007
(違和感しかない。)
ドーレスは考えていた。
生贄の娘は、予定通り、川に流した。
男女の区別も分からないほど、食われてしまっているが、
体の上から儀式の布を被せ、お供え物を入れると、
そんなことは全く関係ない。
娘は川辺で死んでいた。
すでに魂を女神がお導きいただいているが、
儀式のために体を残してくださったため、
改めてお返しするという理屈だ。
要するに、理屈などはどうでもいい。
村長は「これで村は救われた」と満面の笑みで宣言した。
村人たちにホッとした空気が流れたのが分かった。
元々、自分の子供が生贄ではなかったし、
生贄に選ばれた子供はすでに死んでいるのだから、
嫌なことは早く終わってほしいというのが人情だった。
問題が起こらないうちに儀式を終わらせれば、
娘の親に同情はしても、それ以上はない。
村が良くも悪くも収まったというのはいいのだが、
ドーレスは娘をあきらめきれない。
最初から、あの娘に目をつけていた。
どう理由をつけるかだけの話でしかなかった。
「あれだけの魔物に襲われれば、
アード1人ではどうにもならない。」
それは分かる。
あれだけの数の魔物に運悪く鉢合わせれば、
なす術もなくやられてしまうだろう。
アードと娘が死んでしまうのは当たり前だ。
だが、もう一人の死体は盗賊だと言っていた。
(盗賊2人のうち、1人がいた。)
あの場には、盗賊2人、商人の子供、
アード、娘がいたことになる。
協力して魔物を退けようとしたのか、
アードが商人の子供まで助けようとしたのかは分からないが、
合わせて、大人3人、子供2人がいた。
死体は大人が2つ、子供が1つ。
大人1人分と子供1人分が足りない。
じゃあ、盗賊の1人と商人の子供はどこに行ったんだ?
周辺を探したが、2人を見つけられなった。
しかし、娘の遺体を見た母親の様子が、
演技とは思えなかったことが判断を鈍らせている。
(せっかく、病気を流行らせたというのに。)
馬鹿共は、商人を襲ったと言っていた。
行商の商人は、荷を背負っての徒歩が一般的だ。
しかし、子供がいれば話は別だ。
子供がいて徒歩はあり得ない。
十中八九、馬車がある。
じゃあ、馬車はどうしたのか。
あの馬鹿共のことだ。
馬車を破壊したりするかもしれないが、
子供だけではなく、積荷があれば、
馬車でそのまま運ぼうとするに違いない。
それで、抵抗した商人を殺したと考える方が自然だ。
「商人を襲ったと言っていたな?」
儀式の後片付けを終えた後、村長の目を盗んで、
また、洞窟に来ていた。
「ああ。そうだ。」
「商人は馬車じゃなかったのか?」
「そうだ。馬車だった。
馬車を飛ばして逃げようとするから、手こずったが、
まあ、俺らに敵うわけはねえ。」
「で、馬車はどうした?」
「馬車か。」
途端に頭目の顔が曇る。
何か言うのをためらっているようだ。
「どうした?」
「盗まれちまった。積荷も乗ったままだったのによ。
馬車だけじゃなく、俺たちの馬も盗まれた。」
「盗まれた?」
「ああ。そうだ。
積荷を降ろそうとしてた時に酒樽を見つけてな。
酒樽に気を取られてた隙にガキが逃げやがった。
で、後は知っての通りだ。
一体全体、どこのどいつんだか知らねえが、
盗賊から馬を盗みやがった。ふてえヤツだ。」
「酒樽だと?積荷も降ろさずにか?」
「ヘマしたジノとゲッタにやらせるはずだったからな。
こんなところに来るやつがいるとも思ってなかったしよ。」
「それで?」
「何がだ?」
「それで、どうするんだ?」
「それでって、何がだ?」
「その盗っ人だ。」
「ああん? どうもできねえよ。馬がねえんだぜ。
馬で逃げた相手を今から走って追えって言うのかよ?
