びせる一撃を放つ。
「とりあえず話は分かった。じゃあ次だ。俺がウズメを殺さない理由ってあるかな?」
感情を動かさずに話すソウジにウズメは硬直する。確かに立場を入れ替えて考えてみれば、黙って見逃すとは自信を持って言えない。それでもウズメには自分が生き残る道はあるはずだと信じて会話を続けるしか道はなかった。ウズメは必死にソウジを否定する材料を探していく。
「……わ、私が敵意がないことを証明してソウジに必要なものを提供できるとしたら、殺さなくていい……かも」
ゼーブルが言っていた通り、ソウジが未熟な存在だというのは分かる。ハンターとしては武器が足りず知識も少なそうだ。それならば自分にもある程度は提供できるものがあるはず。ウズメはそう考えていた。
一方、脳の再生を終えたソウジにも戦闘前と比べて心境に変化が起きていた。自分の短慮のせいで死にかけたばかりだ。
(全弾撃たれてたら死んでたかもな)
ゼーブルの油断と幸運で九死に一生を得たが、それが続くとは限らない。なにより大きいのは、ウズメを脅威と捉えられず、見えてくるのは怯えばかりだったことだ。
(ウズメは俺より色々と詳しそうだ。そのくせ態度とかがハンターっぽくない。年上だと思うが、なんというか甘ちゃんに見える……)
ウズメがどんな人物であろうと、一度は殺し合いをするまで敵対した人物を黙って見逃すほどソウジは優しくない。幼い頃からそうやってスラムで、そして荒野で現実を見てきた。だが今の自分には足りないものが多すぎるのも事実。ソウジはウズメを見逃すかどうか、その価値があるかどうかの判断材料を探すことにした。
「一つ質問するけど、ウズメって、ひょっとしてスラムじゃなくて、都市内で暮らしてるのか?」
「えっ? い、一時期そうだったけど、それがどうしたの?」
「いや、別に何でもない。なんとなくそう思ったから聞いただけだ」
自分がウズメの立場だったら、命乞いじみたことなどせずに問答無用で再生中に攻撃していた。それでお終いだったはずだ。ソウジは荒野で生きてきた人間のような殺伐とした雰囲気をウズメから感じなかった理由に納得する。
「話を戻そうか。それで俺に提供するって言ってたけど、具体的に何を考えてる?」
ソウジのわずかに表情が和らいだことに疑問が沸いたウズメだが、安心するにはまだ早いと気を引き締める。
「それを知るにはソウジが必要なものを知らないとね。でも、まあ情報とか装備……」
ウズメはそこまで言いかけて中断する。ゾウジの凄まじい再生能力があれば大抵の強化服は必要ないだろう。身体能力を向上させるような高級品は金銭的に提供するのは不可能だ。できない約束をすることは死に直結する。ウズメが慌てて言い直す。
「い、色々あるけど、やっぱり一番は情報ね。でも問題は私の話を信用できるかどうかってこと……じゃない?」
「そうだな。それは同意する。でも信じてもいいと思ってる」
「本当!?」
生き残るためにウズメが必死に取り繕った笑顔は、ソウジに困惑をもたらしていた。不審人物を見るかのようにソウジはウズメを見ている。ウズメは慌てて言葉を紡ぎ出す。
「わ、私は嘘を言ってるつもりはない、よ?」
真意は分からない。ソウジはとりあえずその話は置いておくことにした。
「俺もだ。今の俺には情報が正しいかどうかさえ分からないからな。まあ、騙されたとしたら俺が馬鹿だったってだけの話で報復するだけだ。でもそれはウズメじゃなくたって同じだ。話は戻るけど、さっき言ってた調査ってのは、何を調査するつもりだったんだ? 都市に依頼されたわけでもないんだろ? それだったら都市からの命令書とかで堂々と俺を追い出せそうだもんな。こんなところで何を調べるつもりだったんだ?」
「ええっと、それはですね……なんというか、非常に難しい問題でして……」
ウズメが言い難そうにもじもじしている。
「別に答えるつもりがないなら、それでもいいけど?」
その時は死んでもらう。ウズメにはソウジがそう言っているようにしか聞こえなかった。体の前で手を忙しなく交差させて否定する。
「じ、実はその、私は戦闘力はそんなでもないんだけど、機械いじりが好きなの。それでジャンク品を買い集めて色んなものを作ってて。副業でね。まあそれで本業以上に稼いでたから、それをどこからか知ったゼーブルが私にクリーチャーの索敵機器みたいなもの作ってこの辺りのエリアに埋め込もう、って提案してきたの。それで色んなとこからお金を借りて沢山作って。まあ、私にとっては強迫に近かったんだけど……」
ウズメがソウジの表情をちらりと窺う。少しでも同情してくれないかと期待した目で見ている。だが話を聞いたソウジは別のことに気が向いていた。