第6話 自称恋多き女
バイト先のスタッフルーム。
今は休憩時間だ。だが、まったく休まる気がしない。俺のあたまの中には急遽決まった紗妃とのデートのことでいっぱいだったからだ。
「どうしよう……」
これまでちゃんとしたデートをしたことがなかった俺は今世紀一番悩んでいる。
女の子と一緒にご飯に行ったことはあるが、それはデートかといわれると微妙なラインだ。どちらかというと友達とのご飯という意味合いが強かった気がする。
だが、今回は違う。紗妃が恋愛を知るためにするのだから恋愛としてのデートが求められる。
「うーん……」
いくら考えてもなかなか答えが出ない。恋愛を理解するためのデート……俺が紗妃の力になるためには何ができるのだろうか。
「はぁ……」
完全にお手上げ状態だ。
「恋愛って何だろう……」
「こじらしているね少年、お姉さんに相談してごらんよ」
無意識に出てしまったつぶやきに反応したのは、いつの間にかスタッフルームに入ってきていたバイトの先輩である琴美さんだ。
「少年って……なんでもないです……」
琴美さんは俺より年上の女性でこのバイトを始めたころにいろいろと教えてくれた人だ。髪を染めているが、染めてから時間がたっているのか頭の上部分は黒髪になっている。耳にはっピアスがいくつも開いている。身長が高くスレンダーな体型だ。ちゃんと食べているのかほかのバイト仲間からされさくらいには細い。
「そんな風には見えないけどね。恋愛ってなんだろう? なんて言ってたくらいだしね」
「わ、忘れてください」
「それは無理な相談だよ。まさかそんなセリフが現実世界で聞けるなんてね」
そういっておもちゃを見つけたように目を輝かせながらこちらに近づいて来る。
「よりによって一番聞かれたくない人に!」
「本人を前にして失礼だな」
そんなことを言っているがまったく気にしている様子はなくずっとにやにやしている。
「いいから話してごらんよ。この恋多き先輩がズバッと解決してあげよう」
「……わかりました」
言わないといつまでも絡んできそうだし、実際困っていたから少しでも他人の意見がほしいのも事実だ。俺な若干のあきらめのもと、ところどころ誤魔化しながら話していく。
「……なるほど」
一通り話し終えたがちゃんと伝わっているのか不安だ。
「つまり君はデートをしたことがない童貞がどうしたら相手に恋愛感情を持ってもらえるか悩んでいると」
「童貞関係あります?」
「そしてデートをする約束までは出来たがどうしていいかわからず困っていると」
「無視ですか」
俺の言葉なんて聞こえていないかのように話す。
「合っているかな?」
「まぁ……そんなところです」
恋愛の家庭教師だとか、相手は幼馴染で本当のデートではないとか紗妃が悩んでいる内容などは言っていない。
だが、デートを通して紗妃に恋愛感情を持ってもらいたい、言い換えれば理解してもらいたいとなる。
大本の部分は伝わっているみたいなのでひとまず良しとする。
「なるほどよくわかった。私がそんな君にデートを成功させるためのアドバイスをしてあげよう」
「ありがとうございます。それでなんですか?」
「まずは身だしなみだね」
「みだしなみ」
琴美さんの言葉をただ繰り返す。
「そうだとも、まずは相手に見た目からいい印象を与えないと。間違ってもいつもの服なんてダメだよ」
「うっ……」
いつも通りの服装で行こうとしていた俺は琴美さんの指摘を聞いて思わず変な声が出る。
「まさか普段の恰好で行こうとしてた?」
「……はい」
「……まったく、これだから……」
やれやれと言わんばかりに首を振る琴美さん。俺は俯くことしかできない。紗妃とは小さいころからの付き合いだったから身だしなみに気を遣うって言う意識が抜け落ちてしまっていた。普段ならまだしもデートをするなら身だしなみも大切だ。
琴美さんのアドバイスは正しい。
「俺の考えが甘かったです。アドバイスお願いします!」
「やっと私の偉大さが分かったみたいだね」
「はい!」
俺の返事に満足げに頷く。
