第2話 「決して譲れないぜこの美学」
お嬢様は答に直結したシンプルな質問ではなく、少し捻った事を訊いてみた。
「今まで見たお客で一番腕の立つ冒険者ってどんな方でいらっしゃるの?」
確かに、「ニンゲン狩りに役立つであろう最も心強い武器は何か?」と訊けば早い話かもしれない。
店主は問いかけに、さも自分の事のように、胸を張って自慢話をするように、件の冒険者の話を始める。
「そりゃおめぇ、勿論、この街の出身の冒険者、メルネスさ。なんたってアイツはまだ12歳の頃から剣を振り回してたんだ。それもウチで買った剣をな」
……さて、お嬢様は店のカウンターに両肘を突いて考えるのだ。
なんたって育ちが良い。
自慢ではなくて、それは事実、そうなのだ。
故にこういう場合の目利きはある程度出来るつもりでいるのだ。
AとBの部屋、または赤と青の部屋、何を格付けする訳でもないが、お嬢様には二つの選択肢であれば正しい方を選ぶ事が出来る自信がある。
「そのメルネスさんが買って行った剣というのはどちら?」
「ああそれなら、城の騎兵隊にも正式採用されているこの剣だな。丈夫で軽くて扱い上に値段も安い。何本も出回ってるのは、街の名匠がブレ無く同じ品質を保ったまま量産する方法を編み出したからなんだ。皆からはイチロク式って呼ばれてるな」
イチロク式とやらの剣を"持ってみろ"と言わんばかりに差し出した店主の後方、壁に掛けてあるのはどでかい剣。それがお嬢様の目に留まった。
さぁ格付けをチェックする時間。
「…ご主人、私、持っていますの」
「何をだ?」
「金を」
「お、おう」
突然の告白、このお客の眼光は何故か鋭い。
お嬢様は壁の大剣を指差した。
「アレを売っていただけないかしら?」
困ったような顔で店主は答える。
「あぁ、悪いがアレは売り物じゃねぇんだ」
"売り物ではない"こんな時はどうするか?
お嬢様は「待っていました!」と言わんばかりに、もうボロボロになってしまった制服のポケットに手を突っ込み、硬貨を三枚握りしめ、カウンターの上に雑に置いた。
「こりゃたまげた…15000ゴールドか……」
店主は大金を目前にして驚きつつも、一旦冷静になった後でまたしても困ったような顔をした。
「5000ゴールドで売っても良いが、お嬢ちゃん…悪いことは言わねえ、止めておいた方がいいぜ」
「あらどうして?」
一般的にはガタイの良いほうであると思われる店主は、物分かりの悪い客にため息をついてから、「よっこいしょ」と壁の大剣を両手で抱えた。
カウンターの上にその大剣がドンと大きな音を立てて置かれると、卓上のスペースをそれ一本でほぼ埋め尽くす事から、より大きさが際立った。
「お嬢ちゃん、持ってみな」
小さな歯がいくつも行儀良く並んで立っている、大きなおおきな柳刃包丁のような形。どれどれ、持ち手の掴み心地は……
あ、おもーーーーーーーーーーーーーーい
「な?言ったろ?確かに破壊力はあるかもしれんが、お嬢ちゃんみたいな小柄な女の子じゃそれを扱うなんて無理だよ。へっぴり腰になってるじゃないか」
重い、おもい、だけど破壊力はありそうだ。しかし、お嬢様には今正にこれが必要な理由がある。
「ふんっ、ぬ"っ、お"ぇ」
嗚咽するかの如く、無理してでもそれを持ち上げようとするお嬢様であったが、いくらその様子がみっともなくとも、これが欲しかった。
「が、がいまず、ごれ、買う」
息を切らしながらも購入の意思を告げると、店主は小声で「まいどあり…」と言ってから、カウンターの上の硬貨を一枚だけ受け取った。
「…おい、嬢ちゃん、それホントに店の外まで持っていけるのか?」
引き摺ると床が傷つくから、お嬢様は無理やりにでも持ち上げて歩く。がに股で。
「こ"し"ん"は"い"な"く"」
もう駄目そうだ。
「…まぁ待ちな」
店主はあまりに哀れなお嬢様の後ろ姿を見て、流石に良心が痛んだのか、咄嗟に引き留めた。
店主が店の奥へと消えてから、暫く経って、何やら革で出来たベルトのような物を何本か持ってきた。
「そんなんじゃとても街中を歩けるとは思えねぇからよ、せめて背中に担いで持ち運べるようにはした方がいいと思ってな」
二人がかりで一度カウンターの上に大剣を置き、店主は手早く革製のベルトを留め具で固定してから、お嬢様の背丈に丁度良くサイズを合わせてから、肩からベルトを掛けて担がせてみた。
お嬢様の背中の方で店主が大剣を両手で支えているような形である。
「大丈夫か?手離すぞ?」
店主が手をそっと離すと、お嬢様は案外、後ろに倒れて来はしなかった。が、今度は立ったままで深く腰を落として、両の拳をぐっと握りしめ、やたらと前のめりで力んでいる。
「ありがとう、少しだけ楽になりましたわ」
「…無理して強がるなよ、震えてるぞ」
お嬢様は震える足で歩こうとする。一歩ずつ、小さくちいさく。その様子は生まれたてよりも弱々しい。
「まぁ、俺もそこまでケチじゃねぇさ、どうしてもそれが扱えそうになかったらまた帰ってこい。半額は返金してやる」
店主は気を利かせ、最後の助け船を出した。
「その必要はありませんわ」
誰よりも頑固なお嬢様は店主の方へと振り返り、震えながらも笑顔で言った。