015
通りの先、小さい岩山の上に城が見える。
元々、マイストル公王は、ランスール王国の公爵だった。
まだ、この地を治める国がなかった時代、
魔物の脅威から王国を守るために出征し、
平定していく過程で独立したという歴史を持つ。
今は2番目か、3番目だかの公子が住んでいるはずだ。
公爵時代の城だから、小城ではあるのだが、
国都になってから何度も改修を重ねたので、
目を見張るほどの白く荘厳な城だ。
城まで真っすぐに続いている、この通りは、
それを際立たせるためにあるのだという。
通りには店が所狭しと立ち並び、
多くの人々が通りを行き交っている。
さすがに人口5万人の町は、活気に溢れている。
王国ではそれほど見かけなかった獣人など、
いろいろな種族がいるようだ。
村しか知らないレナの目がまん丸になっている。
人もそうだが、色とりどりな旗や看板で目が回りそうだ。
ランスール王国の王都は、通りが広いせいか、
ここまでごった返した印象を受けないが、
貿易都市ということもあるんだろうか。
はぐれないように、レナと手をつないだ。
「お兄ちゃん、あそこ。」
レナが指差す方に、金貨と箱の看板が見える。
オレは看板より、
建物前に止まっている数多くの馬車に気を取られていた。
何だろうと思ったが、商人ギルドだったのか。
納得。納得。
扉を開けて、中に入る。
ロビーには多くの人がいるようだ。
さすがに、みんな、商人の格好をしている。
オレの服装は場違い感が半端ない。
あちこちで、商人同士で話したり、
カウンターで職員と話している。
「何かご用でしょうか?」
制服姿の女の人に声を掛けられた。
キレイな人だ。
まさにデキる女という感じで、前世から苦手なタイプだ。
いや、前世で嫌な思い出があるわけじゃない。
何だか「あなたが私に声を?」とか、
「どれほど稼げるの?」とか言われそうで、
勝手にビビってるだけだ。
だって、受付嬢になろうって、そもそも意識高い系だし、
高そうなレベルを狙ってそうじゃん。(←勝手な想像)
「あの~?」
「はっ。あっ、すみません。」
もはや、謝るのがクセになっている。
「仕事がないか、聞きに来たんです。」
女の人は首を傾げて、
「取引の話ではなく、仕事を探しに来たのですか?」
「そうです。」
何で重ねて質問されたのだろう。
特に変な返答ではなかったと思うが。
「え~っと、ここは商業ギルドで、
依頼をする所なんですね。
依頼を受けるのは、傭兵ギルドになります。」
「いや、傭兵にはなりたくないんです。」
「でも、仕事を探しに来たんですよね?」
「そうです。」
「じゃあ、傭兵ギルドへ。」
話が噛み合わない・・・
女の人は、オレが「違う」というのに、
傭兵ギルドを何度も勧めてくる。
何度目かで、相手が何で分からないのって顔をしだしたので、
とりあえず傭兵ギルドの場所を聞いた。
「その傭兵ギルドって・・・」
「隣です。」
隣かい!
「そこの通路から行けますよ。」
しかも、つながってんのかい!