「次に大切なのは相手に楽しんでもらうためのデートプランだ。君は相手のことをどれくらい知っている?」
「それなりに知っているとは思いますけど……」
なんたって幼馴染なのだから一緒に過ごしてきた時間は長い。
「それなら相手が興味がありそうなものや好きなものを取り入れてデートプランを考えてみたらいいと思う」
「わかりました」
「あとは会話に困らないように話題を考えておくとかね」
「なるほど」
「そして最後に一番大切なことを教えよう」
「一番大切なこと」
俺は琴美さんの言葉をじっと待つ。
「それは、自分もちゃんと楽しめるデートにするということだよ」
「?」
言っている意味が分からず首をかしげる。
「どういうことですか?」
「相手を気遣ってばかりのデートだと疲れてしまうしし、つまらないだろう。そういった疲れななどが相手に伝わってしまってはうまくいくものもいかなくなってしまう。だからこそ、自分も楽しめるデートにする必要がある」
「なるほど!」
雷に打たれたような衝撃だった。そんなこと考えたこともなかった。琴美さんの言葉は正しく、すっと入ってくる。感動し少し興奮気味になった俺は食ういるように言う。
「さすがです! やっぱりそういったデートの方が琴美さんもうれしいんですね!」
「え? あー、うん。そうだと思うよ」
急に歯切れの悪い返答をする琴美さん。その落差に俺も少しだけ冷静さを取り戻す。
「琴美さん?」
「いやぁ……私が嬉しいかといわれると分からないなぁって」
「はい?」
「いや、私デートしたことないし」
「………………はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!??」
何言っているんだこの人、意味が分からないっ!
「え? は、はぁ!? 恋多きって、さっき! デートしたことないってどういうことですか!?」
「そんな大きな声出さなくても」
「あなたが意味わからないこと言うからですよ!!」
「意味わからないって言われてもそのままの意味だし……デートしたことない」
俺は頭を抱える。改めて聞いても意味が分からない。頭痛までしてくる。
「ということは何ですか!? 俺はデートしたことない人からアドバイスをもらっていたってことですか!?」
「まぁ……そうかな?」
「恋多きってのは噓だったんですか!?」
「嘘言ってわけじゃ……少女漫画とかよく読むし……」
「……」
もう何も言う気が起きなかった。ものすごい脱力感を感じる。疲れて何もやる気が起きない。
「無駄な時間だった……」
「ちょっ、無駄とは失礼な!」
琴美さんが非難の声を上げる。
「だいたい君だって私の言葉に納得してたじゃないか!」
「う”っ」
痛いところを突かれる。
「だいたい少女漫画が間違っているわけないじゃないか! 女の子の憧れだ!」
「漫画の中の話じゃないですか」
「なにを言っても君が私の言葉を正しいと思って納得した事実は変わらない。それとも今考えた見たら間違っていたって思うのかい?」
「……いや」
「ほら!」
勝ち誇ったように言う琴美さん。なんだか負けた気がするが、言っていたことが間違いだったとは思えない。
「……わかりました」
「ふふんっ」
得意げな様子だ。何を言っても勝てる気がしないので素直に引き下がる。琴美さんの言葉に納得したのは事実だし。
「おーい、そろそろ休憩終わりにして手伝ってくれ!」
スタッフルームの外からそんな声が聞こえ、慌てて時計を見ると俺の休憩時間は終わっていた。
「すみません! すぐ行きます!」
急いで準備をする。扉から出ようとしたところで琴美さんから声がかけられる。
「私は今日はもう上がりだから、また今度話聞かせてね」
振り返るとこちら向かってひらひらと手を振っている。俺は軽く会釈だけするとそのまま部屋を出た。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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