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第1話 荒野の少年

 

 揺れ動くトラックの荷台でソウジは拳を握りしめていた。これからはハンターとして生き抜いていくと決意を固めていた。


 ソウジはハンターに必要な高い運動能力と資質を持っていた。その力を利用してクリーチャーと呼ばれるバケモノを討伐して生活の糧を得る。それがハンターの生き方だ。


 討伐したクリーチャーの種類によっては高額で取引されることもあり一攫千金を狙えるが、それと引き換えに危険に身をさらし続けることになる。それでもソウジはハンターになることを前向きに捉えていた。


 物心ついた頃から親はなく、学もなければ、頼りにできるような人物もいない。必死に食いつなぎ、子供でもできる仕事で探し出してなんとか生きてきた。たまにある配給だけが喜びという惨めな生活には戻りたくない気持ちの方がはるかに強かった。


(……まだ都市までは時間がかかりそうだな)


 ソウジが目を開いて周囲の様子を窺う。荷台には自分と同年代の少年少女たちがいた。いずれもがやせ細っていて、満足な栄養補給ができていないのが明白だった。


 隣に座っていた少年がソウジが目を開いたのに気づいて話しかける。彼は自分と違って緊張感のないソウジを羨ましそうに見つめていた。


「いいよな、お前は。俺らみたいなどこの馬の骨か分からない奴は、どうせ使い潰されるだけなんだ。俺にもお前ぐらいの実力があったら良かったのに」


 ソウジは正面を見据え、目を合わさずに言う。


「新人ハンターがこき使われるのはどこでも変わらない。そこから這い上がれるかは自分次第。そうだろ?」


 トラックに乗っているのは全員がハンター候補の若者で、全員が共に訓練を重ねてきた者たちだ。彼らは現在クシュリアリという都市に向けて移動中であり、クシュリアリのスラムにあるハンターギルドでハンターとして登録する予定だ。


 通常であればハンターになってからの行動は自由で、全てが自分の責任で行うことになる。ところが少年たちはその自由をわずかな期間の衣食住の保障と引き換えに自ら手放していた。


 もっとも、提供された食事は最低限度でしかなく覇気のない若者たちが多くいて、それでも生きていく手段のなかった彼らにとってはありがたい申し出だった。


 そして無事にハンターとして認められれば新人ハンターを求める者へと売られることになる。それが彼らの未来だった。隣の少年はそれを理解して契約した。ハンターになるための訓練をした。だからといって完全に納得まではいかずに、ソウジの言葉に渋々といった様子で同意しただけだった。ソウジが厳しく対応する。


「グチグチ言うな。強制とはいえハンターとして成り上がるって決めたのは自分だろ。結果をだせば待遇だって絶対変わってくる」


 そう信じてやるしかない。ソウジは自分に言い聞かせるように語った。


「……だよな!」


 少年が強く言葉を発して荷台が騒がしくすると、助手席に座っていた男が小窓から顔をのぞかせた。その男はハンター候補たちを鍛えてきた元ハンターの教官だった。


「うるせえぞ! ちったぁ静かにできねえのか」


 教官は上下関係を分からせるように大きな音を立てて小窓を閉めた。小さくなっていた少年が小声でソウジに話しかける。


「教官みたいなやつのとこには行きたくねえな。大したハンターじゃなかったくせに偉ぶってさ。あんな奴みたいなところに行くことになったら最悪だよ」


「……まあな」


 再び教官が顔を出したら面倒だ。話しかけられないようにソウジは再び目を瞑った。異変が起きたのはその直後だった。トラックが方向転換をして急加速する。荷台が激しく振られ、外の様子が分からない少年少女たちがにわかに騒がしくなっていく。


「いてっ!」


「なんだ急に?」


「お、おい、これってもしかして……」


 荷台の後方にいた少年が幕の隙間から外を確認する。そして大きな声で叫んだ。


「クリーチャーだ!」


 それと同時に小窓が開いて教官が吼える。


「これより迎撃に入る! 舌をかまないよう黙ってろ!」


 直後から激しい銃撃音が聞こえてきた。


 クリーチャーとは動物などが変態したバケモノで、頑強な肉体と圧倒的な運動能力の高さを誇る生き物だ。ハンターはそんなクリーチャーに対応できる人間たちでもある。


 ところが殻の中に入ったままのヒヨコたちはまだまだ覚悟が足りなく、荷台の面々は騒々しさを増していた。それとは対照的にソウジは冷静に状況を推察していた。


(戦闘が長引いてるな……)


 元ハンターとはいえ、一匹や二匹じゃこんなに時間がかからないはず。考えられるのはクリーチャーの数が教官の想定より多かった場合だ。ソウジと同じように考えていたハンター候補は他にもいた。


「おい、なんか教官の声が焦ってないか?」


「お、俺たちも戦った方がいい……んじゃないのか?」


 トラックの荷台には武器がない。ハンター候補たちが万が一武器を持って反抗してきた場合に備えてのことだったが、それが裏目に出ていた。


 この場にハンター経験のある人物は運転席と助手席に座る教官だけ。残りは武器を持たないハンター候補たち。いつまで経っても鳴りやまない銃声にソウジは万が一を考え始めていた。


(都市に通信を送って応援を呼ばないってことは、通信可能な距離じゃないってことだ。だとすると、ここから逃げ出せても都市まで徒歩で向かうことになる。クリーチャーがいる中を突っ切って?)


