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013

僕は王都に来ていた。

あのままではダメになると思ったからだ。

アードのおかげで気づくことができた。

当たり前だったと思っていた、あの日々は何だったんだろう。


2歳上のアードは、朝から晩まで働かされていた。

村長である父は、全ての仕事をアードに押しつけていた。

僕も物心ついた時には、それが当たり前だったから、

その状態に違和感を覚えることがなかった。

うちが引き取ったおかげで生きているんだから、

働くのは当然だと思っていた。

今思えば、甘かったんだろう。


あの日、アードを追い出してから、全てが変わった。

両親は生活を改めることができなかった。

自分たちも気づかないうちに、

アードがいない暮らしができなくなっていたのだ。

それを小さな家とわずかな畑のために手放してしまった。

アードは、当人が一番分かっていただろうが、

奴隷のような扱いを受けていた。

両親はほぼ働かず、アードの働きで食っていた。

わずかな食糧だけで、

アードは3人分の働きをしていたことになる。

貧しい村で売れるはずのない家と、

自分たちが働かないといけない畑が増えただけだ。


僕はすぐに気づいた。

両親が長い間に働けなくなったことと、

自分がどれだけ働かないといけないかを。

奴隷がいてこそ、農地の広さが生きてくる。

しかし、奴隷が買えるほどの広さでもない。

だから、遠からず限界が来る前に、

両親が以前から勧めていた、王都に学びに出た。

両親は僕に学をつけたがった。

金を持てば、次は名誉ということだ。

それには感謝しなければならない。

平民でも学べる学び舎で、

最高の師に出会うことができたのだから。


「ナイブ君。君はスキルというものについて

 考えたことがあるかな?」


そう。アストレイ先生はスキルの第一人者だ。

何かの事件で、貴族が通う王立学院の職を追われ、

平民のための王立学問所に赴任してきた。

僕は2年で課程を全て終了し、

成績が認められて、特待生として、

アストレイ先生の研究室に入ることができた。


「スキルですか?」


「そう。不思議だとは思わないか?

 スキルは親から子に必ずしも受け継がれるわけではない。

 親とは違うスキルを持つ子供が生まれるし、

 何もスキルを持っていない親から、

 スキルを持つ子供が生まれたりする。」


「神様の恩恵ですから。」


「昔から、そう思われてきた。」


「そう思われてきた?」


「誰もがそう信じ込んでいる。」


「違うのですか?」


「当たり前を当たり前と思わないことが学問だ。

 いや、当たり前をどう当たり前なのかを学ぶことこそ、

 学問が学問たる所以なのだろう。

 もちろん、神の御業は存在するだろう。

 だが、全てを神の御業とすれば、人はそこまでだ。

 これ以上の進歩をしなくなってしまう。

 例えばだ。

 火はなぜ燃える?

 それを解き明かしたからこそ、人は火を扱うことができた。

 なぜ、火が燃えるのかは、神の御業のままだが、

 火を点ける方法―スキルを人が手に入れたということだ。」


「確かに。スキルとは技能ということです。

 転じて、特殊な能力にもスキルという言葉を

 当てるようになっています。」


「そうだ。初めてそれを見た者には、

 火をつけた者が魔法を使ったように見えただろう。

 しかし、今では、誰もが普通に使うことができる。」


「受け継いだということですね。」


「その通りだ。

 技能は受け継ぐことができる。そして、伝えることもな。」


「しかし、それとこれとは・・・」


「それが顕著な例がある。」


「顕著な例?」


「ドワーフだ。」


「ドワーフ?鍛冶のですか?」


「そうだ。そのドワーフだ。

 ドワーフは、誰もが鍛冶の技を持っている。」


「それは、職業的な技術じゃないんですか?」


「いや、商人がずっと商売をしていたら、

 相場を覚えるとか、交渉が上手くなるといった話ではない。

 それはそれでスキルと言えなくもない。

 だが、君も聞いたことがないかね?

