004
「隠れて。」
レナを岩陰に引き寄せる。
10mほど向こうに魔物がいる。
マッドボアだ。
マッドボアは確かに泥遊びをしょっちゅうしているが、
それだけでマッドボアと呼ばれるわけじゃない。
土魔法を使ってくるらしい。
相手の足元をぬかるませて、
動きにくくなったところに突進するようだ。
オレは罠にかけていたので見たことがなかった。
こいつを1頭狩れば、1ヵ月の食糧になる。
今、持っている干し肉も、こいつの肉だ。
惜しいと思うが、今は時間がない。
「やり過ごそう。」
相手も気づいているだろうが、距離もあるし、
こっちにケツを向けているので、
出て行かなければ、わざわざ、襲ってくることもないだろう。
今、襲ってこられると、レナもいるので、かなり危険だ。
しかし、でかい。
オレが知っている猪の倍はある。
ちょっとした小岩だ。
念のため、鎧を盾に変形させた。次は槍だ。
レナが目を丸くして、槍に変わっていく剣を見つめている。
「内緒な。」
レナが何度もうなづいた。
少し笑って、視線を戻す。
マッドボアは何かを食べていた。
(まさか。)
そのまさかだった。
大きな体で見えていなかったが、
マッドボアの体の下に、伸びた手足が見える。
レナと変わらないくらいの子供だ。
思わず、立ち上がりかけた時、
ブギーッ
マッドボアに投げやりが刺さった。
マッドボアが逃げようとするが、
前足の付け根に刺さっているので駆けられないようだ。
槍を振り落とそうともがいている。
雄叫びを上げながら、
2人の男が次々にマッドボアに斬りかかった。
暴れるマッドボアを避けながら、
男たちは代わる代わる斬りつけている。
どうっとマッドボアが倒れた。
1人が止めをさす。
「おらぁー!見たかー!どうでい、オレの投げ槍は!」」
「こいつは、狂暴化じゃねぇか!
どうりで、なかなか、倒れねぇと思ったんだ!」
「投げ槍がいいとこに当たらなかったら、危なかったわけか!」
よく見ると、牙が2本ではなく、3本になっている。
魔物にも個体差があるが、
マッドボアの場合は、牙が何本か増える。
稀に、何かで、魔物がさらに狂暴化するやつがいる。
長く生きて魔素を取り込んだとか、
いろいろ言われているけど、本当のところは分からない。
確かに、あのでかさは普通じゃなかった。
狂暴化したマッドボアだったか。
「それどころじゃねぇ!足元を見てみろよ!」
「おいおい、探してた餓鬼じゃねぇーか!
こんなところで野垂れ死んでるとはな。」
「売りもんが台無しだぜ。頭に怒られちまうよ。」
「だからこそのマッドボアだろうが。
代わりに、肉を持って帰りゃいいじゃねえか。」
「それもそうだな。」
「待て。餓鬼が何か持ち出していないか、見るのが先だ。」
2人は盗賊だ。
さっきの「頭」「売りもの」という会話、
きれいな服装じゃない。2人の装備も不揃いだ。
2人はこちらに背を向けて、どうしようかと眺めている。
距離10m。
(いける!)
ダダダッ
ズブッ
オレは男の首に槍を突き立てた。
「う、うぅ・・・」
槍を突き入れられた男が横たわる。
「なんだぁ?」
横に薙ぐには槍では細くてダメだ。
槍を剣に変えて、間の抜けた声の男に斬りつけたが、
さすがに、変形途中の剣は避けられる。
男が剣を抜いた。
キン、
カキーン、
何度か剣を合わせるが、オレに剣技があるわけじゃない。
あくまで前世だが、習ってた剣道は、
飛び級するぐらいなので、センスはあると思っているが、
所詮は、田舎の小学校の剣道だ。
実戦と稽古は違う。
「勘がいい」と言われたが、戦功もほとんど運だろう。
(しまっ、)
斬り上げようとする前に、相手の剣がオレの首に迫る―
(ヤバイ!止まれ!)
