5
キョロキョロと周りを見回していると、シルフィード卿がダンスを踊っているのが目に入った。
「エイミー、何見てるんだよ」
ランスが、話し掛けてきた。
「別に」
「やめとけよ」
「分かってるわ」
「本当かよ」
いちいちうるさいなあと思いながら、知らん顔していると、ランスに「庭園を歩かないか?」と誘われた。
シルフィード卿に声をかける勇気もないし、ここで彼が女性と楽しそうに踊るのを見ているのも空しいだけだ。母親に声をかけてランスと歩く。
「カイン達以外とも踊ったのか? 話しかけられているうちにエイミーの姿が見えなくなったから、探してたんだ」
「沢山の人に囲まれたから、恐ろしくてカイン様に両親のところに連れてきて頂いたの。彼がいてくれて本当に助かったわ。あのままあそこにいたら、抜け出せなくなりそうで怖かったから」
「そうか。しっかり目をつけられたよなあ……」
ランスはなにやらブツブツ呟いていた。
花の咲き乱れる庭園を歩く。今日は月も出ているし、あちこちに灯りが灯されていて意外と明るい。
「生誕祭の時のエイミーも、女神みたいで綺麗だったなあ」
「あら、そう? ありがとう」
「あの時も君を見るために沢山集まってたよ」
「へえ」
「へえって、他人事みたいに。今日はすごく注目されてたから、気を付けろよ。俺みたいに紳士的な男ばかりじゃないんだから」
「あなたって、自分を持ち上げずにはいられないのね」
「自分でアピールしないと、誰もしてくれないじゃないか」
「それにしても、よくそんなに誉められるわよね」
「良いんだよ。自分で誉めなきゃ。『認められるのを待つな、自ら認めろ』だよ」
「誰の言葉?」
「誰か言ってたかもしれないけど知らない。俺の座右の銘」
「ふーん。でも、確かにそうね。人にアピールするのはちょっと違うと思うけど、自分で自分を認めてあげるのは大切ね」
「自分でアピールするにはそれなりのことをしなければ堂々と出来ないから、やらざるをえなくなるし。自分を叱咤激励してるってとこか」
「なるほどねえ。単純な自慢じゃないと言いたいわけね。学校の成績もいいから、説得力はあるわね」
「そういうわけで、俺は文官になって出世するんだから、今のうちに唾をつけとかないと誰かに取られるぞ」
「はいはい。頑張ってね」
「エイミー。少しは考える振りくらいしろよ」
「じっくり、じっくり、じーっくり有言実行か見ておくわ」
「見るだけかよ」
ランスはガックリと肩を落とした。
そんなことを言いながら庭園を四分の三くらい回った。
「星が綺麗ね。あなたは星座に詳しい?」
私は、立ち止まって空を見上げた。
「もちろん。エイミーと星空を眺める為に必死に勉強したさ」
「本当かしら?」
「ほら、あそこに見えるのは……」
ランスが指差す方向に向くと、木の陰に男女が居るのが見えた。
なんだか嫌な予感がする。
「エイミーどうかした? ……あっ、アイツ」
男女の影が重なる寸前に男性の顔がチラリと見えた。シルフィード卿だった。
気が付けばそこから逃げ出していた。
「ちょっと、エイミー! 待って!」
ドンッと人にぶつかった。バランスをくずしたら、抱き止められた。
「ごめんなさい」
「これはこれは、そちらから飛び込んできてくれるなんて嬉しいなあ」
腰を抱えられたまま、お酒臭い息で話しかけられた。
「離して下さい」
「嫌がってるだろう。離せよ」
ランスが声をかけ近寄ろうとするが、相手は三人だった。別の二人がランスの前に立ちふさがる。
「君の方こそ嫌がられてるんじゃないのか、彼女は君から逃げてたんだろう?」
「違うわ。彼は友人なの。私を心配して来てくれたのよ。だから離して!」
「美人を一人占めするなよ。代わってよ」
「そうだよ。次は俺達と踊る番だ。デビュタントの若造は引っ込んでろ」
「道を開けろ」
ランスは目の前の二人を睨み付ける。
「俺のアマンダに何やってるんだ!!!」
別の方向から怒声が響いた。近衛騎士の制服を着た兄が駆け寄って来る。
「汚い手を離せ!!」
そう怒鳴ると、騎士の姿を見て怯んだ男を押し退け、私を捕まえていた男の手を捻りあげた。
「痛い、痛い、痛いから!」
「うるさい! 汚い手で触るな! 殴られなかっただけありがたく思え!」
「分かったから離してくれ!」
「二度と近づくな! 顔も見せるな! お前らもだぞー。顔覚えたからな!」
逃げ行く他の男にも怒鳴った。
「兄さん!」
兄が抱き締めてくれた。
「怖かったな。もう大丈夫だ」
優しく背中を撫でてくれる。ほっとしたら色々思い出して、涙がこぼれそうになる。
「どうしたんだ? そんなに怖かったのか? それとも他にも何かされたのか?」