 一定以上の鉱石は、ドワーフにしか扱えない。」


「オリハルコンとか、アダマンタイトのことですか?」


アストレイはうなづいた。


「それらの金属になると、ドワーフにしか無理らしい。

 そして、ドワーフであれば、誰もが扱えるようだ。」


「ドワーフが技ではなく、スキルだったとしたら、

 種族全体が使えるのはおかしいんじゃないですか?」


アストレイは笑顔になった。


「いいね。そこに気づくのはなかなかだ。

 例えばだ。

 人が扱うことができない金属に、ミスリルがある。

 あ、いや、一部が扱えるのは知っている。」


ナイブが口を開こうとしたのをアストレイが止めた。


「はるか昔、人はミスリルを扱えなかった。

 しかし、ドワーフに教えられて、

 ミスリルを扱えるようになったという書物があった。」


「そうなんですか?」


アストレイはうなづいた。


「実際、ミスリルを扱う鍛冶師は、

 当人にも確認したが、間違いなくスキルを使っている。

 そして、そのスキルは、親子でもない、

 親方から弟子へ、代々、受け継がれてきた。」


「そう言われると不思議ですね。

 確かに、それがスキルであるなら、

 一般的に思われているような、ある日突然ではなく、

 鍛冶の修行によって取得したことになります。」


「ここが大事なところなんだが、誰もが、いや、

 鍛冶の修行をした者がというところだ。

 そして、なぜ、ドワーフといえば、鍛冶なのか。

 神から特別な恩寵を受けているから?

