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012

「マイストル公国」


道端に国境を示す道標が立っている。

王国との本街道、入口だからなのか、

石造りのそれは、石碑のように割と大きなものだ。

それに対するようにして、王国の石碑も立っている。


「アララベリャまで300km」

「アンブローナまで100km」


首都と主要な町までの距離も掘っている。

まだまだ先だ。

国境を過ぎても、石碑だけで民家の影も形もない。

日本なら、家の中に県境があるところだってあるってのに、

ここは見渡す限りの草原だ。


(どうしよう。)


運悪く、盗賊の襲撃に遭ったが、

明るいうちに自由国境地帯を抜けられた。

ひとまず安心だ。

しかし、何だかんだ、もう昼だ。

休憩を入れて、昼を過ぎれば、あっという間に夜だ。

明るいうちは進むつもりだけど、

正直、土地勘がないので、村を探そうにも、

進むべきかどうかのギリの判断ができない。

道標があっても、おおよそでしかないから誤差がある。

数10kmも違うなんてザラだ。

とにかく、見える範囲に民家どころか、木さえない。

馬車をどう隠そうか。

ところどころ、遠目に大きな岩が見えるけど、

また地面が凸凹し始めたので、道から外れるのは怖い。

車輪がハマると、抜け出せなくなりそうだ。

反転できるかも分からない。

もう少し行けば、草原らしい場所があるんだろうか?

でも、そういうところは、隠れるところが少ないだろう。


(仕方ない。)


考えがまとまらないけど、馬にそろそろ休憩が必要だ。

小川を見つけたので、道の脇に馬車を止めた。

馬車から降りて、荷台を振り返った。


「レナ、休憩だ。」


「お兄ちゃん、おしっこ。」


「はい、はい。」


このやり取りも、もう慣れたものだ。

気のせいかもしれないが、

本当の兄妹みたいに壁がなくなってきた気がする。

抱き上げて降ろしてやる。

オレも済ませた後、肉の樽に手を伸ばす。

樽のふたに嵌めた銀貨の板がよく冷やしてくれている。

槍の穂先をプレート状にし、岩の上に置いて、


「熱くなれ。」


と、肉を薄切りにして並べた。

肉を焼き始めると、レナが微妙な顔をする。

当然か。

朝昼晩、肉ばっかり食ってりゃ、そうなるさ。

塩を振って焼くだけだもん。

他の食材は残ってた野菜だけだから、そもそも量が少ない。

お腹をいっぱいにするには、肉しかない。

焼くだけじゃなく、スープにもしてるけど、

何日かかるか分からないから、野菜を切り詰めてるし、

肉を入れなければ、薄い塩味のお湯だからな。

レナが文句ひとつ言わないのが、余計に心にくる。

食べるしかないんだけど、

この歳の子が、肉ばっかり食ったら、

胃がもたれるんじゃないだろうか。

消化が良いとも思えない。

それで、普通は朝晩の2食なんだけど、

ちょっとずつ、朝昼晩の3食で食べさせることにした。

レナが小さいこともあって、

量を食べれないから、数で食べさせようとしたのもある。


「ほら、レナ。」


「ありがと。」


銀貨でフォークと皿を作り、肉を3切れ載せた。

何の意味があるのか分からないが、

テレビ番組で見たように、肘を曲げて塩を振る。

高いところから振るだけなら、

白鳥みたいな形に肘を曲げる必要はないんじゃないかな?

理由があるのかな?

どこに嫁に出しても恥ずかしくない焼き加減だが、

レナの目を見ないようにして渡す。

オレも急いで、残りを頬張った。


馬は水を飲んだ後、道端の草を食べている。

風もそよいで、良い天気だ。

乾いた草の香りが風に乗っている。

盗賊がいなかったら、最高の一日になったことだろう。


(100kmか。)


町の周辺には村がある。

おそらく、町の50km範囲に点在しているだろう。

あと1~2日。

視界を遮るものが少ない草原なので、

火を使えば遠くからでも分かってしまうが、

そこはスキルで大丈夫になったものの、

こんな草原のど真ん中じゃなく、人里の方が安心できる。

オレ一人なら、そこらに埋もれて眠ることができる。

見つかる確率もかなり低いだろう。


(馬車を捨てるか。)


それができないことは分かっている。

しかし、頭の中に出ては消え、出ては消えを繰り返す。


「んっ?」


後ろで急に馬のいななきが聞こえた気がした。

いや、間違いじゃない。

後ろを見ると、それほど離れていない距離に、

消しゴムくらいの馬車が見える。

草原だからと油断した。

起伏があるので、実際には遠くまで見えていない。

一行はゆるやかな坂を下ってくる。


「レナ、早く馬車に。」


いない。

小川をのぞきこんでいた。

急いで呼び戻す。


(馬車を出すべきか。)


来るのは、馬車と馬が2頭だ。

まあまあのスピードを出している。

馬車だから大丈夫だと思うが、そんな保証はない。

現に、この馬車も盗賊のものだったし。

馬車を動かしていた方が、

いざ逃げるとなった時に加速しやすいが、

今からだと動き出した時には追いつかれているだろう。

こっちが警戒したのがバレると気を悪くするだろうから、

下手な刺激をすべきではない気がする。

それに、本当に急いでいるだけだったら、

追い越せるほどの道幅もないので、

道をふさぐとイライラさせそうだ。

あおり運転が社会問題になってるくらいだし。


レナが戻るまでのわずかな間に、もう眼前に迫っていた。

こっちの様子も見えているだろう。

レナを背中に隠しながら、ゆっくり後ずさる。


「どぉー、どぉー。」


馬車がオレたちの前で停止した。


「うん? 知り合いの馬車かと思ったが違ったようだ。

 こんなに小さな馬車をあまり見かけないのでね。」


(もしかして、この馬車の持ち主と知り合いだったのか?)


