016
(遅い。)
ドーレスは焦る必要はないと分かっている。
それでも、頭と気持ちは別だった。
(何をやっている。)
第2統括から5名を預かった。
4名はドールと呼ばれる構成員だ。
ドール=名もなき人形。
使い捨てのおもちゃだ。
それが、マリオネットとなり、最終的にドレスとなる。
ドレス=服を着た人形となって、
初めて意思を持つことが許される。
ドーレスは、本名ではない。
村に潜入するために、便宜上、ドーレスと名乗った。
ドレスのドーレス。安直な名前だ。
2日待っている。
待っているのはドーレスと同じドレスの男だ。
ドレスともなれば抱えている仕事の1つや2つある。
来いと言われてもすぐに来れるわけじゃない。
ただ、命令なのだ。
第2統括の命令には、速やかに服さなければならない。
しかし、ドーレスは待っている。
今回はこちらの都合なのだ。
それに、手柄は全てドーレスのものだ。
ドレスになった順でいえば、ドーレスの方が先になるが、
格でいえば、同じドレスだ。
どちらが上かなど、明確ではない。
先に顔合わせをするべきだ。
ドーレスはそう思っていた。
(相手が相手だ。)
ドーレスは、目的のためには手段を選ばない。
そうでなければ、ドレスには上がれない。
他人どころか、自分の命さえ、何とも思わない。
しかし、人を殺すのは手段の一つであって、
人を殺したいとは思っていない。
あの村に疫病を蔓延させても、殺すつもりではなかった。
想定外に栄養不足で、村人に体力がなかっただけだ。
(しかし、あいつは違う。)
死神。
いつからか、そう呼ばれている男は、
必ず、人の死が任務に組み込まれている。
殺す必要のない状況でも、必ず、何人かは死んでいる。
それも、拷問にあったかのような惨殺死体だ。
任務の外で死んでいる死体が見つかった。
全く関係がない、全く事件に巻き込まれてもいない、
不思議な死体が見つかった。
それが何度も続けば、男の狂気に気づこうというものだ。
ドーレスは、殺しは無駄だと思っていた。
目的さえ達成できれば、それ以外のことは時間の無駄だ。
人を殺すには、意外に気力も体力も使う。
人のために磨り減るのはドーレスの望むところではない。
そんな無駄なことに時間を使うよりは、
相手が気づく前に全てが終わっていることが望ましい。
(最初に話しておかないと、収拾がつかない事態になる。)
わざわざ待っていたのは、そういう理由があった。
ドーレスの性分と言ってもいいが、
指揮系統を明確にしておくためと、先走らせないためだ。
男の狂気は年々、増してきているように思える。
第2統括が面白がっていることが大きい。
(4名を先行させるべきか。)
そう考えた時、風を感じた。
何だと思う前に、扉の前に痩せた男が立っていた。
扉が開いた気配も何もなかったはずだ。
少し背中に寒気を感じたが、
ドーレスは病的なまでに青白い顔に向けて口を開いた。
「ドーレスだ。死神だな。」
相手がうなづいた。
男が死神というあだ名を気に入っていることを知っている。
「顔合わせをするべきだと待っていた。」
「悠長な。」
カッとしかけたが、冷静さを取り戻した。
手短に、これまでの経緯を話す。
「今回の対象は、少女だ。」
そう言った時、死神が酷薄そうに笑った。
「言っておくが、少女を傷つけることは許されない。
魔力は生命力だ。弱れば魔力も失われる。
聖女様の魔力の源になる娘だ。
眠り薬くらいならいいが、必ず、命を損ねぬようにしろ。」
男がニヤッと笑ったことに不安を覚える。
「一緒に逃げた男がいる。
邪魔なら殺していいが、気づかれないように娘をさらえ。」
「なぜだ?」
「相手が死に物狂いになるからだ。
思わぬ反撃を受けるかもしれんし、
騒ぎが大きくなり過ぎると、
娘どころではなくなる可能性もある。
風のように近づき、さらう。」
一瞬、強い眼の光で、男が見つめてきた。
しかし、何も言わなかった。
「おまえたちからも何かあるか?」
4人は何も言わず頭を下げた。
「よし、3日後、先ずはアンブローナで落ち合おう。
それから任務開始だ。」
ドーレスは見送った。
死神は、何の表情もなく、無言で部屋を出て行った。
ドーレスは言い知れぬ不安に駆られながら、拠点を後にした。
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「キレン、キレンを呼べ!」
ソシレア帝国の皇帝、デキン・ラウジールは激怒していた。
歴代の皇帝が悲願としてきたギリアスの奪取は、
いつしか宿願に変わり、ラウジール家を縛る呪いとなっている。