 ソウジは無様にやられる自分を想像してしまった。流石に武器を持たずに飛び出すのは無茶が過ぎる。 


 想像通りになるとは限らない。だがそうなる可能性も十分にあり得る。問題は教官たちがクリーチャーを倒しきれるかどうかだ。


 そんなことを考えているうちに小窓から荷台に武器が送り込まれてきた。その数は十。ハンター候補の人数とぴったりだ。各自が急いで受け取っていく


「これから幕を下ろす! トラックに近づいてくる奴を優先して迎撃しろ!」


「は、はい!」


 少年が教官に返答した直後、トラックは横からの激しい衝撃を受けた。そのまま何度も回って横転した。少年たちが絡み合った体勢のままで声を荒げる。


「くそっ! 何やってるんだよ!」


 教官だけで対応できないからこそハンター候補に支援を要請したのだ。少年はそれを理解しつつもふがいない指導役に悪態をついた。だがそうしていても状況が改善することはない。ソウジは受け取った短機関銃を手に、トラックから飛び降りて駆け出した。


「近距離に敵影なし! みんな、出てこい!」


 ソウジは報告後、すぐに次の行動に移った。まずは状況を確認してどう行動するべきかを判断する。トラックはかなりの距離を飛ばされたことで近距離にクリーチャーの姿はないが、破損具合が酷くてトラックを起き上がらせても逃げ切れるとは思えなかった。


(トラックは駄目だ。修理してる暇なんてない)


 多数のクリーチャーに迫られている状況で悠長に修理する時間などありはしない。ソウジは瓦礫に身を隠すと、目視での索敵のためにそこから僅かに身を乗り出した。不意にクリーチャーと目が合った。


 それは人間よりも大きく、恐竜のように強靭な二本の後ろ足で歩行するスレトニールというクリーチャーだった。獲物を見つけたスレトニールは大きな口を開き、狂暴な牙を至近距離で見せつけてソウジに迫ってきた。


「マジかよ!」


 突然のことにソウジの表情は驚きで溢れていた。だが訓練してきたことを体は覚えていた。ソウジの指は思考とは別に迷いなく引き金を引いていた。


 銃弾が口の中に次々と放り込まれていく。全身を使って短機関銃の反動を抑え込み、スレトニールにダメージを与え続ける。


 安物の短機関銃が反動で上に向きそうなのを強引に抑え込んで銃撃を続ける。ソウジの未熟な射撃技術は距離によって補われ、銃弾は次々とスレトニールの頭部を捉えていた。


 形勢は一見ソウジに有利だ。他のクリーチャーがトラックの方に集中していて、一対一に専念できている。だがソウジの表情には苛立ちが浮かんできていた。


 スレトニールは銃弾の嵐を受けて傷つきながらも異常な再生能力で傷ついた箇所が元通りになっていた。再生にエネルギーを使っている分だけ動きが鈍くなっているが、後退しながら銃撃するソウジに着実に迫り寄っていた。


「もう玉切れかよ!」


 銃撃が止んだ隙にスレトニールが距離を縮めてくる。


 弾倉の交換は間に合いそうにない。近距離でそんなことをしていては喰われてしまう。ソウジは接近してくるスレトニールが自分の間合いに入ってくる瞬間を待った。


 大きく狂暴な顔面が目の前に晒されると、ソウジは自分の頭と同じ高さにあるスレトニールの頭部に右足で蹴りを放った。右足の着地後、体を捻って続けざまに左足で蹴りを繰り出す。


 頭を元の位置に戻そうとしていたことで、スレトニールはソウジの左足を向かい入れることになった。脳を的確に捉えた一撃は、スレトニールを一瞬だけ沈ませた。


 ソウジはその隙に後方に跳躍して距離をとった。同時に弾倉を交換して攻撃を再開する。


「くそっ! ケチな教官のせいで予備の弾倉なんてほとんどないんだぞ!」


 射撃を続けながらも、ソウジの表情には次第に焦りの色が浮かび始めていた。だが同時にスレトニールの表情も苦痛に満ちたものに変化していた。その巨体は繰り返される銃撃により確実にダメージを受けていた。


 再生速度よりダメージの方が上回り始めたことでスレトニールが勝負に出た。大きな口を開いてソウジに迫る。この動きが両者の勝敗を決することになった。


「ここだ!」


 スレトニールの顔とが胴体と一直線になった。近距離で放たれた銃弾はスレトニールの喉を貫き、心臓まで達していく。再生が追い付かないほど連続してダメージを受けた心臓は、その機能を完全に停止してスレトニールは絶命した。それは予備の弾倉を含め、ソウジが短機関銃の弾を全て撃ち終えたのとほぼ同時だった。


「……なんとかなったか」


 ソウジは小さく息を吐き、地面に倒れたスレトニール死骸を満足げに見た。そして、まだ局所的に勝利しただけだと我に返る。


(あいつらは……)


 移動してトラックの方を観察する。そこではトラックが十体以上のクリーチャーに囲まれており、銃声が鳴り止むことなく響いていた。クリーチャーの死骸も転がっているが、すぐ近くには動かなくなった少年少女たちの体が横たわっていた。


(あっけなさすぎる! 正式じゃないとはいえハンター候補だろ!)


 ソウジは落ちていた短機関銃を拾って別のクリーチャーへの攻撃を再開した。このまま不利な状況が続いて仲間が減っていけばいずれ全滅してしまうのは明白だった。頼りの綱の教官たちも当てにならない状況だ。


 では生き残るに何をすべきなのか。ソウジの眼は自然と教官を探していた。


 教官と運転手の男は銃を撃ちながら、生き残っているハンター候補たちに指示を出していた。安定しているように見えるが、経験のないハンター候補たちは僅かな時間で疲労が表面化して徐々に崩されつつあった。


(このままじゃジリ貧だ……)


 ならば今、自分がすべきことは何なのか。ソウジは教官に向かって走りだした。

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