第17話 手を繋いだままで
映画を見終わった二人の後をついていく。どうやら駅の方に向かっているようで、今日のデートも終わろうとしているようだ。
あれから一言も話している様子のない二人。それにどういうわけか男の方はどこかそわそわしているように見える。
紗妃にそれとなく近づいたり離れたりしている。手をふわふわと不自然に動かしている。それを見て俺は男が何をしようとしているのかを理解する。
そしてそれは俺が理解したのとほぼ同時の出来事だった。次の瞬間、男が勇気を振り絞って紗妃の手に触れる。
「っ!」
急に触れられた紗妃は驚いて勢いよく手を放す。
「ご、ごめん。手がぶつかっちゃって」
取り繕うような言い訳をする。
「い、いえ。私こそごめんなさい」
気まずい雰囲気が流れる。お互い視線を逸らす。男が手をつなごうとしていたということを紗妃が気が付いているのかはわからない。
「えっと……行こうか」
「そうね」
そういって歩きだす二人。さっきも会話はしていなかったが、それよりも比べ物にならないほど気まずい雰囲気が漂っている。二人の距離感もさっきよりも離れているし、当然会話なんて無い。
そのままだっ待って歩き続ける二人。そしてようやく駅についたところで言葉を発する。
「今日はありがとうございました。紗妃さんと出かけることが出来て楽しかったです」
「私も楽しかったわ。ありがとう」
簡単な別れの挨拶を済ませ解散する二人。俺はそんな二人の様子を確認するとばれないようにそっとこの場を後にしようと動き出す。
「佑真、くん?」
反射的に振り返ってしまい紗妃と目が合う。
まずいと思い隠れる場所を探すがもう手遅れだった。
俺の姿を見つけた紗妃がこちらに向かって歩いてくる。俺はどうすることも出来ず、ただ立ち尽くすしかできなかった。
「なんでここにいるの?」
「いやぁ……えーと……」
なんて言い訳しようかと必死に頭を回転させるが何も思いつかない。ちらりと紗妃の方を見ると真っすぐな視線でこちらを見ている。それを見た瞬間、誤魔化せないと悟った俺は今日の自分の行動を包み隠さず白状した。
「実は――」
自分で今日の行動を話しながら我ながら最低だなと感じる。紗妃に幻滅されたことは間違いない。そんな紗妃は黙って俺の話を聞いている。
一通り話し終えた俺は黙って紗妃の言葉を待つ。そして紗妃が口を開く。
「そう……」
紗妃から出た言葉はとても短いものだった。
「ごめん!」
勢いよく頭を下げ謝罪する。一日中付け回されていい気はしないに決まっているし、ましてやデートだ。許してもらえないかもしれないが謝らずにはいられなかった。
紗妃の様子を窺う。なぜか驚いたような表情をしている。
「別に怒っていないわ」
「え?」
「私のことが心配だったんでしょ?」
「そうだけど……」
「なら怒る理由なんて無いわ。驚きはしたけど」
本当に怒っていない様子の紗妃。
「いつまでも頭を下げていられるとそっちの方が困るわ」
「あ、あぁ……」
紗妃に言われて姿勢を戻す。
「取り合えずここを離れましょ」
「え?」
「佑真君がこんなところで頭なんて下げるから注目されてしまっているし」
その言葉を聞いて周りの様子を確認する。するとこちらを視線が集まっており、中にはひそひそとこちらを見ながら話している人の姿まで見える。
急に恥ずかしくなってしまった俺は思わず視線を下に逸らす。
「ほら、行きましょ」
そういって歩き出す紗妃の後ろをここから逃げるようについていくのだった。
しばらく歩き駅から離れると少しだけ平静を取り戻す。黙って帰り道を歩いていると不意に隣を歩く紗妃から声をかけられる。
「ねぇ」
「な、何?」
一日中付け回したという負い目から何か言われるんではないかと身構えてしまう。
「今日ずっと私たちのこと見ていたのよね?」
「あ、あぁ……」
「それなら最後の駅に向かう途中のあれ、佑真君はどう思った?」
そういって一つの出来事が頭に浮かぶ。二人の手がぶつかった時だ。
「あれって手をつなごうとしていたの?」
俺は後ろから見ていた時の考えを言う。
「たぶん……だけどそうだと思う……」
「そう……」
そう短く答えると黙ってしまう紗妃。しばらくの沈黙ののち再び紗妃が口を開く。
「やっぱりデートで手をつなぎたいって思うものなのかしら?」
「いや……どうだろう……」
「私は一度も思わなかったわ」
「……」
なんて言ったらいいのか分からず考えていると不意に手に温かな感触がある。
驚いて確認すると紗妃が俺の手を握っている。
驚きすぎて声が出ず固まってしまう。
「手をつなぐってこういう感じなのね」
確かめるように言う紗妃の言葉を聞いて我に返り、何とか言葉を発する。
「……何かわかったのか?」
俺の質問に首を振る紗妃。
「よくわからないわ。人を好きになるとこういうことをしたくなるものなのね」
「まぁ……そうかもな」
曖昧な返しをしてしまう。
「やっぱり私は恋愛を理解するにはまだまだってことね」
そんなことないと言ってあげたかったが無責任な事は言いたくなかった。
「でも……こうして誰かと手をつなぐって言うのも悪くないかもしれないわ」
「え?」
驚いて紗妃の方に視線を向ける。
「あなたの驚いた顔を見れてなかなか面白かったわ」
そういってほほ笑む紗妃を見て鼓動が早くなるのを感じる。思わず視線を逸らす。
この鼓動の早まりは驚いた顔を見られて恥ずかしかったからだと自分に言い聞かせる。
そんな俺の様子見て紗妃の表情が満足そうなものになる。
「まだ私が恋愛を理解するのは時間がかかりそうだけどこれからも協力してくれると助かるわ」
そんな水臭いことを言う紗妃。俺は真っすぐ紗妃に視線を合わせて誓うように言う。
「当たり前だ。紗妃が恋愛を理解するまでとことん付き合うさ。大切な幼なじみだからな」
少し驚いたような表情をした後、すぐに柔らかな表情となる。
「ありがとう」
そして俺たちは帰り道へと歩き出す。繋がれた手はそのままで。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
これで一区切りとさせていただきます。楽しんでいただけたら幸いです!
続きに関しては需要がありそうでしたら書いていこうと思います。
応援ありがとうございました!