最後の戦いで負った足の傷で戦場には立てなくなった。
自分が果たせなかった宿願を若い力ならばと思い、
皇太子であるキレンを総帥にし、全てを任せた。
それなのに、この5年、攻めてさえいない。
何をやっているのか。
我慢の限界であった。
「やれやれ、父上にも困ったものだ。」
キレン・ラウジールは、自分を呼びに来た小姓に
嘲笑うように話しかける。
「ドウスル、父上の話し相手をして差し上げろ。
そして、父上に、私は忙しいと言っておけ。」
「ええ~、兄さん。僕にはどうすることもできないよ~。」
情けなさそうに、ドウスル・ラウジールは、下を向く。
「僕だって、やることあるのに。」
キレンは聞こえないふりをする。
弟は優柔不断だ。
咄嗟の判断はできない。
しかし、事務仕事は淡々と几帳面にやり遂げる。
そのため、皇都の守備という名目で、
補給部隊の差配や兵器開発などの後方業務が向いているが、
前線に将軍格になれる人物がいない。
いや、人物はいても、軍の中枢は身内で固めておきたかった。
手柄を立てるような有能な人材より、
扱いやすい弟の方が恩賞は与えやすい。
「総帥、皇帝陛下のお召しです。」
反対側から、女性の声が上がる。
「キニシヤ、父上の用件は分かっているだろう。
また、いつもの、いつギリアスを攻めるのかという話だ。
そのため、こうして軍議を開いているというのに。」
キニシヤ・ラウジールは、そういう兄に不満があった。
兄は自分が我が国一の知恵者であると思っているが、
普通よりは少しマシな程度でしかない。
切れない剣に意味があるのかと思っている。
そして、弟、ドウスルは普通より劣る。
父の願いを叶えることができるのは自分だけだ。
(胃がキリキリする・・・)
キニシヤは、父の愚痴を聞いて育った。
だからこそ、父の支えにならなければと思っている。
だが、戦争には将が要る。
全て自分が行えると思うのは馬鹿だ。
そこが、兄と自分の違いだと思う。
子飼いにして取り立ててきたマ・カベは、
何を考えているか分からない男だ。
休日はカフェ巡りをしているらしい。
「剣の一つでも振れ」
と言うと、
「気晴らしも必要です。」
という答えが返ってきた。
戦時の武官の言葉とは思えない。
「だが、おまえは兵ではなく、将だろう。」
という言葉は飲み込んだ。
言ったところで、通じなければギクシャクするだけだ。
戦争好きな男がいるというので目をつけた男がいた。
サンバ・ズルという男だ。
暇さえあれば、踊っているような男らしいが、
戦いの勘は抜群という噂だったので、
声を掛けたかったが、ドウスルの麾下だ。
あのドウスルが惚れ込んで取り立てたらしい。
そんな男を引き抜けるはずがなかった。
気分屋で、気が乗らないとサボるという噂を聞いて、
私の部下には向かないと、何とか留飲を下げた。
自分の配下には、もっとギラギラしたような、
野性味の強い男が相応しい。
キニシヤは痛む胃を押さえて、そう考えていた。
「お呼びですか。父上。」
キレンは、十分に時間を掛けて、父帝の御前に参上した。
「遅い!何をやっていたのだ!」
「軍議ですよ。父上。」
小馬鹿にしたような答え方にデキンは苛立つ。
「ギリアスをいつ攻めるのだ!」
「ですから、軍議をしていたのです。」
「軍議、軍議と言うが、軍議は軍を動かすためのものぞ!
軍を動かさずして、何のための軍議ぞ!」
キレンは鼻で笑う。
「軍を動かすばかりが軍議ではありますまい。
それに、人も物資も有限です。
いたずらに攻めるばかりが戦ではありますまい。
(だから負けるのだ。)」
最後のは口の中でつぶやいた。
聞こえてはいないが、キレンが何を言わんとしているか、
手に取るように分かる。
デキンは怒りで真っ赤になった。
こめかみに浮いた血管がデキンの怒りを表している。
「では、いつ、攻めるつもりなのだ!」
「準備をしております。陛下。
心を安んじられよ。」
「いつだと問うている!」
「今、しばらくですよ。
それとも。
陛下におかれては、親征なさるおつもりか?」
「何だと!?」
「陛下が戦陣に立てば、一兵卒までが奮い立ちましょう。
それならば、すぐにでも、兵を整えましょう。」
「それは、できん。」
(デキン帝のできん、できんか。)
キレンはフッと笑った。
「今しばらくの辛抱ですよ。父上。
必ずや、悲願の地に足を踏み入れる時が訪れます。
では、私はこれで。」
そういうと、軽く頭を下げて、キレンは去っていった。
デキンは腹の虫が治まらない。
「茶だ!茶を持ってこい!」
皇帝の癇癪に、小姓が大慌てで走り出す。
「キレンめ。」