ガクン
相手の腕が止まった。
その一瞬で大丈夫だ。
男が、再び、振り下ろそうとするのを半歩、横に避け、
「あっ」という顔のままの首を斬り飛ばした。
川に落ちた首は、しばらく浮かんでいたが、見えなくなった。
胴体から流れる血で、川が赤く染まる。
ハッ、ハッ、ハッ、
自分で分かるほど、息づかいが荒い。
(危なかった。)
ガクンと急に相手の振り下ろす剣が止まったが、
つまづいたんだろうか。
(運がなかったな。)
足元に横たわる男に声を掛けるが、
それは、逆に、オレが運で勝ったということだ。
剣の腕を上げるべきだろう。
これを見せるのもどうかと思ったが、
何が起こったか分からず、
茫然と立っているレナを呼び寄せる。
レナは足がすくんでいるようだが、吐いたりはしなかった。
多分、どういうことか、頭が理解できていないんだろう。
「レナ、こいつらは盗賊だ。
見つかると、オレたちも危なかった。
多分、この子をさらって売ろうとしてたんだと思う。
目を盗んで逃げてきたんだろうけど、
さっきの魔物に襲われて死んだんだ。」
多分、ズボンをはいているから男の子だろうが、
頭がなかった。
マッドボアは首から上をかじり取っていた。
「偽装」というワードが浮かんだ。
だが、状況が難しい。
盗賊の一人は、オレに首を刺されたでいいだろう。
だが、もう一人は首が無いんだ。
オレは顔を知られているから、
こいつを身代わりにするしかないんだが、
圧倒的に盗賊の勝ちとしか見えないんだよな。
子供を守れてないよな。
しかも、その子供といえば、
頭をマッドボアにかじられちゃったんだよ。
カオスだなー。
目を離した隙に、子供がマッドボアにやられ、
敵討ちをした後、盗賊と戦う~?
もしくは、オレと盗賊が相打ちになって、
子供1人でオロオロしてるところをマッドボアに?
でも、マッドボアは死んでる・・・
「は~。何もしないよりはマシか~。」
オレのつぶやきを聞いたレナが変な顔をする。
(まあ、いいや。少しは時間稼ぎになるだろ。)
オレは男の子の服を脱がせ、
首周りについた血を川で洗った後、
水を絞って、レナに渡した。
レナは気味悪そうな顔をしたが、
何も言わず、服を脱ぎ始めた。
「それは持っていていい。」
木彫りの装飾に紐を通しただけのネックレスを
大事そうに握りしめていたので許した。
ナイフをハサミに変え、レナの髪を短く切った。
少しを男の子の傍に置き、大部分は川に流した。
オレも首を斬った盗賊の服を川で洗い、交換した。
けっこう冷たいが仕方がない。
首を斬った盗賊の剣を、オレの剣と同じに変化させる。
体にオレの鎧や服を着せた。
一応、マッドボアを川に退場させれないかと押してみる。
「あっ、しまった!」
マッドボアは男の子を下敷きにするように横倒しになった。
(仕方ない。この重さじゃ。もう、どうしようもない。
・・・ ―ん!?)
「盗賊」+「子供」=アジトか!
しかも、こいつら、歩いて現れたよな!
このくらいの子供が逃げれるくらいの距離に、
このくらいの子供が逃げれるような規模の。
(もしかしたら、イケる!?)
一応、オレは衛士だ。
多分、それなりに情報は回ってくるはずだが、
この森に盗賊がいるなんて聞いたことがない。
予想でしかないが、ごく最近、住み始めたか、
討伐か何かで逃げてきたのかもしれない。
賭けだが、上手くいけば、馬が手に入る。
「レナ、追われているので、時間が余りないが、
盗賊の根城を襲おうと思う。
どのみち、おまえのために、
馬を手に入れなければならないと思っていた。」
レナがオレの服をつかみ、イヤイヤと首を振る。
「わたし、歩くから。」
ためらった。
レナにしてみれば、オレがいなくなったら一人になる。
さっきの子を見たせいもあるかもしれない。
こんな森で一人になったら、そりゃあ、恐怖だろう。
もしかしたら、オレがやられそうだったのもあるのか。
「大丈夫だよ。」
精一杯の笑顔を見せた。
オレだって怖いが、どこかでは賭けも必要だと思っていた。
盗賊のアジトはすぐに見つかった。
300mほど進んだところに、
ぼっかりと洞窟が口を開けていた。
洞窟の外に馬が4頭、放されている。
馬車と、馬車に繋がれたままの馬が2頭いる。
「オレが捕まったり、やられるようなら、逃げるんだ。」
レナは涙目になりながら、うなづいた。
草むらにレナを残し、物音を立てないように近づく。
見張りはいない。
洞窟の中からにぎやかな笑い声が聞こえるが、
予想通り、数人の声しか聞こえない。
(宴会か。)
馬の横の木の枝に無造作に置いてある鞍が目に入った。
穴の正面に立たないように右から近づく。
そっと奥をのぞいたが、見えるところに人はいなかった。
声が反響しているだけで、少し奥があるのかもしれない。
轡だけを取り、馬に近づく。
(これ、この馬車、使える。)
馬車に馬が繋がれている理由は分からないが、
積荷も乗ったままだった。
このまま、発車できそうだ。
レナに手招きした。
おっかなびっくりレナが近づいてくる。
馬車にレナを持ち上げて、
足元にあった、馬車から降ろしたであろう箱も乗せる。
追ってこれないように、馬を全部、馬車の後ろにつないだ。
「行こう。」
手綱で叩くと、馬が走り出した。