続 ねぇねぇ婆さん
ねぇねぇ婆さんの続編です。
僕の名前は、佐藤ミズキ。中学1年だ。
僕と言っているけど、女子である。
夏休みが近づいて来たこの頃、僕の通う中学で変な噂が流行っていた。
「ね〜ミズキ、知ってる?」
「何?唯花、また噂話?」
とある昼休み。暇つぶしにと図書室で借りた文庫本を読んでいた僕の所に、噂話大好きな親友の緒方結花が、いつもの如くどうでもいい噂話を仕入れてきたみたい。
「うん。すっごく怖いの!『ねぇねぇ婆さん』の話知ってる?」
「えっあうん」
『ねぇねぇ婆さん』の話は噂話好きの結花以外から聞かされたから知っているんじゃなくて、茜姉さんから『ねぇねぇ婆さん』の体験話を聞かされたばかり。
だけど『ねぇねぇ婆さん』の話は茜姉さんの中学生以来、噂は聞いてないって聞いたんだけどな。
「なんだ知ってるんだー、じゃ『呪われ屋敷』の話は?」
「『呪われ屋敷』?」
「うん、ほらミズキん家の方にさ、戸建て並んでるとこあんじゃん?あそこさ、ポツンと空き地あるじゃない?」
「うんあるね」
唯花の言う通り、約四キロある学校から僕の家までの通学路は、田畑と山に囲まれた田舎なんだけど、そんな田畑だらけの中に現代的な戸建てが並ぶ場所がある。
その中にポツンと草ぼーぼーの空き地があった。
コンビニとクリニックあとバス停(一時間に一本くらいだけど)が近いという田舎にしては好立地?な場所なのになんでとは思ってたけど。
「あそこにさ、昔、大きい農家さんのお屋敷があったんだって、でね、その家さ、自分の田んぼ広げるのに祠か何か壊したらしいのよ!それから、跡継ぎの長男が謎の死を遂げたり、そこの当主が発狂して身投げしたとかで、その家は途絶えしまったんだって!以来そこは、『呪われ屋敷』って呼ばれるようになったんだって、それでね」
「ふーん」
いつものように適当に聞き流していた。この後、僕は唯花の話をきちんと聞いていなっかった事を後悔することになる。
その日の夕方、僕は所属する手芸部の活動が下校時刻ギリギリに終了した。
一学期の期末テスト間近になり、部活禁止期間に入る前に今作っている作品の作業を進めておこうとなり、一部の部員を除いてみんな作業を切りのいいところまで進めた結果だ。
時刻は、午後六時半。日が暮れかける時間帯で、空が茜色と群青色に染まっている。
「そういや、茜姉さんや父さんに遅くなるなら、バスで帰るかか連絡すれば迎えに行くからって言われてるんだった。けどへーきだよね」
普段なら顧問である茜姉さんが、いたらあんな時間にならないんだろうけど、生憎、今日は大事な用あるとかで居なかったんだ。
バスは学校から少し歩いた場所にバス停があるそこから、ちょっと遠回りだけど自宅近く通るバスがある。
少額入ったICカードも持たされているけど、僕は、面倒でバスで帰らずに自転車で帰っていた。
「黄昏時って逢魔時って言うんだっけ?」
何気に口にした言葉だけど、急に昼間聞き流していた噂を思いだす。
『ねぇねぇ婆さんてさ、黄昏時に出るから注意だよ!あとね』
唯花の話をまともに聞かなかったのは、スンゴイ後悔してるよ。
だけど、子供の頃に、肝試しで怖い目にあって以降、おばけの類が苦手になったから、結花の話を適当に聞き流していたんだ。
そんな後悔をしながら、僕は、ガッシャンと音がするくらい自転車を漕ぐ。
だけど………
『ねぇ』
僕の耳元に嗄れた女性の声が届く。
「ウワアアアー」
一気に自転車を漕ぐスピードを上げるけど、その間も『ねぇ』という声が聞こえる。
無視して漕ぎ続けているうちに、周りが変な事に気づく。
見知った通学路なんだけど、いつもより暗い。
等間隔に並んだ街頭が無いんだ。
おまけに、いつもなら戸建ての並ぶ通りには、田んぼしかない。
しかも……
「さっきから同じ箇所を回ってる?」
