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お嬢様!火力が足りておりませんぞ!  作者: あさおか
第1章 「そうだ、ニンゲン狩に行こう。」
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第3話「成金、大地に立つ」

街の外、少し離れた森の中。


ここは通称"ニンゲンの森"


そこに、もう間もなくして買って来た武器を手に現れるであろうお嬢様を待つ人物が居た。


「やっと来たかと思えばなんかでっけぇの担いでるし……」


遠くの方からよちよちと汗だくで歩いてくるお嬢様が見えると、それなりに経験を積んでいる冒険者の少女は落胆した。


「ちょっとサラ!!一体どんな無駄遣いしたらそんなの買って来るの!?」


背の低い冒険者は大声でこちらに向かってくるその姿に早速説教を始める。


「だって…お金ならあります、し、どうせなら強そう、な剣を……」


やっとの思いでやって来たお嬢様は、息を切らしてゼェハァ言い訳をし始めた。


「あーーもう!!身の丈に合った武器を買ってきてって言ったよね!?」


お嬢様がそんな武器を買ってきた真の理由とは。





話を何日か前に戻そう。





………気温は暖かく、頬を撫でては通りすぎて行く風の心地よさに違和感を覚え、お嬢様が目を開けると、視界には雲がまばらな青空が広がった。


お嬢様の頭の中、いの一番に浮かんだ感情、それは達成感、若しくは脱力感だった。


いつの間にか眠ってしまうより前に、何年間かいつも見ていた景色は、所々にシミの浮かんだ、病室の天井だったから。


「私、お父様とお母様より先に死んでしまったのですね」


何も無い草原の中、寝転がったままのお嬢様は、あの世だと思われるこの場所に誰も居ない事を悟って、独り言を呟いた。


親不孝。でも今となってはあちらでどう言われようが関係無し。出来ることは無い。足掻くことも耐えることも無い。日に日に弱くなって行くお嬢様から目を逸らすその両親の姿を、ただ眺める事しか出来ない、そんな日常はもう無い。


無い。ここにはもう何も無い。


「……静かですね」


動こうと思えば動ける。走ろうと思えば走れそうだし、立ち上がろうと思えば立ち上がれそうだった。


だけどもう少し、もう少しだけ、じっとしていたい。


このまま眠ってしまおうか?また永遠に眠ることは出来るだろうか?


ただ過ぎて行く時間と静寂に身を預け、久方ぶりの風を感じていようと目を閉じた時、


けたたましい叫びが聞こえた。


それは人か?または動物か?


いずれにせよ尋常でない、耳をつんざくような高い音がしたものだから、思わず上半身をその場から起こして周囲を見回す。


座っている、ここは原っぱ。足首よりも背の低い草が青々と生い茂って、その周りには森が広がっている。遠くには背の高い建物や電柱なんかは見えない。


山の中?


想像しうるあの世とやらは人によって違うはずだが、一見穏やかな景色の中に物騒な音が飛び込んできたのだから、ここは極楽では無いだろう。


お嬢様が不安に駆られて立ち上がると、前方遠く茂みの中からガサガサと、藪を掻き分ける音がした。


「な、い、一体なんなんですの…」


背の高く密集し、木葉で隠れた枝の隙間から鳥達が慌てふためき逃げて行った。


がさがさ、がさがさと、薄暗い深緑の藪は揺らめく。


お嬢様の身体はとっくに固まった。ただソレが姿を現さんとしているのを固唾を呑んで見つめるばかり。


藪の中から先ず出てきたのは、頭。透き通った緑色、猫の頭。





次に前足、後ろ足、抜き足差し足忍び足、獲物を狙うかの如く、猫の形が姿を見せる。




透き通った緑色。猫の形だけである。


液体のようでいてそうでない、ゼリーのように透き通っている。


ソレは固まっているお嬢様の元へ、尚も変わらず、抜き足差し足忍び足。ゆっくりと近づいて来るのだ。


大きさならば九尺程はあろうか。


お嬢様が思わず一歩後ろに下がった時、ザッ、と土くれ混じりの青草を踏みしめた音が鳴った。





途端に静寂を破り、ソレはお嬢様の元へ走り出した。




鼓膜を破る程の叫び声を上げながら、ソレはやって来る。





逃げなければ。


お嬢様は後ろへ振り返り、森の中へと走り出した。


「ど、どなたかっ!だれか、誰かぁあああああっ!!」


お嬢様は獣道を走りながら、後ろも振り返らずに、叫ぶ。


頭の中では一つの結論に至ろうとしていた。


少なくとも、ここは極楽浄土、または天国なんて思ったら大間違い。追っ手は恐らく容赦しない。


おめでたい思考は捨てて、前を向いて走らねば。


足下は柔らかく、落ち葉が深く積もっていて、お嬢様が駆け抜けるその獣道には、あちらこちらにカラフルな菌類が生えていたり、やけに大きなコロコロとした動物の糞が転がっている。


見たこともない景色の森の中、左右に別れたところを左に進んで、また左に進んで、今度は右へ。とにかく走る。


お嬢様は必死で走りながらも、薄々気づいていた。


病弱な筈の自分の身体は今、信じられない程の速さで走り、倒木を飛び越え、急な斜面を滑り降り、進んでいる。


しかし、どんなに先へ進んでも後方からの足音が遠ざかる事は無かった。






走ってはしって、お嬢様がやがてたどり着いたのは幅の広い河だった。


流れは強く、底は深そうだ。


「…ほんとっっに!なんなんですの!?目が覚めたら見知らぬ場所で!ワケの分からない化物に追われて!!私、世界観の説明が浅いゲームは嫌いでしてよ!!」


立ち止まれば、追っ手も再び勝ち誇ったようにゆっくりと近づいて来るのだ。


お嬢様は理不尽を許せなかった。覚悟を決め、拳を握りしめる。


なすがままと思ったら大間違い。

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