009
4月の異動で大きなプロジェクトに参加することになり、
通勤時間が1時間半になりました。
週1ペースも難しくなってきましたので、不定期になるかもしれませんが、
今後とも、よろしくお願いします。
――― 木の葉を隠すなら森の中 ―――
どこかで聞いた言葉を信じて、小国家群を目指している。
つまり、人を隠すのも、人の海の中が隠しやすい、はずだ。
と言っても、目立たぬように生きればという注釈がつくが。
木を見て森を見ずということわざがあるが、
逆に、森を見て木を見ずということもあると思う。
案外、人は見ているようで見ていない。
目を凝らさなければ、1本違った木があっても気づかない。
というよりも、気にしないし、関わらない。
前世では、4年マンションに住んでも、
隣の人と1度も話したことがない。
壁を叩きあったのが唯一のコンタクトだ。
距離感が正しければ、もう少しで森を出る。
鹿を仕留めたことで食糧は当面、大丈夫だ。
馬車に揺られながら、昨晩のことを振り返る。
「ぐぅ~っ、もったいない。もったいないが。」
夜になってきたので、食事の用意をしなければならない。
もちろん、さっき、獲ってきた鹿がメインディッシュだ。
なぜ、オレが鹿の足を縛り、
それに鉄の棒を通して宙吊りにして運んできたか。
鉄の棒に浮けと命令したから軽かったということもあるけど、
一番の問題はそこじゃない。
そう。
野生の動物には、もれなく、ダニというものがいる。
しかも、食欲がなくなるほどに。
見てるとゾワゾワする・・・
触りたくないので、鉄の棒に釣ったまま、
火のついた棒を持って焼いていく。
鹿皮が台無しになりそうだが、加工するわけじゃない。
もったいないが、
オレの知ってるやり方だと、最低でも数ヵ月は掛かる。
とにかく、薬品も家電もない世界だ。
時短なんてできるわけがない。
今回は逃走中。
鹿皮は肌触りが好きなんだが、あきらめよう。
満遍なくダニを焼いたので、鹿を下ろす。
ところどころ熱を持っているが、炙った皮を剥ぐ。
時間がないので、かなり適当だ。
どんどん、適当に肉を切り分けていく。
オレとレナだけだと、この量は食い切れないだろうし、
無理して、切り分けが難しいところを残さなくても、
十分な量がありそうだ。
毛を焼いた程度なので、全然、肉に火は通っていない。
大まかに切り分けた肉を、鉄のくしで刺し、
食べる分以外は、火から高い所で煙で燻している。
「ああっ!」
オレが上げた声に、レナがびっくりして飛び上がる。
口に肉をくわえたまま、
心配そうに、オレの顔を見上げてきた。
「ごめん、ごめん。」
頭をやさしく撫でてやる。
(何で、気づかないかな~。)
オレのスキルで、200℃の鉄板にしたら、
薪、要らないじゃん。
それと、-10℃の箱にすれば、冷凍庫も可能よね。
そんなに金属が無いけど。
だいたい、終わってから気づくんだよな。
「無い、無い」と探してて、仕方がないから、
他ので何とか代用して、
ヤレヤレとイスに腰掛けると、目の前にあるとか、
100均で「そういや、買おうと思ったっけ」と、
買って帰って、引き出し開けたら、買ってたみたいな。
しかも、同じようなものが3つ目・・・
「おいしいね。」
レナが喜んでいる。
まあ、ヨシとしよう・・・
ただ、相変わらず、レナはオレの服をつかんで寝る。
おかげで身動きが取れない。
毎度、トイレに行きたくなった時が地獄だ。
膀胱炎にならないかが目下の悩みだ。
「まあ、仕方ないか。」
ガサガサッ
「ん?」
ガバッ!
「な、なに!?」
左の草むらから音がしたかと思ったら、
御者台のオレに黒い塊が覆いかぶさってきた!
ガキン!
「ぐっ!」
左の脇腹を鈍痛が襲う!
その時になって、初めて、襲われていることに気づいた!
さっきのは、脇腹を短剣で刺した痛みだ。
しかし、服の下に銀貨の鎧を着ていた。
相手は何かを着込んでいることに気づいたんだろう。
順手に持っていた短剣を逆手に持ち替えて、
オレの顔目掛けて振り下ろしてくる。
「くっ!」
「お兄ちゃん!」
咄嗟に振り下ろそうとした手首をつかむ!