“とある場所“の前に来ると、『ねぇ』という声が聞こえてきた場所へ戻される。
上手く言えないけど、例えるならなんかこうゲームオーバーしたら、セーブ地点へ戻されるような変な感じだ。
もちろん、お婆さんの『ねぇ』は続いてる。
これ以上は無視出来ない、いやしてはいけない。
僕は、自転車を漕ぐ足を止め、引き戻される場所まで自転車を押して歩く。
「お婆さん、僕でよろしければお話を聞きます」
『まあ、本当?嬉しい』
と老婆は、にっこり笑い、僕が引き戻されていた場所―――大きな茅葺き屋根のお屋敷の中へ僕を招き入れた。
『あなた、お名前は?』
「ミズキです。佐藤ミズキ」
『そう、ミズキちゃん、私は、サトよ。皆からおサトさんって呼ばれていたの』
「じゃ、おサトさんって呼んでもいいですか?」
『ええ』
「おサトさんは、なんで必死にねぇって呼びかけていたの?」
『それは……』
おサトさんによると、ここら一帯に開発話が上がっている事。それに合わせて土地の買収の話があった事、息子や孫、周辺の住民は、田畑を売ってその金で都会へ移り住んで、便利で快適な生活をしようと皆で、おサトさんを説得していたのだと言う。
『だけどね。こんな田舎の土地誰が買うの?今は高くても、あと何年かしたら安くなるかもしれない。もう少し冷静にならないかって言ったの。世間は、好景気だって騒いで、皆、気前よくお金を使うわ。でもその好景気が終わる時がいつかくるの。そうなった時に後悔しても遅いの』
「そうですね」
お父さんから昔、バブル景気と呼ばれる時があって、服なんか値札見ずに買っていたなぁって話を聞いた事があるから、恐らくその頃の話だろう。
『でも誰も話を聞いてくれない。だから、息子や孫に、暇があれば、『ねぇ』って言うのに無視するの
なんで私を無視するの?』
おサトさんは、ポロポロと涙を流し、僕の手を握る。
すると僕の頭の中に一気に映像が流れてくる。
必死に話しかけるおサトさん、無視をし続ける二人。だけど、その内、息子さんもお孫さんも何らかの理由で亡くなり、彼らの棺にしがみつくおサトさん。
そしてしばらくして、おサトさんは、誰彼構わず『ねぇ』と話しかけるようになった。
最初は、立て続けに息子や孫が亡くなった寂しさからだろうと、近所の人は相手していたけど、その内、『いい加減にしてくれ!』と言われ、その内無視されるようになった。
最後は病院か施設かわからないけど、白いベッドの上で、赤ちゃんの人形を抱っこして『ねぇ』と話しかける寂しそうな顔のおサトさんの映像と、お葬式では、『やっとねぇねぇ婆さん死んだか』と言って、誰しもが泣くでもなく、清々したと言わんばかりの参列者達の映像を見て、僕の記憶は途切れた。
「バカミズキ!起きたの!」
「茜姉さん?」
気が付いたら、見慣れない部屋だった。ベッドの
脇では泣いたのか、目が腫れていた。
そんな茜姉さんの顔を眺めていたら、茜姉さんの容赦ない説教が始まった。
「まったく!遅くなるなら、連絡しろって言ったわよね?それかバスで帰りなさいって!めちゃくちゃ心配したんだからね!聞いてるの?」
「聞いてるよ。僕が悪かったです。ごめんなさい」
マジで反省していたから、機械仕掛けの人形みたいに、頭をペコペコしていたら、はああ〜というため息が聞こえた。
「反省してるならいいわ。本当にびっくりしたわよ。『呪われ屋敷』の跡で倒れてたんだもん」
「本当にご迷惑おかけしました。お詫びになんでも言う事ききます」
「あっそれなら、明日の放課後までに反省文一枚と英語の単語五十個、書いてきなさい」
「えー?教師としての職権乱用してない?」
「気の所為よ!」
茜姉さんのペナルティに抗議しながら、僕はおサトさんの事を考えながら、ふと疑問に思った。
茜姉さんが会った『ねぇねぇ婆さん』と僕の会った『ねぇねぇ婆さん』は一緒なのかと……。