「じゃあね。」
手を引いて連れて行こうとしたレナに手を振ってくれる。
「バイバイ。」
レナも笑って小さく手を振る。
この~、デキる女め。
こういう気づかいが自然にできる男になりたい。
多分、笑顔が引きつってるな。
「見ろ。あれ。」
「ああ。」
テーブルに座って酒を飲んでいた男は、
商業ギルドの通路から入ってきた若い男と少女に気づいた。
目の前の相棒に声を掛けたが、気づいていたようだ。
「あの時のやつだな。」
「間違いない。」
男はミルトンの話を思い出していた。
「あんなこと、言って良かったんですかい?」
「何だね?」
「来なさいと言ったことですよ。
知らないやつでしょう?」
「そのことか。」
「あの馬車は、番号が書かれてある箇所が削られていた。
知り合いの馬車だと断定はできなかったが、
余り見ない型の馬車だ。同じ馬車はそんなにないだろう。
あー、あの2人が盗んだというつもりはない。
これでも商売人だからね。悪人かどうかは見れば分かる。
そうじゃなければ、大きな商売なんてできない。
ただ、馬車の商人には金貨20枚を貸していてね。
それほど大した額じゃないが、ただ、気になってね。
何か、知っていることはないかと思ったんだよ。」
「回収できるか、調べましょうか?」
「そこまで君たちの手を煩わせることはできんよ。
それに、あくまで投資なんだ。
彼の提案に興味があっただけなんだよ。」
もう1度、若い男を見る。
まるで農夫のような格好だ。
別れてから、2日程度しか経っていない。
何かあったのだろうか。
「あいつ。何で、鍬を?」
相棒がつぶやいたのを聞き逃さなかった。
「おまえも気づいたか。
だが、オレたちにそこまで詮索する権利はない。」
「そうだな。余計なことだ。」
「まあ、見た顔が生きてるだけで良しとするさ。」
「そうだな。」
(受付はあそこか。)
ジロジロ見られるのに少し緊張する。
(何で傭兵ギルドに。一番、来たくないところだよ。)
でも、みんな、それほど気に留めるようでもない。
どう言うんだろう。
バーゲンセールというより、餅まきくらいの感じだ。
伝わらないか。
そういや、傭兵ギルドに鍬で来ちゃったよ。
でも、槍に変える時間なんか無かったし。
「傭兵ギルドにご用ですか?」
制服まで同じかよ。
よく見たら、カウンターの奥は行き来できそうな扉がある。
もう、壁いらなくない?
「あの、商人ギルドで、
仕事が欲しいなら、こっちだと聞いたんですが。」
「ええ。こちらであってますよ。」
笑顔がまぶしい。
オレと同じか、少し年上そうな女の子は、
部活の部長をやってそうな、明るそうな子だ。
受付は顔で選んでるのか?
こういうまぶしさも、オレには受け止めかねる。
「でも、傭兵なんですよね?」
「あっ!もしかして、ランサット同盟圏に来るのは
初めてですか?」
「はい。」
女の子はウインクして前屈みになり、
顔の横で人差し指を立てた。
「大丈夫です。よく名前で勘違いをされるんですが、
この国がまだ無かった頃、
魔物から民衆を守るために結成した義勇軍が、
公王様に傭兵として雇われたことから始まったんです。
それ以来、傭兵と名乗っていますが、
今では助け合い組織として、
困った人の依頼を引き受けるお仕事なんです。」
興奮した面持ちで話してくれた。
握りしめた小さな拳が、
傭兵ギルドを誇らしく思っていることを示している。
「依頼は、そこの掲示板で受けれます。
ご自分にあった依頼を選んでください。
しかし、全て自己責任です。
達成できなければ、依頼主から賠償を請求される
こともあるので注意してください。」
「傭兵だったら、階級とか、要請とか、
受けられる依頼に制限とかがありますか?」
受付の女の子は、少しムッとした顔をした。
「初めてですから、勘違いをされているようですが、
依頼は自己責任です。強制することはありません。
助け合い組織ですが、それはあなたも含めてです。
誰かが辛い思いをすることがないことを目指した、
そこから始まったギルドなんです。
無理して続けられなくなったら、意味がありません。」
「すみません。」
知らなかったので、少し機嫌を損ねたようだ。
依頼を受けるか、受けないかは完全に自由なんだな。
