001
「どうして、こうなった・・・」
深い森の中。
木の上で、オレは頭を抱えていた。
ウォォォーーーーンーーー
慌てて、口を押える。
ヤバい。
狼のものらしい遠吠えが聞こえた。
この暗闇では、いや、暗闇でなくても、
この木々が生い茂っている森では見通せない。
多分、あの声はシルバーウルフだろう。
今夜は月がない。
暗闇の中で息を殺している。
それがオレを余計に不安にさせる。
気づいたら、ふっと目の前に現れているかもと、
嫌な考えが頭を過る度に頭を振る。
追われているということが、
オレを焦らせているんだろう。
スー、スー
女の子はオレの腕の中で静かに寝息を立てている。
温かい。
抱いているところが熱を持っている。
熱いくらいだが、夜は少し冷える。
マントから出ないように抱え直した。
(それにしても。)
10歳らしいけど、正直、7~8歳に見える。
歳に比べて体が小さい。
貧乏な家だった。
栄養状態は良くなかっただろう。
スー、スー
ぐっすり眠っている。
月もない暗い中を、よく歩いてくれた。
本当はもっと村から離れたかったが、
さすがに女の子に疲れが見えたので、休憩を取った。
木の上で抱きかかえると、
何も言わず、すぐに眠ってしまった。
よっぽど疲れていたんだろう。
オレは、転生者だ。
ここではない、北部の村で育った。
10歳の時に、村長に棒で殴られて記憶が戻った。
オレは村長に育てられた。
両親は、まだ小さい時に流行病で亡くなったらしい。
おぼろ気どころか、何も覚えていない。
オレの転生人生は、ハードモードで始まったらしい。
記憶を取り戻してからは地獄だった。
ハラスメントと言っておけば、
とりあえず優遇される環境から、
朝から晩までの畑仕事になったんだ。
しかも、食事が不味く、量もわずかしか食べれない。
腹が空いて寝られないのに、
日が昇るかどうかぐらいから働かないといけない。
ブラックが生やさしいほどの地獄だった。
そう思っても、10歳のオレにはどうしようもなかった。
抜け出せる力がなかったからだ
それに転機が訪れたのが、12歳の時だ。
さすがに体が大きくなってくると、
パン1個で寝られるはずがない。
オレは村長たちが寝静まった後で、森に狩りに出かけた。
「確か、くくり罠は、」
オレには、ある程度、サバイバルの知識があった。
アウトドアが好きだったというのもあるが、
島から脱出する某番組の影響もある。
それに、日本は地震大国。
ライフラインが1週間途切れることもあるかもしれない。
いざという時のために(あったら、たまったもんじゃないが)、
いろいろネットで調べたのが役に立った。
中にはあやふやな記憶もあるが、
狩りから解体、皮を加工する知識も多少はある。
というのも、職場の先輩が、地域の狩猟会に入っていて、
狩ってきた鳥を捌いてたんだ。
仕事場で何してんねんと思うが、
飲み会の度に、首を切られた鳥が、
物干し竿に吊られている光景に、最早、慣れた。
だって、飲み会のつまみで一番に出てくるんだもの。
皮は近所に職人が引っ越してきた。
地区の集まりで興味があると言うと、
いつもは薬品でなめしをしていたが、
わざわざ、昔ながらのやり方も教えてくれた。
田舎で良かった。
ジビエ料理も当たり前だから、
仕事場の冷蔵庫に、イノシシの頭が入ってたもんな。
初めての狩りが成功してから、
月に何度か、狩りに出掛けた。
干したり、燻製にしたりて、日持ちを良くした。
そんな生活が2年も続いたある日だ。
この頃には、折れた槍の先を棒に挟んで
狩りをするようになっていた。
魔物の盗伐で来た兵士が捨てていったものだ。
― 金属取り扱いスキルを取得しました ―
「は?なに?」
頭の中でアナウンスが聞こえた。
初めてだったので驚いたが、
「スキルあるんじゃん!」
オレは喜んだ。
いくら叫んでもステータスが表示されなかったし、
村でも、誰かがスキルを持っているという話は聞かなかった。
正直、この世界にスキルがないのかもとあきらめていた。
それがこのアナウンス。
だが、金属取り扱いって!
