第4話 争奪戦
ソウジは上機嫌で地下拠点に戻っていた。下手すれば数日では終わらないと覚悟していた都市の捜索があっという間に終わったのだ。これで生存の道が一気に開けてきた。足取りが軽いのも当然のことだろう。
(今日は早く寝て、明日は朝一番に出発しよう。俺の足なら昼前には余裕で着くはずだから、すぐにハンターギルドに行ってハンター登録をする。そしたらさっきの所を拠点にしてクリーチャーを叩く。上手くいけば明日には現金が手に入るぞ。そしたら……)
妄想は広がり、ソウジはついつい口元が緩んでしまう。そんなソウジの表情は拠点に着いた途端に一変した。入り口をふさいでいた瓦礫の向きに違和感を覚えたのだ。
(向きが……微妙に違う気がする。クリーチャーの足跡もない。風とか地震で動いたわけじゃないよな。誰かが中に入ってるのか?)
ソウジが使用している地下施設には生活に必要な多くの機能が現役で稼働している。ハンターに拠点を奪われれば路頭に迷うことは確実だ。ハンターになってからの活動を考えれば、この拠点を失う訳にはいかない。ソウジは胸の鼓動を激しく感じながらも努めて冷静に地下に潜っていった。
◇◆◇◆◇◆
ソウジが戻ってきた拠点には、ソウジが出かけていた僅かな時間に地下施設に入ってきた二人組が男女がいた。男はゼーブル、女はウズメという名で両者共にハンターだ。ゼーブルが手際よく調査を行い、あっという間に安全確認を終わらせた。
ゼーブルがウズメに話しかける。
「ここはいい拠点になりそうだな。地下の機能はほとんど現役だし、広さも十分にある」
ウズメがゼーブルの顔色を窺いながら話す。
「だからこそ先客がいる……んだろうね」
「まあな」
二人の視線の先には置きっぱなしにされたソウジの荷物があった。
「交渉で譲ってもらえるかな……」
「そこらへんは相手次第だが問題ないだろ」
ゼーブルの言葉には武力行使を厭わないという意味が含まれていた。戦闘経験がほとんどないウズメは人間同士での争いを経験したことがない。ウズメには対人戦に対する迷いがあった。二人の力関係からウズメはゼーブルに消極的な同意を示して遠回しに懸念点を伝えることにした。
「し、しばらく使うんだからあんまり汚さない方がいいんじゃない? 清掃ロボットはないみたいだし……」
「だからそれは相手次第だって言っただろ。嫌ならお前が交渉しろ」
ゼーブルの強い口調にウズメが返答に迷っていると、ウズメの携帯通信端末に反応があった。彼女の表情が微妙に変化したのをゼーブルは見逃さなかった。
「お客さんか?」
「……うん。仕掛けたセンサーに反応があった。入ってきてるのは一人だけ。ゆっくり近づいてきてる。たぶん私たちの存在に気づいて警戒してるよ」
ウズメの言葉を考慮したわけではないが、できるだけ穏便に済ませようとゼーブルは思案する。
「お前はその辺にいろ。こいつの荷物からして間違いなく素人か、素人みたいなハンターだ。くだらない戦いで拠点の機能を壊すリスクを背負うのも馬鹿な話だし、とりあえずは数の暴力で押してみる。駄目なら、まあそういうことだ」
ソウジが二人がいるリビングの扉の前に到着すると僅かに音がした。ウズメが頷いて自分より格上のハンターに対応を任せる意志を示す。
「そこにいるのは分かってる。この拠点を使ってる奴だろ? 話しがしたい。入ってきてくれ」
ソウジは何も答えない。ゼーブルが忠告を発する。
「出てこないなら扉越しに撃つぜ?」
数秒後、扉がゆっくりと開いてソウジが姿を現した。ゼーブルとウズメを交互に観察する。ゼーブルはその素人然とした動きを見て心の中でほくそ笑んでいた。そして自分の想像が正しかったことを確信する。
武器は持っているが、強化服でもない薄汚れた服を着ている姿からは自分を脅かすような存在には全く見えない。不審な動きを見せても瞬時に早打ちで始末できるレベルだ。ゼーブルにはそう思えるだけの自信と実力があった。
内心をおくびにも出さず、ゼーブルは笑みを浮かべて語り掛ける。
「俺はゼーブル。後ろにいるのがウズメだ。お前は?」
「……ソウジだ」
