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 それからしばらく経った休みの日、馬車を降り、図書館に向かう庭園の中を通る道を歩いていると、急に足元がグラッとして転倒しそうになった。

 幸いすぐ横にメイドのマリーがいて抱きとめてくれた。たくましい彼女のお陰で、どうにか転ばずにすんだが、離れようとしてまたバランスを崩しそうになり、慌ててマリーに抱きつく。



「靴の踵が壊れてますよ。動かないで」


 抱き合ったままの私達に声をかけてきたのは、シルフィード卿だった。


「申し訳ないが他に方法が思いつかなくて。抱えますよ。失礼します」


 そう言うと、私を抱き上げた。


「お嫌でしょうが、少しの間我慢してください。踵が折れてしまっては歩けないでしょう。馬車へお連れしましょうか? それとも図書館かベンチで待たれますか?」


 私は、抱き上げられた上に直ぐ側で話しかけられて、恥ずかしくていたたまれなくて真っ赤になって固まっていた。

 私が、いっぱいいっぱいなのを察したマリーが答えてくれた。


「馬車は返してしまいましたので、迎えを呼びますから、恐れ入りますがベンチへお願いできますか。お嬢様、しばらくそちらでお待ち下さいね。すぐ戻って参りますから。では、よろしくお願い致します」


「分かった」


 返事をするとシルフィード卿は、近くのベンチまで私を運んでくれ、そっとおろしてくれた。


「あの、本当にありがとうございました」


 私はどうにか恥ずかしさをこらえてお礼を言った。口から心臓が出そうである。


「いえ。ちょうど通りかかって良かった」


「シルフィード卿が助けて下さらなければ、二人でいつまでもあのままだったかもしれません」


「経緯を知らない人が見たら、抱き合ったままの二人を見て、何をやってるのかと驚いたでしょうね。ハハハ」


 シルフィード卿は楽しそうに笑った


「本当に。助けてくれるどころか、放って置かれたかもしれません」


「沢山の男性を泣かせるところでしたね」


 シルフィード卿がいたずらっぽい笑顔を浮かべた。

 

 キャーと心の中で叫んで悶えていると、声がした。


「エイミー大丈夫か?」


 ハァハァと肩で息をしながら、ランスが立っていた。


「連れがいたんだね。じゃあ失礼するよ」


「えっ、あ、ありがとうございました」


 違うと否定する間もなく、シルフィード卿はあっという間に立ち去ってしまった。


「あっ、エイミー邪魔してごめん。悪気はなかったんだ。図書館の中から、転びそうになるのが見えたから。大丈夫? どこか怪我しなかったか?」


 ランスが真剣な顔で聞くので、驚いた。


「ええ、メイドが支えてくれたから大丈夫だったわ。靴の踵が折れてしまって歩けなくて、そしたらシルフィード卿が通りかかって助けて下さったの」


「怪我がなくて良かった」


 そう言うと、ランスは隣にドサッと座った。


「はあ、疲れた」


「大げさねえ」


「うるさいよ。エイミーが怪我したかと思って慌てた俺の身にもなってくれよ」


「それは……心配してくれたのにごめんなさい。ありがとう」


「せっかくシルフィード卿と二人きりだったのに悪かったな」


「心臓が持ちそうになかったから、まあ許してあげるわ」


「ちえっ、やっぱりアイツがいいのかよ。こんなに俺が心配してるというのに」


「しょうがないじゃない、大人の魅力と余裕には敵わないわよ」


「大人の魅力の上にピンチを救ってもらったんだもんなあ。益々格好よく見えるよなあ。でもアイツはやめとけよ」


「はあ? 何でよ?」


「駄目だから駄目なんだ」


「まあ、心配しなくても相手にされないだろうから」


「そ、そ……」


「無理に慰めなくても良いのよ」


『そんなことないよ』と言おうとしてくれたのだろう。おかしくなって笑ってしまった。


 しばらく話しているとやっとメイドのマリーが靴を持って来てくれた。

 二人で図書館に戻ると、ランスは用事があったらしく、少しすると帰って行った。



 シルフィード卿のことを思い出してはその度に、キャーと心の中で叫んだ。

 格好良かったわ。すごく爽やかな香りがしたわ。香水の趣味も良いのねと考えて、抱き上げられたことを思い出して顔が熱くなるのだった。本を読むどころではなかった。

 結局30分もしない内に図書館を後にした。 



 家に帰ると母親にシルフィード卿へのお礼について相談した。母親は目を輝かせて私から話を聞き出し、大騒ぎした。


「まあ、これは恋の予感? アマンダもとうとう彼を思って眠れない夜を過ごすのかしら?」


「違います」


「いつも冷静なアマンダが、頬を染めながら話すんだから、違わないわよね。私の目は誤魔化せないわよ」


「赤くなってないわよ」


「目は潤んでるし、恋する乙女になってるわ」


 いつまでも乙女な母親は、恋愛話が大好物である。

 母の目に私がそう見えてるかと思うと、恥ずかしくていたたまれなかった。

 

 

 シルフィード侯爵家に、訪問の予約をとり、ドキドキしながらマリーと出かけた。

 初めに連絡をしたら、大したことをしていないので気持ちだけで充分ですからと言われたけど、お願いしてお伺いさせていただける事になったのだ。 


 侯爵家に着き、応接室に案内されるとシルフィード卿が、優しい笑顔で迎えてくれた。

 お礼を言い、用意したお酒を渡すと大変喜んでくれた。何を話そうかしらとドキドキしていると、ノックの後執事が入ってきて、シルフィード卿に耳打ちした。シルフィード卿がうなずく。


「アマンダ嬢、本日はわざわざありがとうございました。先ほどいらっしゃったばかりなのに申し訳ないのですが、急用が出来まして」


「いえ、お忙しい中お時間を作っていただきありがとうございました。では、失礼いたします」

 

 こうしてあっという間に私達は侯爵邸を後にしたのだった。



 

「はー」


 家に帰ると思わず大きいため息が出た。あんなにドキドキして行ったのに、あっという間に終わってしまった。


 そういえば、リリアナ姉様はジュード様と婚約する前はよく部屋で騒いでたわね。何をやってるのかと思ってたけど、やっと姉の気持ちが少し理解できるようになった。

 

 姉さんのように相思相愛になったらどんなに幸せだろうか。そしてまた私はため息をついた。



 姉は妊娠したらしく、ジュード様が過保護にしまくっているらしいと兄が言っていた。来年には私も叔母さんになるのだ。恋人すらいないのに。

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