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006

(クソッ、クソッ、クソッ)


脇道から出た瞬間、2頭の馬を放した。

足かせが無くなったので、

馬車を引いている馬を叱咤し、全速力で駆けさせる。

これだけ離れると、蹄の音に気づかないか、

気づいても、追いつけたりしない距離だ。

放したはずの馬もついてきた。

群れの意識があるのだろうか。

しかし、それも長くは続かなかった。

命令されていないので、疲れたら無理をしない。

多分、あれが普通の限界だ。

じゃあ、目の前の馬たちはどこまでイケるんだ?

そう考えているうちに、みるみる大汗をかいてきたので、

スピードを落とさせた。

自転車くらいのスピードで、15分くらい走っている。

この2頭も、そろそろ、休ませなければ。


頭では分かっている。

休ませるために手綱を引こうとするけど、

どうしても腕が動かない。

森の中の道は、直線ではない。

今も左に大きく曲がっている。

森を突っ切って来られたら、

この先で待ち伏せされているかもと思ったら、

馬を止めることができずにいる。


(分かってる。分かってるんだ。)


馬だって走り続けることはできない。

どこかでは休まないといけない。

それがどこなんだ。

馬どころか、オレの額も汗をかいている。


(あっ。)


水溜りの跡に車輪が取られて少し傾いた時、

レナが必至でオレの服をつかんでいるのに気づいた。

レナは目をつぶり、頭を伏せて、オレにしがみついている。

後方に目をやるが、今のところ、追いかけてくる馬はいない。


馬を止めた。

大きく息を吐きだす。

どれぐらいの距離を来ただろう。

自転車くらいのスピードで、30分は走った。

その前の全速力も合わせると、5kmは来たはずだ。

大丈夫。大丈夫なはずだ。

何分、休憩させればいいのだろう。

止めたばかりなのに、今すぐにでも出発したい。

頭の中をぐるぐると悪い考えが回っている。

すぐ後ろに男が立っているような気がする。

あの木々の間から、盗賊がぬっと現れるような気がしてくる。


(歯を食いしばれっ。)


叫びだしそうになるが、レナがいる。

レナに弱いところを見せられない。

レナにとっては、オレだけが大人で、オレだけが頼りなんだ。

レナを不安にさせてはいけない。


(覚悟だ。覚悟を決めろ。)