 そんなことはないはずだ。

 人もスキルを受け継ぐことができている。

 スキルはギフトだとするなら、そのスキルは人から人へ、

 なぜ、親方から弟子へ受け継がれるのか。」


「先生の言ったことには、重大な謎があります。

 先ず、スキルは受け継ぐと言いましたが、

 必ずしも受け継げるわけではありません。

 ミスリルを扱える者とそうでない者がいるのですから。

 また、ドワーフにしても、種族全体ではないはずです。

 オリハルコンが希少で、ドワーフにしか事例がないため、

 扱えるならドワーフだろうと言われているだけです。」


「やはり、君は賢いな。」


「君の言う通り、オリハルコンは希少金属だ。

 単純に、オリハルコンを扱う機会がなかったために、

 スキルを覚えることができなかっただけで、

 機会があれば可能だったかもしれない。」


「ちょっと待ってください。

 先生の口ぶりだと、種族に関係なく、

 誰でも、どんなスキルでも発現することができるように

 聞こえます。」


アストレイは、我が意を得たりという顔をした。


「そうだ。そうであるはずなんだ。

 スキルが発現するには、何らかのキッカケがある。

 それが、生まれなのか、育ちであるのか、

 ハッキリとは分からないが、人は何かをキッカケに、

 スキルを発現する。」


アストレイの目が爛々と光ってきた。


「ここで、ドワーフ固有のスキルである可能性に戻る。

 矛盾すると感じるかもしれないが、

 人にはそこまでのスキルを覚えることができない。

 やはりドワーフだからという可能性だ。」


これから重大なことを話すというように、

アストレイは、話を切った。息を整える仕草を見せる。

ナイブは、師の言葉の続きを待った。


「私は血の中に全てのスキルの可能性が眠っていて、

 何かを契機として、突如、発現すると思っている。

 そして、発現がドワーフに多く、人に少ないのは、

 血統的に向き不向きがある。

 つまり、種族の個性というものではないのかとね。」


「人は人。ドワーフはドワーフとして生まれてきます。

 人がドワーフとして生まれてきたり、

 ドワーフが人に生まれてこない。

 それが個性と言うものであれば・・・」


ナイブがあごに手を当てて考え込む。

アストレイはその様子に微笑んで口を開く。


「しかし、それは越えることができる。」


「越えることができる?」


「交配だ。はるか昔から異種族と恋に落ちる話は多くある。

 元々は、種族固有の能力だったとしても、

 人は、長い間に、他の種族の固有スキルを

 血の中に取り込んでいる可能性がある。」


「半人族ですね。」


「そうだ。だが、一世代なら半人族だが、

 代を重ねれば、血が薄まり、人と変わりがなくなる。

 スキルの可能性も薄まっているかもしれないが。」


「血の中の可能性とは、そういうことなんですね。

 つまり、ミスリルを扱える職人は、

 先祖にドワーフがいた可能性がある。」


アストレイはうなづいた。


「血を取り込むことによって、可能性を増やすことができる。

 軍用馬の作り方でも分かる。

 持久力のある馬を掛け合わせたり、

 力が強い馬や、足が速い馬を何世代も掛け合わすことで、

 望む馬を作り出そうとする。

 ここからヒントを得て、この説を唱えていた男がいた。

 君は知るまいが、彼は国教がメタニフ教になる前の、

 アークス教の司祭だった。」


「アークス教の。」


「メタニフ教とてそれなりに歴史があるが、

 教団としては極めて新興だった。

 それに対して、アークス教は、そもそも、大昔、

 それこそ神話の時代から大陸中で信仰されている、

 比べ物にならないくらい、長い歴史を持つ宗教だ。

 一部の地域では、土着と融合してさえいる。

 それゆえに、メタニフ教も国教になったとはいえ、

 アークス教の教えを否定することはできなかった。

 それほどに民に影響力のある教えであった教えが、

 メタニフ教に取って代わられるのには、

 それなりの理由があったということだ。」


アストレイは一度、目を閉じた。


「彼は友人で、研究仲間であったが、実績を作りたがった。

 同じ学究の徒として、その気持ちは分かるが、

 余りにも性急過ぎた。」


「何があったんですか?」


アストレイはためらうような素振りを見せたが、話を続けた。


「アノーサの悲劇を聞いたことは?」


「書物で読んだことがあります。

 およそ50年前に、魔物が大量発生した事件ですね。」


「そうだ。ランスールの北西、トウエド山脈にほど近い、

 アノーサにダンジョンが発生し、魔物を吐き出し始めた。

 ダンジョンには、徐々に魔物を生み出すものと、

 一気に魔物を吐き出すものがあるが、アノーサは後者だった。

 王都で遊び惚けていた近隣の貴族領では話にならなかった。

 瞬く間に壊滅的な被害を受け、30年もの間、

 北西一帯は放棄せざるを得なかったほどだ。

 北の部族が活発になったのも、元はそれが原因だ。

 魔物はあり得ないほど強かった。

 兵士は次々と倒され、王都に迫る勢いだった。

 その状態を憂いたのが彼だった。

 そして、彼は自らの説を前代の国王に説き、

 魔物の血を兵士に投与したんだよ。」


「それは、血を取り込むことで、

 魔物のスキルを得ようとしたってことですか?」


アストレイは眉間に皺を寄せた。


「スキルというより、力強さや強靭さなどの身体能力を

 得ることを目的としていた。

 危ぶむ声も多かったが、実際に半ば成功した。」


「半ば?」


「魔物の巣窟になっていた北西を取り戻すことに成功した。

 しかし、それまでに多くの兵が死んだのだ。

 投与された時点で死んだ者もいたし、

 体が耐え切れず、異形の姿になった者もいた。

 投与に成功した者も、半年後には死ぬか、自我を失くした。

 実に500名もの兵士が犠牲になった。」


アストレイの顔が険しくなっている。


「彼は火急での急激な摂取であったからと主張したが、

 兵士の犠牲が多過ぎたのだ。

 それに、宮廷は複雑なところでもある。

 一介の研究者が生きられるような場所じゃない。

 結局、彼は王国からも、教団からも追放となった。

 しかし、彼を切ったはずの教団も王国から責任を問われ、

 内部崩壊しつつ、メタニフ教に取って代わられた。」


アストレイは、何かを吐き出すように早口だった。


「その人のその後は?」


「知らん。生きているのか、死んでいるのかさえな。

 後に風の噂で聞いたことで、真偽は定かではないが、

 彼はアノーサ伯爵家に縁があったらしい。

 いや、この話はもう止そう。

 今さら言っても仕方のないことだ。」


アストレイが長く息を吐いた。

急に歳を取った老人のように見える。


「それ以来、この説は禁忌とされ、固く禁止された。

 だから、私は別の手法を試みている。」


「別の手法ですか?」


「これだよ。」


アストレイは台の上に、小石ほどの黒い石を置いた。


「これは魔石ですね。」


「魔石だ。君にいろいろと話したのは、

 私の研究を手伝ってほしいからなのだよ。」

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