相手は残りの手も添えて、短剣を振り下ろそうと力を込める。
「レナ、下がっていろ!」
すごい力だ。
オレも両手で必死に押し返すが、
気を抜くと一気に持っていかれそうだ。
ガタン!
御者台の上の体が跳ねる。
体が固定されているわけじゃない。
御者台は狭い。
荷台の縁から30cmの板が突き出ているだけで、
板を固定する棚受け金具で止まっているだけだ。
それに足を置くための鉄の棒が1本、通されている。
その御者台の上で、男2人が取っ組み合いをしている。
(そうか、体重。)
相手はオレの上に覆いかぶさっている。
短剣を持つ手に、体重を載せているのか。
頭巾から除く目が不気味だ。
目だけしか見えないから、余計にそう思うのか分からない。
これだけの取っ組み合いを、
腕からはかなりの圧力を感じるのに、
目に必死さがない。
オレの様子を窺っているかのような、冷静な目だ。
ガタン!
(ヤバッ!)
また、道の凸凹を拾って、馬車が跳ねる。
馬が異変を察知したのか、スピードが上がっている。
不利だ。
馬車から落ちないように、
辛うじて、右足首を足置きに引っ掛けている状態だ。
体が安定していないから、力が入れにくい。
相手も同じはずなのに、どうやって、こんな力が。
上から覆いかぶさっているからか。
ガッ!
(!!!)
右頬に打撃を感じる。
ガッ!
また。
3発目の拳は、何とか防いだ。
膝を曲げて、相手との間に足を入れたいが、
右足は体の固定に使っている。
オレの右足を跨ぐように襲撃者がいて、
相手の体重が乗っているので、
左足を入れることができない。
4発目を止めようとして、手首を握ることができた。
襲撃者は両手首をつかまれたので、
両手で短剣を持ち直した。
また力比べが始まる。
(くっ、ジリ貧~)
必死で短剣を抑えているが、
馬車が揺れる度に短剣が顔に当たりそうになる。
そのため、必死で高い位置にキープしようとしているが、
腕の力が尽きたら終わりだ。
何とか、何とか、打開策が・・・
(あっ、スキル!)
「え~い!」
ガッ!
「うぐっ、」
レナが護身用に渡していた槍の柄で襲撃者を突いた。
オレしか見ていなかった襲撃者の頭が大きく弾かれる。
「え~い!」
レナが掛け声と一緒に、何度も突きを入れる。
銀粒の結界ができたので、簡単に突きを教えていた。
子供に槍を振り回すなんて無理だ。
心得がなくても、突きだったら、
子供にだって、牽制程度の威力は出せる。
襲撃者は首をひねって避けようとしているが、
オレが両手首をつかんでいるので、動きが制限されている。
2回、3回とレナの槍が当たっていく。
さすがにうるさいと感じたようだ。
レナの方に顔を向けた。
(チャンス!)
注意が逸れて、腕から少し力が抜けた。
ガクン
襲撃者の体勢が崩れる。
御者台の足置きを曲げたのだ。
襲撃者の左足は宙に浮いた。
同時にオレは相手の体を跳ね上げた。
踏ん張ることができるわけもなく、
襲撃者は馬と馬車の間に落ちる。
ガタン、ガタン
「キャッ!」
2回、馬車は大きく揺れた。
レナがひっくり返った。
荷台に行き、レナを抱き起す。
後部の衝立の隙間から、後ろを見た。
襲撃者は道に転がっていた。
ピクリとも動かない。
段々と遠ざかっていく襲撃者は、
首と片足が変な方向に曲がっていた。
他に追ってくる気配がないことを確認する。
「ハ~~~」
大きく息を吐いた。
どこにも傷は無さそうだが、
背中やひじが痛いので、打ち身程度はありそうだ。
「レナ、危ないよ。」
「ごめんなさい。」
レナの瞳にみるみる、涙が溜まっていく。
「あっ、いや、レナが助けてくれたから、
襲ってきた人を振り切ることができた。
ありがとう。助かった。」
レナをぎゅっと抱きしめた。
レナもぎゅっと抱きしめてくる。
ひとしきり抱きしめあった後、
気づいて、馬のスピードを緩めた。
また、終わってから気づいた。
何で、短剣をスキルで止めないかな~。
そうすれば、両手がフリーになったのに。
予期せぬ攻撃に余裕がなかった。
今後の目標は、
息をするようにスキルを使えるようにしたい。
って、今、バレットを浮かせていることに気づいたし。
ダメダメだな。ハァ~。
オレを見つめる視線に気づいて、
やさしく頭をなでてやった。