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第2話 ハンターの資質


 ハンターとはクリーチャーを倒し、その死骸を売却して生活の糧を得ている者たちのことを云う。ただハンターでない者たちも襲われれば銃を持ってクリーチャーと戦うこともあるし、倒すこともできる。それはハンターと変わりない。ではハンターたらしめるものは一体何なのか。


 それはクリーチャーによって絶滅の危機に追い込まれた人類が発達させた細胞の力に他ならない。その細胞はクリーチャーに対して毒のような効果を生み出すことからACアンチ・クリーチャー細胞と呼ばれた。このAC細胞の働きが一定以上の人間がハンターに選ばれることになる。


 AC細胞が活性化することで生まれるACCAエネルギーは体内に蓄積して肉体を強化し、高い身体能力をもたらしてくれる。


 また、ACCAエネルギーをクリーチャーの体内に送り込めば、クリーチャーを苦しませ、同時に再生能力を阻害できた。まさにクリーチャーに対する人類の切り札であり、ACCAエネルギーを効率的に送り込めるのが、全てのハンターが所持するACソードという武器だった。


 ところが現在交戦中でただ一人のハンターであるはずの教官は、ACソードを背負ったままで使用していなかった。それは彼が己の能力に自信がなく、クリーチャーとの接近戦という恐ろしい選択肢を最初から消去していたからだった。


 ならばACソードは自分が使わせてもらおう。ソウジはそう考えて、ハンター候補たちの銃撃を避けて教官の元に向かっていた。


「教官! それを、そのACソードを俺に貸してください!」


 ソウジの願いを教官は迷いもせず一蹴する。


「駄目だ! これはいざという時に俺が使うためのものだ! 経験のないお前に任せるられるか!」


 いざという時とは今ではないのか。クリーチャーを近づけさせないように銃撃をしているハンター候補たちはそう思い、苛立ちが表情に現れていた。経験はなくともハンターとしての才能はソウジの方が教官よりも圧倒的に上。それを理解していた故の怒りの視線を受けながらも、教官は態度を変えなかった。


 教官の立場で考えればACソードを失えば保険を失うことになる。たとえ能力的にはそれほど期待できないとしても理解できなくもない。ただ、ソウジを含めて現場の人間とは正反対の選択だった。


(この野郎! このままACソードを分捕ってやろうか)


 ソウジは頭の片隅に思い浮かんだ映像をすぐにかき消した。そうした場合、まず間違いなく教官の銃口は自分に向くことになる。それは決して脅しではなく、気が弱く高圧的な教官ならば必ず発砲されるはずだ。そう確信していた。


 仮に教官を制圧して奪い取った場合でも、今度はハンター候補たちを率いる者がいなくなってしまう。多数のクリーチャーに囲まれている状況を考えれば、経験のない者たちだけで戦うのは致命的に思えた。


 結局は教官に納得してもらって借り受けるしかこの場を凌げる方法は思いつかなかった。


「教官、そのまま聞いてください」


 ソウジは教官に合わせて銃撃しつつ、説得を試みる。


「教官の目的はなんですか。ここまで育ててきた俺たちを売って金を稼ぐことじゃないんですか。だったら生きるためにあがくべきでしょ」


「そんなことは分かってる!」


 ソウジは興奮する教官を刺激しないよう、できるだけ落ち着いた口調で話を続ける。


「でも全ては生き残ってからの話しのはず。それにリスクはあってもリターンの方がでかいんだから、やってみる価値はあるはずです」


「リターン?」


 ソウジは現金な話題に教官が食いていてきたことに呆れながらも、内心でほくそ笑んだ。


「そうですよ。確かに俺たちは訓練してきたハンター候補です。でも今は違う。実戦を経験したハンター候補なんです。価値はより高くなるはず」


「そ、それは確かにそうだが……」


 もう一息だ。ソウジは一気に圧力を強める。


「加えて接近戦でクリーチャーを倒したハンターならもっと高く売れるはずです。そのために俺にはほとんど銃器に触らせてくれなかったんじゃないですか。接近戦ばかりやらせてたんじゃないんですか!」


 それは図星だった。より価値が高いのは通常弾での銃撃戦を得意とするハンターではなく、ACCAエネルギーを利用してクリーチャーを倒せるハンターだ。上手くいけば教官はソウジを予定より高く売れるし、ソウジにしてみても実績があればその分だけ売られた先での待遇に期待できるようになる。自分にACソードを貸すことは双方にとってプラスになると力説した。


「……分かった。お前ならこの状況を打破できる。そう期待していいんだよな!?」


「そうです!」


 ソウジが自信満々に答えると、教官は装着していたACソードを取り外してソウジに向けて差し出した。


「持ってけ! せいぜい暴れてこい!」


 ソウジはACソードを受け取るべく、銃撃を中断して手を伸ばした。


(これで形成を逆転できる。いや、して見せる!)


 ソウジが決意したその時、ソウジの表情が不意に困惑したものに変化していた。確信はない。だが今の状況は危険だと全身の細胞が告げてきていた。ソウジは言語化できない不安を信じ、思わず教官に差し出した手を引っ込めた。驚きで目を見開く教官を尻目に後方に跳躍する。


 ソウジの違和感が現実になったのは、その直後だった。


 空を見ると、見たこともないくらい巨大な怪鳥が上空から急降下してきて、先ほどまで自分がいた空間に飛び込んできていた。その場に残っていた教官は怪鳥に丸呑みされてしまった。


「ううぅぅ、うわぁあ!! 教官がぁ!!」


 騒ぎ立てるハンター候補に向かって怪鳥が何気なく羽ばたくと、そのハンター候補は吹っ飛ばされてピクリとも動かなくなった。


 その状況を見て残されたハンター候補たちは恐怖で一斉に駆けだした。長い間訓練して、先ほどまでクリーチャー相手に戦えていたハンター候補たちも無様に荒野に逃げていく。それほどまでに目の前の怪鳥は異様な雰囲気を醸し出していた。