私がいつまでも離れないので兄が心配する。
「違うの。違うんだけど……」
私は、シルフィード卿が他の女性と抱き合っているのを見てショックを受けたとは言えず、黙り込む。
「ちょっとそこの君、アマンダの連れなの?」
「はい。ランス・ブランデールと申します」
「アマンダに何かした?」
兄が鋭い目つきで彼を見た。
「兄さん違うのよ、ランス様のせいじゃないの」
「アマンダさんを守れず、申し訳ありません」
「彼女の横に立ちたいなら、しっかり守ってやってくれ」
「はい」
「そういう関係じゃないから」
「俺はそういう関係になりたいと思ってます」
「じゃあ頑張って守って。守れないなら任せられない」
「はい」
「兄さん、勝手に仕切るのはやめて!」
「アマンダも自分が一番気をつけないといけないんだぞ。俺は仕事があるから、姉さんの時のようにはしてやれないんだ」
「ええ、分かってるわ。兄さんありがとう」
兄が来てくれてよかった。おかげで誰も怪我をすることなく済んだのだ。
「じゃあ俺は仕事に戻るから、頼んだよ」
「はい。ありがとうございました」
ランスが出した手を取り、二人で歩く。
「エイミー、助けられなくてごめん。怖い思いをさせた」
ランスは、先ほどまでのキリリとした顔つきから一転して、申し訳なさそうに眉尻が下がっている。本当に表情が豊かな男である。
「私が闇雲に走ったりするからで、ランス様のせいじゃないもの」
「それでも俺は、またエイミーを助けられなかった」
「何もなかったんだから大丈夫よ」
「だけど怖い思いをさせた。それなのにエイミーは優しいんだな」
「優しいなんて言われ慣れてないからムズムズするわ」
「ハハハ。そうか」
「何か笑われるとムカつく」
そう言いながらも、ランスが笑ったのでホッとしていた。
「そう言うストレートに言うのが良いところだからな」
「誉め殺しする気ね」
「その気になった?」
「ならない」
ランスはガックリと肩を落とす。
「あなた知ってたのね。彼に相手がいること」
「二人でいるのをチラッと見かけたことがあったから、多分そうなんだろうなと」
「ハッキリ分からなかったから、私だけじゃなく彼の為にも言わなかったのね。あなたってそういう細かい気遣いが凄いわよね」
「そう。俺って凄いんだ」
「また始まったわ」
ランスは、急に立ち止まって真面目な顔で私を見た。
「エイミー大丈夫か?」
「……彼が私に興味ないのは分かってたもの。分かってたけどやっぱり悲しいわ」
ランスが私の手を両手で優しく握る。男らしい大きな手に包み込まれた。
「エイミー……」
手の温かさがじんわりじんわりと沁み込んできた。グラグラと揺らいでいた心が少しずつ落ち着いてきて、温かいもので満たされていく。
ランスのかぎなれた香水の香りに、ホッとする。
顔を上げると、綺麗なグリーンの瞳が心配そうに私を見ていた。
「心配してくれてありがとう。少し元気になったわ」
「そうか。何かあったらいつでも言って。俺はいつでもエイミーの力になりたいと思ってるから」
「ええ。ありがとう」
ランスがそばに居てくれるから、悲しいけれど、どこか心強さを感じていられた。
舞踏会はそろそろお開きになりそうだった。ランスは私を両親の所まで連れて行ってくれると、両親にも挨拶をしてから立ち去った。
「ブランデール卿とお付き合いしてるの?」
母が目をキラキラさせて聞いて来た。
「いいえ。友人よ」
「そうなのか。好青年のようだな」
父は淡々としている。
「そうね。とても良い友人だわ」
「彼の片思いなのね。ああ、切ないわ」
母は両手を胸の前で組み、しばらく目をキラキラさせていた。
「そう言えばクリスに会った? 騎士として働いている姿を見たかったのだけど、会場内にはいなかったわね」
「兄さんには、さっき助けてもらっ……あっ」
「助けてもらった?! 何かあったの?」
そこから、先ほどの騒ぎの話になり、両親にも釘を刺されたのだった。
「色んな人にアマンダの事聞かれたわ。紹介してくれと言われたし」
「私もよ。私と踊りながらアマンダの方ばかり見てるの。足を踏んづけてやろうかと思ったわ」
「ロセフィット家の美人姉妹と騒がれてたわよ」
学校に行くと、友達が口々に昨日の話をする。
「大丈夫だった? 取り囲まれて大変だったでしょ」
「カイン様が連れ出してくれたから大丈夫だったわ」
皆、昨晩の舞踏会の興奮が冷めやらないようで、寄ると触ると舞踏会の話で盛り上がっていて、一日中賑やかな声が響き渡っていた。
普段話し掛けて来ない人達からも、話し掛けられた。
『アマンダを紹介してくれと頼まれた』と他のクラスメイト達からも言われたが、全て断った。