考えてみれば、義勇軍は自発的に集まった人たちだ。
その傭兵に義務がどうこうはおかしいよな。
「いえ。こちらもすみませんでした。
知らない人は分かりませんからね。
説明を続けると、ギルドが基準を示してしまうと、
各自の実力とかけ離れることがあります。
そのため、依頼内容を調査しておりません。
あそこの掲示板にある依頼書を持って、
依頼主と交渉するところから始まります。
ですので、折り合わなければ、断って構いません。
しかし、受けても、受けなくても、
依頼書は必ず受付に提出してください。
達成したら、依頼主のサインをもらってください。」
「そうですか。」
向こうの笑顔は戻ったが、こっちの顔は引きつっている。
ギルドは場所を提供するだけらしい。
自己責任が、まさか、そんなところからだったとは。
「あと、門のところで身分証を受け取ったはずです。」
ああ。あれだ。
オレはごそごそと袋から2人のプレートを取り出した。
「それです。
ギルドに登録するのでしたら、それは不要です。
お預かりして、代わりにこちらをお渡しします。」
「あっ!」
「えっ?」
オレが大きな声を出したので、びっくりしたようだ。
「すみません。
えっと、お金は・・・」
「あっ、すみません!説明してなかったですね。
ごめんなさい。」
受付の人は丁寧に頭を下げてくれた。
「毎年、銀貨10枚の賦課金を徴収させてもらってます。
金額や年齢などは、公国の規則と同様です。
ですので、仮の登録証をお預かりして、
公国の返金をそのまま、賦課金として受け取ります。」
「じゃあ、門のところに返却が要らない?」
「そうです。以前はこういう代行のようなことを
していませんでしたが、
構成員の利便性のために代行しています。」
「互助組織だから。」
「ふふっ。その通りです。」
受付嬢が明るく笑う。
まぶしい。まぶしすぎる。
恋が芽生えるか・・・ と思ったが、無いな。
特にときめかなかったようだ。
前世のオレなら、かなりドキドキしていた威力に思うけど、
心が動く様子がない。
「あっ。」
「何か?」
掲示板を見て帰ろうとしたオレに受付嬢が声を掛けた。
「その子はどうされるんですか?」
「見ての通り、まだ、小さいので登録はしませんよ。」
「そうではありません。
当ギルドでは託児所もあるんですよ。」
「えっ、託児所!?」
「そうです。この国でも大きな町のギルドだけですけど。
ただ、託児所といっても、お預かりするだけで、
あそこの部屋で、たまに様子を見てるだけですけどね。
1日銅貨3枚で、食事は別です。
持参するか、ここの食事を注文するかになります。」
ここでも自己責任か。
カウンターの奥の扉がついていない部屋を見た。
何人かの子供がいるようだ。
「もし、お預けになるようでしたら、
時間を潰せるものを用意してください。
勉強道具がお薦めです。
遊び道具だと、子供同士、いろいろあるようなので。
勉強道具だと、盗ろうなんて子はいませんから。
それと、相手の子供に怪我をさせた場合は、
親同士で話し合っていただきます。」
「分かりました。」
当事者で話し合いか~。
レナは賢い子だし、問題を起こすような子じゃないが、
相手がいることだしな。
子供のケンカだからと考えてくれるようならいいけど、
モンペだとこじれるな。
しかも、学校じゃなく、同じ職場内。そして、傭兵。
プロレスラーが怒鳴り込んできたら、泣いちゃうな。
ギルドを出る前に掲示板を見てみたが、
誰でもできそうな依頼が多かった。
雑草抜きとか、用水路の清掃とか。
多分、安いんだろうな。
討伐依頼もあったが、背負子に鍬と鎌、女の子もいて、
さすがに持っていくのは無理がある。
でも、これで次の日、槍と短剣を持ってきても変だ。
なんだか、泣きそう。
とりあえず、用水路清掃の依頼を持って外に出た。
その様子を見ていた者がいる。
先ほどの二人だ。
「おい。あいつ。」
「ああ、あの列は採取か、清掃依頼だな。」
「商人じゃないのか?」
「商人だと、端から傭兵ギルドに来るのは変だ。」
「それはそうだな。鍬だしな。」
「気になるな。」
「そうだな。変なやつだ。」
ブロンは酒を一口飲んだ。