003
もうすぐ夜明けだ。
薄っすらと明るくなってきている。
(3時間くらいは寝れたか。)
腕の中を見た。
女の子はオレにしがみつくようにして、
ぐっすりと眠っていた。
夜中に少しうなされていたようなので、
安らかな寝顔にホッとする。
しかし、起こさなければ。
「サラ、サラ。」
女の子はサラと言った。
前世の記憶が戻ってからは、
事案を恐れて、小児には近づかないようにしていた。
それで、昨日、逃げる時までこの子の名前を知らなかった。
3ヵ月もいて、何しとんねんとは思うが、
コンプライアンスは大事だ。
それに、火のない所に煙は立たない。
危機回避能力が大事だ。
「おはよう。お兄ちゃん。」
違うぞ。
オレが呼ばせたわけじゃない。
この子が自発的に呼び始めたんだ。
近所の兄ちゃんであることは間違いないので、
呼ばれてもおかしくない。
そこで閃いた。
「よく聞いてくれ。」
手早く火を熾して、お湯を沸かした。
柔らかくしないと、子供に干し肉は硬いだろう。
干し肉を入れ、香草と塩を振り、スープを作った。
サラは袋から自分の分を出そうとしたが、
はぐれた時の食糧だと伝えた。
朝食を食べながら、サラに説明する。
「オレとおまえは兄妹ということにする。
それと、名前を変えた方が見つかりにくいと思う。
基本的に、オレのことは『お兄ちゃん』と呼んでくれ。
(オレの名前、アード、ドーア、う~ん、ドア。ドアってw
え~っと、ノア。これでいいか。)
オレはノアだ。
何か、こんな名前がいいというのはあるか?」
サラは頭を振った。
「そうだな。じゃあ、おまえは・・・
(ノア、ノラ、ノラってw
オレって、ネーミングセンスが壊滅的なんだよな~。
ラノ、レノ、あっ、レナ。)
レナはどう?それでいい?」
サラがうなづく。
「よし。これからはレナと呼ぶ。
いつか、お父さんやお母さんと暮らせるようになるまでは、
誰にも知られないように、
サラという名前は大事にしまっておくんだ。」
サラがまた、うなづいた。
嘘をついた。
連絡が取れないのに、一緒に暮らせることはないだろう。
でも、この子がそれを心の支えにできるかもしれない。
「男の子の格好をさせるのがいいかもしれないが、
服がないしな。
後で気づかれた時に面倒なことになるかもしれないし。
恰好はおいおい考えるとして、
もう少し離れたら、とりあえず、髪だけ短く切るか。」
背中まで伸びた髪を見た。
サラは長袖のワンピースを着ている。
村の子が着るオーソドックスな服で、当然、それなりだ。
生地もそれなりだし、薄汚れてもいる。
森の中を移動するのにスカートは邪魔になる。
真ん中で切って、ズボンの形に縫えばいいが、
そんな時間はない。
とりあえず、一刻も早く村から離れなければ。
鍋にしていた鉄を十能(炭シャベル)に変えて、
痕跡を消すために、かまどの石を地面ごと川に流す。
十能をナイフに戻すと、腰に差した。
「さあ、行こうか。」
明るくなって分かったが、この景色に見覚えがある。
狩りで遠出した場所だ。
結構、歩いたと思っていても、村から5kmも離れていない。
レナは黙々とオレの後についてくる。
昨日の疲れがあるようで、足取りが重そうだ。
自分の命が掛かっているので文句などは言わないが、
追われているという心理が疲れやすくしているのかもしれない。
オレがそうだから分かる。
鳥が飛び去った音にも、いちいち、びっくりしている。
ただでさえ、森の中は歩きにくい。
草や木をかき分けながら、そして、魔物に脅えながら、
親と離れて、話したこともない男と一緒に逃げてるんだ。
消耗も早いだろう。
(焦るが、休みを入れないと、二人共、もたないな。)
川に沿って下りながら、北西を目指す。
オレは衛兵だ。
王国から与えられた職務を放棄したことになる。
王都は北東にある。
北に向かっているとは思いもしないだろう。
普通なら、すぐに国境を越えようとすると考えるはずだ。
あの村から近い国境は、西側の森を抜けた先にある帝国だ。
村の南側に足跡を残したのも、南に道があり、
森を迂回するように帝国領の村と道がつながっている。
オレでも一瞬、考えたほどだ。
街道をつかず離れず、身を隠しながら進むと考えるだろう。
村が起き始める時間だ。
打合せ通りなら、そろそろ、一芝居が始まる頃だ。
1時間でも遠くに進まなければ。
筏でも作る時間があればな。
その頃、村では、
「サラ、サラ!」
近所にも聞こえる声で、コヴィーさんの奥さんが叫ぶ。
「あなた、あなた、大変よ!
サラがいないの!」
「なんだって!」
二人は村の中心、村長の家の付近まで、
村の隅々まで大声で探し回る。
「何の騒ぎだ。」
さすがに1時間も大声で叫んでいるのを聞けば、
村長もいらだってくる。
コヴィーさんたちは村の外の畑を見回して、
森に入ろうとしていたところを村長に呼び出された。
「朝から、どうしたのだ?」
「娘が、サラが、朝からいないのです。」
「何?娘が?」
「朝、妻が起きると、娘の姿がなく、
水を汲みに行ってくれたのだと思っていたのですが、
全然、戻ってこないので、探しているんです。」
「その娘は明日の儀式の。」
「そうです。」
「衛兵じゃ!アードのヤツを連れてこい!
見張りのくせに、何をしていた!
何か知っていないか、すぐに聞き出すのじゃ!」
儀式の準備をしていた村長の怒りは収まらない。
アードを待っている間も、不満を口にする。
「文句ばかり言いおって!
村人を見張るのも、あやつの仕事じゃろうて!」
村の入口まで、それほど遠くではない。
村長はなかなか戻ってこないことにも腹が立っていた。
息を切らせた村人が戻ってきた。
「た、大変です!」
「どうした?アードはどこじゃ!」
「アードがどこにもいません!」
「なんじゃと!?」
「辺りを探してみましたが、森にでも行ったのか、
小屋におりませんでした。」
「ええい!わしが行く!」
村長はしびれを切らし、小屋に向かって歩き出した。
ぞろぞろと皆がついていく。
小屋に着くと、村長が入口を開けた。
「ややっ!荷物がなくなっておる!
もぬけの殻ではないかっ!
アードめ、いなくなっておるではないか!」
「もしや、」
村長の後ろにいた男が口を開いた。
「もしや、娘を連れて逃げたのでは?」
「なんじゃと!?」
「あいつは生贄を奉げることに反対していました。
娘が一人でいたのをいいことに、
連れて逃げたと考えられます。」
「じゃあ、娘は、」
「ええい、近寄るなっ!」
村長は触れようとしたコヴィーさんの手を払いのけ、
後ろにいた男に命令した。
「何ということじゃ!
早う、娘を取り返してこい!」