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アマンダは2年生になった。寒い間は足が遠のいていた図書館に再び通うようになった。
初夏になり、今日もアマンダは図書館へ来ていた。しばらく本を読んだ後喫茶コーナーに行くと、シルフィード卿がいた。前と同じ席に腰掛けて、相変わらずお茶を時々飲んではぼんやりと窓の外を見ていた。
アマンダも席に座ると、チラチラとシルフィード卿を眺めていた。
「アイツが好きなのか?」
声に驚いて見れば同じクラスの男子生徒が直ぐ側に立っていた。ランス・ブランデール公爵子息だった。
「ち、違うわよ」
「ふーん。嘘が下手だね」
そう言うと、私の前の席に腰掛けた。
「そこに座らないでよ」
「アイツが見えないから?」
「アイツとか失礼じゃない」
「名前出していいの?」
「いや、それはちょっと」
感じは悪いが、図書館の静けさに配慮して小声で話しかけてきたし、名前を言わないなど気遣いだけは出来るらしい。
「アイツはやめとけよ」
「えっ?」
「俺がオススメ」
「はあ?」
「俺は結構いい男だよ。ルックスも良いし、性格も悪くない。次男なのが玉に傷だけど、成績優秀だから文官で出世も見込めるし」
「図書館はそういう話をする所じゃないのよ」
「だって話す機会ないだろ。学校じゃ全く男子生徒を相手にしてないから。こんな機会でもないと話せそうにない」
確かに、男子生徒とは全く話そうとしていなかった。
「だって興味無いもの。女の子と喋ってる方が楽しいわ」
「アマンダは外国に興味があるのか?」
「呼び捨てはやめて。人の読んでる本を見たの?」
「そうだよ。アマンダに興味が湧いた」
「だから呼び捨てはやめて」
「エイミーはよく図書館に来るの?」
「なんで愛称呼びになるのよ。意味分かんない。やめてよね。図書館にはたまに来るわ」
「何か意外だな」
「あなたもね」
「チャラチャラして見えるからか?」
「こんな所で女の子に声かけるなんて、チャラチャラした人でしょ」
「別にいつもやってるわけじゃない。エイミーに興味が湧いたから声をかけた」
「なんでよ」
「意外な面を見たからかな。図書館通いしそうにないし、読んでる本が恋愛小説じゃなくて外国の本だったし、男に興味なさそうなのに、アイツのことチラチラ見てるし。それと俺も外国の本を読みに来たから」
「えっ? そうなの? どこに興味があるの?」
つい聞いてしまい、そこから私達はしばらく話し込んだのだった。
次の日学校でランスを見かけたので、「御機嫌よう」と言ったら周囲からどよめきがおきた。
「ちょ、ちょっと、アマンダどうなってるの?」
「ランス、いつの間に仲良くなったんだ?」
「アマンダ嬢がブランデール卿に話しかけたぞ。なんでだ?」
背後でクラスの生徒達も騒いでいる。
「ま、間違えたのよ」
皆が騒ぐので、慌てて誤魔化そうとしたけど無駄であった。
「そんなつれないこと言うなよ、エイミー」
そう言いながら、ランスが私に向かって微笑んだので教室は大騒ぎになった。
「二人はお付き合いしてるの?」
「そんなわけない。ただの同級生」
「じゃあ何でそんなに親しそうなの?」
「ちょっと話す機会があって」
「えっ? デート」
「たまたま会っただけだから」
「それでそんなに仲良くなったの」
「女の子の友達と同じよ」
「いやいや、エイミーは俺の虜になったんだ」
わたしが、ただの友人だと言い張ろうとするのに、ランスは混ぜっ返す。
「そんなわけ無いでしょう。ふざけるのもいい加減にしてよ」
カラン、カランと鐘を鳴らす音が響いて、やっとこの騒ぎはおさまった。
休憩時間になると女の子達に囲まれる。
「何でランス様はアマンダをエイミーって呼ぶの?」
「名前を呼び捨てにするから、やめてと言ったら、エイミーと呼び始めたのよ。やめてって言ったんだけど」
「どこで仲良くなったの」
「もうその話はやめて! その話するならもう喋らないわ」
「じゃあお付き合いしてるわけじゃないの?」
「するわけ無いでしょ。もうこの話は終わりよ」
そう言うと、野次馬はやっと居なくなった。
「はあ」
休憩時間はいつも5人のグループで、食堂で食事をしていた。皆とゾロゾロ食堂へ向かっていると、「エイミー!」と、声がした。
聞こえなかったことにして、歩き続けた。
「ランチをご一緒させて頂いても?」
ランスが、後方を歩いていた私の友達二人に声をかける。
「ええ、もちろん」
後ろの二人は嬉しそうに即答した。そうきたか……
食堂に着き、席に座るとランスは当然のように私の前に座った。彼の連れの2人の男の子達も席に着いた。
「僕達もいいかなあ?」と、同じクラスの二人組がやって来て、集団お見合いのようになった。友人達の嬉しそうな様子に何も言えず、もくもくと料理を食べる。
周りでは会話に花が咲いている。ランスが話しかけて来ないなと思いながら、食べたスープが美味しくて思わず笑みが溢れる。
「やっぱりエイミーは可愛いなあ」
顔をあげると、ランスがこちらをじっと見ていた。
「ジロジロ見ないで」
「ごめん、ごめん。ついつい」
「ついついじゃないわよ。落ち着いて食べられないじゃない」
「そういえば、うちにレンドールの本が何冊かあるよ」
ランスはレンドールという国について書かれた本で私を釣ろうとする。
「えっ? 本当に?」
「読みたい?」
「うん! あっ」
「ははっ、昨日のエイミーだ。あんまり警戒しないでよ。取って食べたりしないから」
「そう言われても、あんなに騒がれたら何かやりにくくて」
「俺はめちゃくちゃ嬉しかったな、エイミーが挨拶してくれて。天にも昇る心地だったよ」
「……大袈裟ね」
「ハハハ」
ランスは楽しそうに笑った。周りが盛り上がっているので、私も遠慮なくランスと話すことが出来た。本を貸してもらえることになった。
こうしてランスが周りを巻き込んだお陰で、皆でワイワイ騒ぐ仲良しグループになって、私とランスが極端に目立つことはなくなった。他の男の子達も感じが良くて、友人達も楽しそうだし学校がさらに楽しくなった。
ランスがそばにいるお陰で、男子生徒に声をかけられることもほとんどなくなり、平和になった。