鍛冶師スキルかよっ!
何だよっ!
この状況をひっくり返すような強スキルじゃねーのかよっ!
その時にはそう思った。
しかし、これがなかなかのチートスキルだった。
「あーあー、これがナイフにでも加工できればな。」
ニョニョニョ
「うおおー!」
興奮した。
オレの手の中で、折れた槍がナイフになったのだ。
当然、鉄が少ないので、ナイフの刃は薄い。
しかし、紛れもなくナイフだ。
それも、オレが思い浮かべた通りの。
「これって、鍛冶どころか、鉄を叩く必要もないじゃん!」
すげえ!
頭の中で形を思い浮かべるだけで、
鉄が手の中で形を変える。
今は、三つ又の銛のようになっている。
魚を突けそうだ。
それからは狩りが非常に楽になった。
瞬時に思い通りの形に変わることよりも、
木にくくりつけなくても、
ガッチリ固定できるのが時間の短縮になる。
村では貴重な鉄だけど、
それでも錆びたり、欠けたりして、廃棄することがある。
それを集めると、ナイフを作れるくらいの量になった。
さすがに包丁くらいの大きさだが、
以前と違って、ナイフと呼べるほどの厚みがある。
槍の穂先にして狩りをし、ナイフに戻して解体する。
鍋にして樹皮を煮たりした。
驚きなのは、取り扱う度に新品のようになることだ。
血糊や錆などが付いているようにはない。
もちろん、村のみんなには内緒だ。
表向きには、日中、畑仕事をし、
みんなが寝静まった夜に一人で狩りをした。
これも独立のためだ。
というのも、村長にハッキリ宣言されている。
両親が残してくれた家も畑もあったが、
オレを大人になるまで育てる代わりに、
村長に譲ると両親が約束したらしい。
なので、15歳の成人までに独立できる力が要る。
そもそも、村長の家の納屋に住んでいて、
まるで農奴のような暮らしだったんだから、
あの家がオレの両親、つまり、オレのものという感覚がない。
それよりも、この生活から1秒でも早く離れたい。
それに、約束がどうあれ、この歳まで生きられたのは確かだ。
死んでいたかもしれないのに、村長を恨むのは間違いだろう。
こう思えるのも、スキルのおかげだ。
スキルがあったからこそ、耐えれたし、気持ちが楽になった。
そうじゃなかったら、今でも、オレは、
あの村で村長の農奴のようなことをしていただろう。
数年後、オレは15歳を待たずに村を出た。
革の防具を作り、手製の槍を手に、王都に向かった。
この王国は、北方の騎馬民族と小競り合いを続けていて、
常に兵士を募集していた。
オレはセンスがあったらしい。
ある戦いで敵の隊長を討ち取り、戦果を挙げた。
しかし、褒美どころか、僻地の村に飛ばされた。
オレの隊の隊長は貴族だった。
平民のオレの活躍はお気に召さなかったのだ。
前世からオレは世渡りが下手だった。
お上手なことも言えないし、
大層な義侠心はないが、ちょっぴりの正義感があった。
それが、この逃避行につながっている。
望んでも平穏とは程遠い。
人生はままならぬものだ。
何だったか、鴨川に、さいの目と僧兵だったっけ。
天皇か誰かが嘆いたんだ。
「んぅ・・・」
また、女の子が軽く身じろぎをした。
涙を流している。
そっと、涙をふいてやった。
夜明けまでは少しある。
今のうちにオレも寝ないと、オレの方が続かない。
どこまで逃げればいいのだろうか。
今は、北西にあるランサット小国家群に向かっている。
元々、自由貿易都市だったので、
いろんな人種が集まっているために、目立ちにくいだろう。
しかし、遠い。
この子のために、何か移動手段を手に入れるべきか。
ウォォォーーーーンーーー
また、狼が啼いた。
寝ようと目を閉じると、
いつも村長の後ろにいる男の顔が浮かんだ。