話しかけてきた男は、服装から察するに商人のようだ。

傍の馬にはいかにも傭兵といった男たちが乗っていた。

多分、この商人の護衛だろう。

商人はその言葉通り、

この馬車の2倍はありそうな馬車に乗っている。


「これまでの道で盗賊らしい者が何人も死んでいたので、

 襲われた者がいたのではと急いだんだよ。」


どう答えたものかと考えていると、

商人らしき男が質問してきた。


「あれは君か? どこに行くんだね?」


どう答えたらいいのか迷う。

見ての通り、オレは一人だ。

盗賊に襲われて、何人も返り討ちにしたなんて、

知られない方がいいかもしれない。

しかし、状況的にオレ以外にいない。

やっぱり、どう答えるのが正解だ?


「こいつ、返事くらいしたらどうだ!」


「待ちなさい。」


一言も発しないオレに業を煮やしたのか、

護衛の一人がオレに詰め寄りそうな姿勢を見せたが、

ミルトンと呼ばれた商人が止める。


「こちらが一方的に話しかけたんだ。迷惑だったろう。

 見なさい。小さな女の子もいる。警戒するのも当然だ。

 どうか、気を悪くしないでくれ。」


護衛はレナをチラッと見た。

さすがにそれもそうだと思ったのか、


「すまなかったな。」


と謝罪してくれた。

そうまでされると、こっちも悪い気がしてくる。


「すみません。ここまで何度も盗賊に襲われて。

 あなた方が悪い人とは思えませんが、

 今は人と話すのが怖くて。」


「ああ、そうだったのかい。」


商人はチラッと馬車を見た。

幌がボロボロになっていることに気がついたのだろう。

商人は気の毒そうな顔をした。


「そんなことがあったなら、

 警戒するのもうなづけるというものだ。

 こちらには護衛もいるし、一緒にと思ったが、

 そういうことなら、先に行くことにしよう。」


「すみません。」


「いや、構わんよ。

 ここで会ったのも何かの縁だ。

 我々はアンブローナに戻る途中なんだ。

 もし君がアンブローナに来ることがあるなら、

 ミルトンを訪ねて来てくれ。」


「ありがとうございます。」


「ハイッ!」


ミルトンと名乗った商人は笑顔を残し、

本当に急いでいたのか、少し早い速度で去っていった。

何だか、気持ちのいい人だった。


「レナ、もういいよ。」


おっかなびっくりのレナに、精一杯、笑いかけた。

すぐに出発する。

ただし、距離が空くように、馬が歩くのに任せた。

今思えば、一緒に行かせてもらえば良かった。

大事なことだが、

どこか、人を信用しきれていないのかもしれない。


「レナ、馬車から降りて休憩するのは危険だったね。」


「・・・」


レナに言っても分からないだろうけど、

オレの考えを整理するために、

誰かに話した方がまとめやすい。


「馬車に乗ってれば、すぐに出発できるけど、

 降りてたら、乗って、馬を走らせないといけない。

 さっきみたいに、追いつかれると、

 今のは良い人だったけど、悪い人だったら、

 また戦わないといけないところだった。」


レナがうんうんとうなづいている。

レナにも分かったようだ。


「馬車から降りて休憩することも大事だけど、

 なるべく馬車の近くにいて、

 何かがあったら、すぐに出発できるようにしよう。」


「はい。」


レナが真剣な顔で返事をする。

そういや、レナにそれほど話してこなかった。

オレが必死ってこともあったけど、

もう、ちゃんと、いろいろ分かる歳なんだ。

分からないなんて、バカにしてたな。


「レナ、オレたちはこの道を進んだところにある、

 マイストル公国のアンブローナという町に行く。

 かなり大きい町だから、オレたちが行っても目立たない。

 そこにずっといるかは分からないけど、

 2人で暮らせるだけのお金を稼ごうと思う。」


「はい。」


レナがうなづいた。

目的がないと、目の前が見えてないんだから、

不安しか残らないな。

2人でがんばらないといけないんだし、

もっと相棒として考えを改めないといけないな。


その日はほどほどに進んで、野宿した。

夜はかなり冷える。

幌が役に立っていないので、星空がキレイだ。

馬車の荷台で抱き合って寝る。


オオーン―・・・


遠くで狼のような遠吠えが聞こえる。

銀貨の結界で馬は大丈夫だ。

思いついて熱を発するようにしたので、

そこまで寒くはないんじゃないかな。

オレたちの方も結界を幌の内側にして熱を出させる。

おかげで馬車の荷台は、暖房付きの部屋だ。

レナに抱き着かれると熱いので、温度の調整が難しい。

意外に快適だった夜が明けると、

手早く、たっぷり肉のスープを摂った後、出発した。


「丘の向こうに村があるなんて知らねーよ!」


オレの眼前にはそこそこの村が広がっていた。

あと1時間の距離だったか。

思いつかなかったけど、丘の上で見渡すべきだった。

もしかしたら、あの商人たちはそれで急いでたのかも。

それぐらいのスピードだった気もする。

知らないものはしょうがないじゃないか。

レナが察したのか、頭をなでてくれる。

良い子だ。

よく見れば顔も整っているし、気遣いもできる。

本当に、嫁に行く時は泣くかもしれないな。

まあいい。目指すはアンブローナだ。

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