第9話 「何でもアリのモハメド・アリ」
「見て、ほらこれ」
リェルがそう言ってつまみ上げたのは、何者かのアレである。
コロコロしていて、焦げたような茶色で…
「……ばっちぃですわ」
「まぁまぁそう言わずにさ」
先輩冒険者は、ソレを掌に乗せ、躊躇せず自分の鼻に近付けた。
「うん。スライムの糞だね。最後に食べたのは……植物かな?」
お嬢様が事前に聞いた話だと、ス○イムという生き物はどうやら事前に食べた物によって、身体の形状が変化するらしいと。
「なら、ソレを遺していった御本人はどんな姿になっていますの?」
リェルは手で輪っかを作る。
「こんな形かな?最後に植物を食べたんなら、姿形は元の状態に戻るんだよね」
「……それなら、昨日私を襲ったのは…」
突然、リェルが立ち止まり、前方の細い広葉樹の上の方を指差した。
口元に人差し指を当て、なるべく音を立てぬように伝えてくるのだ。
「……あれかな」
枝の上で、ソレは器用に足を畳んで座っていた。
目を閉じている。眠っているのか?
「……猫?ですの?」
お嬢様がもっと近付こうと身体を前に乗り出すと、背中に担いだ大剣の刃先が地面に触れ、落ち葉が擦れる音が鳴った。
どうやらソレはこちらに気が付いたようで、すぐに立ち上がると、睨み付けるように二人を凝視し、ゆっくりと口を開け、牙を見せた。
「シャッ"ア"ッ」
猫が威嚇するような声で鳴いた。
「口が二つありますけど…」
ソレの顔は、まるで裂けたような口が首の付け根まで伸びており、どう見ても二つ、口がある。
不気味なソレはこちらを威嚇するや否や、直ぐに木々の間を飛び回って、森の奥深くへと姿を消してしまった。
「あれはポンメゾだね。サラを襲ったやつも最後に食べたのはあれだと思うよ」
やっと見覚えのある生き物を見つけたと思ったが、その正体はまたも不気味な化け物だった。
「猫ちゃんじゃないんですのね…」
お嬢様は思い出した。
病室の窓の外、いつも木陰で気だるそうに眠っていた、あの小さな友達は今、どうしているだろうか?
「ポンメゾ、丸焼きにすると美味しいんだよ~」
隣の野生児とはどうも感性が合わないようだ。
とは言えど、道無き道を切り開き、ずんずんと奥へ進むその後ろ姿は、自分よりやや小柄であれど、頼もしく心強い。
「リェル、あなたはいつからこうやって森の中をうろついていますの?」
獣道の先を行く冒険者は、自分の半生をちょっと思い出してみる。
「初めてこの森に来たのは6歳の時かな~…バーチャンと喧嘩してさ…ウチを飛び出してここまで走って来たんだ~」
藪を漕いで歩き回りながら、リェルは昔の事を話す。
「あの時はまだバーチャンも若かったから、私が走ってここまで来る頃には、一人で教会を飛び出して来て、すぐ後ろまで追い付いてたみたいなんだ。私がサラと同じように、スライムに襲われそうになってる所を間一髪で助けてくれたんだ」
「そんな話があったんですね…」
振り返って、お嬢様に笑顔で言う。
「もう25年も前の事だけどね!バーチャンも強かったんだ~!」
そう、25年も前の事である。
お嬢様が産まれるより9年も前の事だ。
「それで、私が自然とか生き物に興味があったのは知ってたみたいでさ、その日からは度々バーチャンと一緒にここに来て、色んな事を教わってねー」
………はて?
つまりは、この先輩はこの容姿、この人当たりの良さ、この無邪気さ、この身長の低さで、お嬢様より15歳年上であると言うのだ。
「……あっ…スゥー…なるほどですわね、ムカシぃ?昔はね?お若い頃は腕っぷしも強い女性だったんですのね?」
「ん?何か急に余所余所しくない?」
流石に、自分と同じくらいの年齢か、若しくはそれより下だと思っていた。
うん、その筈だ。
おかしい。何かがおかしい。
待て……この女性が、さながら勢いよく吹き抜けて行く春風のように、快活な女性が、ティーンエイジャーでない訳が無いだろう。
確かに、少しばかり落ち着き払っているような気配を感じたり感じなかったりはするが…
もし、もしも本当にそうだと言うのなら、これは"美魔女"だとかそんな次元の話じゃなくて…
「……失礼ですけど、リェルは……リェル"さん"は今おいくつなんです?」
「え?何急に?……リェルさん、って…私は31歳だけど」
ビビった。
びっくりした。
あーそうか。
人は見かけによらないのである。
お嬢様はまた一つ、人生の教訓として、大事な事を学んだであった。
「あー!これ!ミソヒバタケ!」
今まさに、お嬢様がカウンターパンチから成る重い衝撃を受けている事を知ってか知らずか、この大先輩冒険者は無邪気にもカラフルな菌類を摘み取ってはしゃいでいる。
「これも美味しいんだよねぇー」
この人はいくつになっても、このような自然の中ではしゃぎ回るのが好きなんだろう。
「……まぁキノコは分かりましたけど、件のニンゲン?とやらはどうするんですの?」
その問い掛けのおかげか、リェルは再び冷静に、この先の予定を話し始めた。
「実は今、この森の奥の湖に向かってるんだ」
話の内容は、どことなく納得出来るような作戦であった。
「スライムって生き物は、基本的に身体の殆どが水分で出来てるから、すごく乾燥に弱いんだ。だから、その湖にはよくスライムが水分補給をしに来るんだよね」
「なら、そこにはいずれ件の化け物もやって来る可能性が高いんですのね?」