 逃げたのはハンターだけでなく周りにいたクリーチャーもだった。人間とクリーチャーが並んで走るという奇妙な状況で、獲物を追いかける怪鳥の様子は必死で逃げる側とは対照的にどこか楽し気で、動く標的を遊び感覚のように狙い撃ちしていった。



 ソウジはその様子を岩陰に隠れながらのぞき見していた。いつでも戦えるように銃を構えてはいたものの、足は震え、照準はぶれて定まっていなかった。


(落ち着け、あいつのターゲットがいつ俺に向かうか分からないんだぞ。びびってる暇はないんだ)


 ソウジは自分を鼓舞しつつも、空からの圧倒的な暴力に、心のどこかで勝てないだろうと考えてしまっていた。それが苛つきを加速させていた。


(俺はこんなに情けない奴だったのかよ。偉そうなこと言ったくせにいざという時はこうして隠れて……くそっ!)


 怪鳥は荒野を駆けるターゲットを追っていこうとする。その時、ふと立ち止まってソウジのいる方を見た。


(目が合った!? 来る!)


 ソウジは瞬時に身を隠した。体ががちがちに固まり、緊張が最高潮に達している。とてもまともに戦える状況ではなかった。だが居場所を知られたはずなのに、いつまで経っても怪鳥はやってこなかった。


 怪鳥は首をくるくる回して上を見た。ソウジをつられて上空に視線を向けると、そこに存在する別の存在に気が付いた。


(なんだ? 空に別のクリーチャーがいる……?)


 怪鳥一体だけでも手に負えないのにもう一体が控えている。この絶望的な状況にソウジが唖然として思考が停止していた。


 上空のクリーチャーが鳴き声を発すると、それに呼応するように無邪気な怪鳥は羽をはばたかせ、息を殺して身を潜めていたソウジにはまるで興味を示さずにハンター候補たちが逃げた先へと飛び去って行った。


 まるで嵐が去った後のように静かになった荒野でソウジは一人佇んでいた。これまで学んできた、そして実際に戦ったクリーチャーとは一線を画す実力備えたバケモノを前に足がすくんでしまった。そして、そんな自分が許せなかった。


(あのトリ野郎……俺なんて全然眼中にないみたいだった。あの時ビビッて逃げ出してたら俺もあいつらみたいに喰われてたのか……)


 クリーチャーによって絶滅寸前まで追い込まれた人類は、AC細胞の活性化という特異な能力を手に入れて徐々に活動エリアを取り戻しつつあった。このままいけば全てのクリーチャーを駆逐できるのも夢ではないと言われるようにもなっていた。だがそんなことはクリーチャーに見逃されたソウジにとってはどこか遠い星の出来事だった。


 今は一刻も早く自分の身を護る術を身につけ、ハンターとして一人前になる。ソウジは決意を新たにして荒野を歩きだした。




 ◇◆◇◆◇◆




 その頃、ソウジが向かっていたクシュリアリという都市では職員たちが慌ただしく動いていた。周辺地域で巨大な鳥形クリーチャーの接近を確認したと報告があったためだ。


 あのような巨大で強力なクリーチャーはクシュリアリ周辺では確認されていない種類のクリーチャーだった。にも拘わらず、どこからか飛んできた。いきなり災厄のような存在が現れてしまった。これまで経験してこなかった事態に都市の職員は冷静さを失って緊急対応に迫られていた。


 そんな中、場にそぐわない一人の人物が周りの大人たちを一喝した。その者は若いながらもクシュリアリの管理者を務めているタキリという名の少女だった。


「落ち着きなさい。こんな時のためにマニュアルがあるのでしょう? 自分がやるべきことに集中しなさい」


「で、ですが……」


 緊張が窺える一般職員に、タキリが微笑みかける。


「大丈夫。シェルターはこのような事態を想定して作られたモノよ。でも避難の前にやることがあるはずよね」


 冷静に作業を進めること。それが結果的に一番生き残る確率があがるはずだ。そう笑みを向けると、職員は自分のやるべきことを思い出してタキリに頭を下げた。


 状況を見ていた他の職員たちも同様に仕事に戻っていく。その様子を見届けたタキリは誰もいない自分の執務室に戻ってため息をつき、思わず頭を抱えて本音を漏らした。


「なんで幻獣種なんて現れるのよ! それも二体もだなんて! バッカじゃないの!? ああ、もう、これでまた色々理由をつけられて予算を持っていかれるんだわ。ようやく都市の運営も軌道に乗ってきそうだったのに!」


 とりあえずの愚痴を吐き出したことで、タキリに少しだけ頭を切り替えることができた。


(でもなんで急に幻獣種なんて現れたのかしら……)


 クリーチャーの上位種といわれている幻獣種は、普通のクリーチャーほど行動原理が解明されていない。共通しているのは幻獣種は単独で行動することが多く、普通のハンターでは対処が難しい存在だということだ。しかも個体差が大きく、気ままに行動する厄介な個体もいるという。


 だが、幻獣種の活動エリアは限られていてクシュリアリ周辺に来ることなど、これまで一度もなかったことだった。


 とはいえ、幻獣種は気まぐれにクシュリアリ周辺に来ただけということにして、原因を追究せずにその場しのぎの対応策を行うだけというのは怠慢だと捉えられて管理者を解任される可能性もあった。


(なにか……そう、なにか幻獣種を引き寄せるモノでもあるっていうの?)


 タキリは頭を悩ませたが、一向に答えは見つからなかった。

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