ソウジは渋々といった様子で答えた。
「こういった昔の施設の使用権は早い者勝ちなのがハンター間での暗黙のルール、ってことを重々承知のうえで言うが、俺たちはここを使いたいと思っている。譲ってもらえないか?」
「できない」
ソウジは即答する。今のソウジにとっては金よりもハンターとして生きていくための環境が必要だった。譲るつもりは一切なかった。
それは想定済み、とでも言いたげにゼーブルは微笑む。
「まあ、そうだよな。じゃあ間借りするってのは?」
ソウジはゼーブルとの短い会話から激しいプレッシャーを受けていた。そこには敵愾心などなく、あるのは必要ならば殺すだけといった凄みだった。ソウジはそれに耐えようと強い言葉で対応する。
「無理だな。寝ている間に殺されそうだ」
ソウジにも目の前にいるハンターたちとの実力差は分かっていた。強化服を着用し、武器も自分よりも高価なものを持っている。ハンターとしての雰囲気もある。それでもソウジは態度を改めなかった。
クリーチャー相手に恐怖を感じ、仲間が喰われていくのをじっと見ているしかなかった自分を変えたいという想いがソウジの態度を頑なにしていた。その想いがソウジを過度に意固地にさせていた。
一方で、ソウジの言葉は自分の心を強く保つためでもあった。だがそれは同時に相手を挑発するのに十分な威力を発揮していた。ゼーブルの眉が吊り上がり、僅かに肩が震えている。
このままだとまずい方向に行ってしまう。ウズメがなんとか修正しようと口を挟む。
「こ、殺す理由はないんだけどなぁ」
「生かしておく理由もなさそうだ」
ウズメの横やりにソウジが淡々と告げる。ソウジとの短い会話の中でゼーブルは苛つきを覚えていた。自分より格下の、それもハンターでさえなさそうな人間が、本人も不利を自覚しているはずなのに強硬に意見を曲げないでいる。
それが子供の無知さによるものなのか、考えなしの馬鹿だからなのかは分からない。ただ現時点ではっきりとしているのは、目の前の少年は妥協するつもりが全くないということだ。
当初は穏便に済ませようと考えていたゼーブルだったが、ソウジの態度から計画は変更を余儀なくされた。二対一でも怯む様子がない以上、選択肢は一つに絞られた。
「平行線だな」
「そうだな。さっさと出て行ってくれ」
交渉中止を告げるソウジの言葉に場の緊張感が高まっていく。ウズメは思わず音が漏れるほどの勢いで唾をのんだ。ソウジは僅かな音を聞き逃さなかったが、そのせいで一瞬だけ気を取られてしまった。ゼーブルはそれを見てホルスターに手をかけた。
瞬間、ソウジが一直線にゼーブルに向かっていった。
ソウジの鋭い踏み込みはゼーブルとの距離を一気にゼロに近づけていく。ソウジのナイフが当たる寸前、ゼーブルは対クリーチャー仕様に改造してある拳銃をソウジに向けて素早く引き金を引いた。
銃弾がソウジの頭部を直撃し、頭蓋骨ごと脳を弾き飛ばす。続けざまに撃たれた二発目がソウジの胸に大きな穴をあけて心臓を貫いた。
ゼーブルが強めに前蹴りを放って蹴り飛ばすと、ソウジの体が後方に吹き飛び、被弾箇所から大量の血液が床に流れ落ちていった。
ウズメがおどおどした様子で倒れているソウジを見る。ゼーブルはそれに気づいて苦笑いして答えた。
「ま、不可抗力ってやつだ。意外っちゃなんだけど結構いい動きだったしな。つい二発目も撃っちまったよ」
「そ、そうだね。私もそう思うかも……」
引きつった表情のウズメを見て、ゼーブルは話題を変えようと視線をソウジに向けた。体の横には床に落ちたソウジの端末がある。ゼーブルはソウジの血液で汚れる前に取りに向かった。
「おっ。こいつ、タイプは古いけどいい端末持ってるじゃねーか。ガキがこんな施設を使ってるのはおかしいと思ってたが、この端末にデータが残ってたのかもしれねーな。ってことはだ。ひょっとしたら他にも使える施設の情報が入ってるかもしれねーぞ。ほれっ」
データの取り扱いはウズメの得意分野だ。ゼーブルがウズメに端末を放り投げた。その瞬間、動くはずのないソウジの肉体がゼーブルに向けて腕を伸ばしていた。