第1話 「下へ」
窓の外は晴れていて。
……蝉の声がうるさいですね。
「もうすっかり夏だねぇ」
大好きな友達の声が聞こえます。
彼女は持ってきた紙袋の中身をがそごそと漁って、ベッドの上でボーッと呼吸するだけの私に、プレゼントを持ってきてくれた事を教えてくれました。
「ほらこれ!朝蘭、元気になったら食べに行きたいって言ってたでしょ?」
彼女は雑誌を見せてくれました。
"横浜の隠れ名店"
表紙には半年程前にテレビで見たパンケーキの写真。
彼女のこういうところが憎めなくて、好きなんです。
どうでもいい事まで覚えていて。
小学生の頃、日曜日に初めて彼女が私の家に遊びに来た時、母がおやつにクロワッサンを出してくれました。
彼女は粗野なイメージとは裏腹に、テーブルの上にポロポロ食べかすをこぼす私とは違って、綺麗に、上品に完食していました。
そういうところが好きなんです。
此処にあるのは幻、夢、それだけたったのでしょうか?
……いいえ。
それもこれも本当のところは分かりません。
地球が当たり前のように丸い事だって、幽霊の存在だって、私がこの目で見ていないのだから。
遠い空の向こうも目の前に座る彼女も、全部ぜんぶそれから全て。
ならば全て忘れましょう。
全部。
落ちる。
夢の中で高いところから落ちる、そんなような、またはベッドから落ちるのか、そんなような。