まあ、このままじゃいけねえしよ、
どこかで馬をかっぱらってくるけどな。」
「そうか。」
ドーレスは自分の配下の男たちに目配せした。
次の瞬間、頭目の首に短刀を突き刺した。
残りの盗賊も、音もなく忍び寄った男たちに刺される。
「あがっ、」
「ぐぉ、」
次々に、刺された盗賊が洞窟に横たわる。
「な、ぐぼぉ・・・」
何が起きたか理解できないまま、
血を吐きながら頭目が倒れた。
「馬鹿が。」
ドーレスが吐き捨てるように言う。
その目は何の色も帯びてはいなかった。
まるで、虫よりも価値が無いように。
(目の前の物に飛びつくだけの馬鹿は有害だな。)
ドーレスは周りを見渡した。
木箱が8つほど積み重ねてあり、
槍や剣などが10数本、洞窟の壁に立て掛けてある。
(能無しと思ったが、どうして、どうして。)
短期間で5人でと考えれば、盗賊としては有能かもしれない。
しかし、目立てば討伐される。
目立たないギリギリのところにしなければならない。
それがこいつらには分からなかった。
(だから、こういう死に方をする。)
口には出さなかったが、似合いの死に方だと思った。
盗賊たちを置いていた荷車に載せ、洞窟の外に運び出した。
「こいつらの死体を川に捨ててこい。」
男たちは黙々と命令に従う。
洞窟に一人残ったドーレスは、箱に腰掛け、
盗賊の流した血が地面に浸み込んでいくのを見ていた。
(やはりか。死体が死体で確認が難しかったが、
間抜け共の馬と馬車を盗んで逃げたのがアードだろう。
あいつらといい、村長といい、間抜け共を相手にし続けて、
どうやら、鈍ってしまっていたらしい。)
当然、村に近づく者は一通り調べている。
アードは北部の生まれだったはずだ。
ただ、身寄りはないという話だ。
村には戻らないかもしれない。
(アードを調べたが、確か、北に従軍していたはずだ。
そちらの線も頭に入れておいた方がいいか。
ともかく、娘が生きているなら、捕まえなければ。)
北は王国と小競り合いを続けている部族がいる。
王国と敵対している部族なら、
王国から逃げてきた者を受け入れるかもしれない。
(娘は何としてでも取り返す。)
ドーレスには娘を殺す気はなかった。
いや、そもそも、娘は生かして捕まえなければならない。
死ねば使えないからだ。
それがドーレスの使命だった。
優秀な子供を見つけて、王都に連れていく。
しかしそれは、どんな手段でもという但し書きがつく。
ドーレスはメタニフ教団に仕えている。
しかし、信仰にハマったことは一度もない。
孤児だった自分は幼いころから暗部として鍛えられた。
物心がついた時には教団の一部であった。
それについて、良くも悪くもない。
そう生きることが、息をするように当たり前だったからだ。
その教団にとって、聖女の存在は絶対だ。
聖女の起こす奇跡が信仰の源であり、教義の拠り所である。
奇跡が起こせなければ聖女ではなく、
聖女がいなければ教団ではない。
それほど、聖女の存在は必要不可欠である。
次代の聖女を発見するために、ドーレスのような男が、
王国の各地に散らばっているのだ。
しかし、サラは聖女にはなれない。
教団にとって、聖女は無垢でなければならない。
余計な自我は聖女には必要ない。
ただ、教団のためだけに、
赤子の時から聖女でなければならないのだ。
今年、14歳になる娘は、魔力が少ない。
奇跡と呼ばれるほどの御業は起こせないと聞く。
それを解決するのが、教団の人気を高めている孤児院だ。
子供の才能を見出して、教育を施す。
そのうちの1つが魔力庫だ。
補助動力と言ってもいい。
原理は知らないが、そういう魔道具があるらしい。
これまでに何人もの子供が、
無垢な聖女の知らない間に使い潰された。
今回は、2年も保たなかった。
次は何年、使えるのか。
大人になるにつれ、消費が激しくなっている。
そういう時に、ドーレスはサラを見つけた。
噂では、聖女を見つければ、
枢機卿の椅子が転がり込んでくるほどの快挙らしい。
ただし、聖女は枢機卿の娘である。
本当かどうか怪しいが、それを確かめる危険は冒せない。
同時に、サラを聖女候補とした時点で、命はないかもしれない。
(オレはあいつらとは違う。身の程は知っている。
だが、下っ端には下っ端の夢を見てもいいはずだ。
それには、一刻も早く見つけることだ。)