馬が潰れれば、歩くしかなくなる。

そうなった方が逃げられなくなる。

それに、急げば急ぐほど、轍の跡は大きくなる。

跡を残さないようにしないと追跡しやすくなるんじゃないか。

ダメだ。

目的地はまだまだ先だ。

今からこんな様じゃ、馬どころか、オレ自身も持たなくなる。

この休憩は必要なんだ。

分かっている。分かっているんだ。

そう思い込もうとすればするほど、頭がカーッとなる。


気持ちを切り替えようと、積荷を調べることにした。

不要なものを捨てた方が、馬の負担も減るだろう。

馬車には樽が2つと、衣装ケースくらいの木箱が3つあった。

樽には思った通り、水と食料が入っていた。

ただ、当面は大丈夫だが、それほどの量ではない。

オレ一人なら、3~4日分くらい。

持ってきた食料と合わせて、2人で1週間ないくらいか。

2つの木箱には、売り物らしい服や雑貨が少し入っていた。

捨てるのは雑貨くらいか。

しかし、持ってた方がダミーになるのか。


売り物の中から、商人に見えそうな服を選んだ。

レナは村で着ていた服よりは上等な服を着ているが、

亡くなった子の服は嫌だろうから、

余り目立たない服に着替えさせた。

残りを1つの木箱に詰め、

空いた箱に樽から水を移し、馬の前に置いた。

2頭が木箱のスペースを奪い合うように、

すごい勢いで飲み始めたのでびっくりした。

噛みつかれないかとビクビクしながら、

樽にあった塩も少し舐めさせる。

この様子なら、もう少し休憩させた方がいいだろうか。


この馬車、多分、普通の荷車を改造したんだろう。

オレが王都で見た馬車より小さいし、

幌も普通の馬車の半分の高さしかない。

大人が座って、少し余裕があるくらいと言えば想像つくか。

荷台の長さもオレが寝たらいっぱいいっぱい、

幅も2人が寝れるぐらいの大きさだ。

人を乗せないなら、御者台にいればいいんだし、

荷物を雨風から守れたらという感じか。


逃げる前に乗せた木箱には、袋が3つ入っていた。

袋の1つに金貨21枚と銀貨3枚。

残り2つは銀貨がぎっしり入っていた。

多分、1袋100枚だろう。

おそらく、レナと2人なら、5年は優雅に暮らせる額だ。

銀貨の袋2つも木箱に詰める。

残りは、オレの財布代わりの袋に入れた。

オレが肌身離さず持っていれば、

何かで馬車を捨てることになっても、

無一文になることはない。


馬の水飲み用に木箱の1つは引き続き使うとして、

お金が入っていた木箱を分解して、

幌の後部、荷台のあおりの部分に取り付けた。

当然だけど、幌の前後はガラ空きなので、

後方の防御のために衝立を作った。

木箱の補強のために鉄の板が張ってあるので、

一部を使えば、あおりにガッチリと留めることができる。

開放部の下半分をふさぐことができた。

これで、レナの体くらいは守れるようになった。


そろそろ、出発しよう。

気が急くのは変ってないが、無理矢理、抑え込んだ。

さっきは自転車のスピードだったので、

馬に疲れが残っているはずだ。

今回は普通に歩かせて、

次の休憩後に、また、自転車程度に走らせよう。


馬を歩かせながら、衝立にした木箱の蓋を盾に改造する。

何かをしていないと、このスピードに耐えられない。

ただし、余り[これぞ]というものは作らない。

ほどほど、しょぼいというか、

いかにも有り合わせという方が[らしい]だろう。

商人がガッツリ重装備ということもあるかもしれないが、

それはそれなりの商人の場合だ。

乗っている馬車には似合わない。

馬車どころか、オレにも見合っていない。

そのため、鎧を脱いでいる。

いざという時は、盾を首から吊ることで鎧にもなる。

富豪じゃない商人はこの程度でいい。


「ゴホッゴホッ」


「水と一緒に、ゆっくりと噛むんだ。」


レナが干し肉を飲み込めなくて咳をする。

お湯でやわらかくしてやりたいが、

お湯を準備する余裕まではない。

昼食を食べる文化はないが、

朝食をそれほど多くは摂れていなかったので、

レナにご飯を少し食べさせようと馬車を止めた。

干し肉なので、止める必要はないんだが、馬の休憩も必要だ。

あれから3度目の休憩だ。

これだけ休めば、さすがに開き直りもしてくる。

未だに追手の影が見えないことも、精神的に大きい。

まあ、油断は禁物だが。


少しゆっくりと考えられるようになってきた。

逃げることに必至で、追手のことしか考えてなかったが、

後ろからだけじゃなく、前からも来る。

当然、町へ入るなら問い質されるだろうし、

道をすれ違う人もいるだろう。

言い訳も考えておかなければならない。

腕を組んで、あれこれ考えたが、

行商中に商人の親を盗賊に殺されて逃げてきた兄妹。

これがオレが考えられる、精一杯だ。

(オレたちのことではないが)嘘ではないし、

ありがちな内容だから、ごまかせるはずだ。


「お兄ちゃん、一緒にいて。」


泣きそうな瞳で、レナがオレを見上げてくる。


「わかった。わかった。」


休憩の合間に、レナにトイレをさせている。

すぐそこの藪の中でしてくるように言ったのだが、

一瞬でも離れるのが怖いようで、

馬車の横で用を足している間も、

しゃがみながら、オレのズボンを握っている。

ズボンを引っ張られながら、後方を警戒する。


「じゃあ、見ててくれ。」


オレも用を足そうと、藪に向かって歩く。

振り返ると、レナがオレを見つめている。


(いや、オレじゃないから。)


言葉が足りなかった。

誰か来ないか見てくれるように頼んだつもりだったが、

少女に見させるプレイになってしまっている。


「レナ、誰か来ていないか、見ててくれ。」


レナがようやく辺りをキョロキョロし始める。

前方を見る必要はないんだが。

オレもようやく用を足すことができる。


その後、休憩しながら、馬車を進ませた。

日が暮れてきたので、

道から外れて馬車を駐めれそうな場所を見つけた。


手早く地面を掘り、石で造ったかまどでお湯を沸かした。

もちろん、槍をスコップに変えている。

かまどができたら、スコップを鍋に変えて、

樽の野菜も入れてスープを作った。


オレは前世で自炊していた。

そんなに料理が得意というわけではないが、

両親が共働きだったので、

弟に食わすために自然とできるようになった。

大学になったら、節約のために自炊していた。

カレーやシチューが多かったけどな。

一人暮らしだと、1回作ると3日あるからw

それと特筆すべきは、野菜炒めだ。

野菜炒め万能説を提唱している。

野菜炒めの味付けを変えれば、当然、別のものになる。

塩、醤油、ソース、味噌、粉末出汁、豆板醤に水溶き片栗粉。

スープや鍋はもちろん、うどんや中華そばを入れると、

焼うどんや焼きそばにもなる。

さらに、焼きそばにスープを加えると、ちゃんぽんにもなる。

ただし、中華丼はけっこうな確率でお腹が痛くなるんだ。

だから余り作らなかったが、野菜炒めだけでこれだけできる。

レパートリーではなく、アレンジでだ。

安くて簡単に違う料理になるものはそうそうない。

キャベツを1/4ずつ使うと4日分になるし、

カレーやシチューと合わせれば、1週間の献立になる。

ここまでの調味料はこの世界にはないかもだけど、

いつか、レナにも食べさせてあげたいな。

その時には、こんなビクビクしたような状況じゃなく、

もっと穏やかな暮らしをさせてあげられていることだろう。


レナが目をこすり始めた。

お腹がいっぱいになって、眠くなったんだろう。

荷台で添い寝してやると、腕の中に入ってきた。

2人で毛布に包まる。

昨夜は少し歯を食いしばるような様子を見せたので、

心配していたが、比較的、穏やかに眠っている。

追手の影に怯えないでいられるようになるのは、

いつになるのだろう。

2日も経っても追手が見えないのは、

もしかしたら、上手く偽装できて、

死んだと思ってくれてるんじゃないか。

または、もう、追いつけないとあきらめてくれたのか。


(ダメだ。ダメだ。)


気が緩んで失敗するのは、

前世でいくらでも経験したじゃないか。

慌てて頭を振った。


「んっ、うぅ・・・」


レナの眠りをジャマしたようだ。

目が覚めないように、優しく頭をなでてやる。


(きっと、幸せにしてやるからな。)


黒い森は先が見通せないほど続いている。

あと、どれくらいで抜けられるのか。

眠れぬ夜の間、幼い横顔を見続けていた。

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― 新着の感想 ―
読ませていただきました。 結構ハードモードな世界ですね。スキルをどう使っていくか期待しています。 しかし、先輩はなんで職場で獲物を解体していたのか(笑) 引き続き読ませていただきます。
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