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ハニー、俺の隣に戻っておいで  作者: 浦木 理衣
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第9章 あの人、あなたの奥さんですよ

イザベラの顔はひどく腫れ上がっていて、ほとんど誰だかわからない程だった。


「大丈夫?」

ニーナはイザベラの腕を掴むと、彼女の顔の泥水を袖で拭きとった。 そうしている間も、イザベラを心配しているふりを続ける。


「大丈夫だと思う? 警察を呼んで、 一人残らず捕まえてもらうわ! 全員、ぶっ殺してやる!」

イザベラはギリギリ歯ぎしりしながら怒りで震えていた。


しかし、ニーナは彼女の電話を取り上げると、穏やかな口調で説得しようとした。

「イザベラ、だめだよ。 警察に通報するのはやめた方がいいって。 あなたのような女性が不良グループに殴られたなんてニュースが広まったらどうするの? 大スキャンダルになって、あなたの家族まで恥をかかされるのよ」


「じゃあ、諦めて放っておけっていうの?」

イザベラは軽蔑するように歯ぎしりをして、子供のように地団駄を踏んだ。 彼女はバラバラになってしまいそうだった。


「体中が痛い。 きっと顔も腫れて血が出ている」

こんなひどい目にあったことは一度もなかったのに。 彼女は子供の頃から絶えず甘やかされていた。 体中の痛みがイザベラをさらに苦しめ、哀れな気持ちにさせる。


けれども、皮肉なことに警察を呼んで訴えることもできないのだ。


もしこの出来事が本当に知れ渡ってしまったら、どうやって世間と向き合って生きていけば良いのか?


イザベラは、憎しみに燃える瞳でギロリと路地の端を見つめるしかなかった。 さらに憂鬱なことには、沈黙を貫くしか打つ手がないのだ。


「痛い、本当に痛い。 もう我慢できない、病院に行く」


「わかった。 連れていってあげる」


そう言うと、ニーナはイザベラの腕を掴んで交差点まで歩いて行く。 そしてタクシーを呼ぼうとしたとき、鋭い口笛が聞こえたので何気なく周囲を見回した。


「え?」


あいつだ! なんでこんな所にいるの? ニーナはびっくりした。


目の前にタクシーが止まると、 ニーナはひとまずイザベラを車に押し込む。 そして自分も乗り込もうとしたとき、ふと思いついた。


あいつがいるんだったら、話をしてこなきゃ。


「イザベラ、私、一緒に行けないの。 ちょっとやることがあって」

「彼女を中央病院に連れて行ってください」

ニーナは運転手にお願いした。 そして、なにを期待しているように、車のドアを閉めた。


その男との約束を思い出してニーナは満面の笑みを浮かべた。


「こんにちは、おじさん」

ニーナは彼に甘い笑顔を見せる。


その間ずっと、ジョンは彼女を近くで見つめていた。 ニーナがそんなに素早く反応するとは予想外だったが、ジョンは彼女と面と向かい合うと、一度目の再会をカウントダウンした。

「約束した後、初めて会ったね」


「そうね」

ニーナは熱っぽく答える。


しかし、なぜこの男はニーナと偶然再会して興奮しているのだろう?


とても奇妙だった。


「ありがとう、おじさん。 また会いましょう。 さようなら!」

ニーナにはまだ、イザベラを見舞いに病院に行くという仕事が残っていた。 なにしろ、最後まで親友の振りを演じ続けなければならないのだ。


さらに大切なのは、イザベラがどうして彼女を裏切ったのか、それを知る必要があった。


「何だって?もう行くのかよ?」

ジョンは少し苛ついた。


しかし、ニーナには彼が最後に言った言葉は聞こえていなかった。


ヘンリーは頷きながら「行っちゃいましたね」と言った。


親身な忠告はいつだって無視されがちだ。 ジョンはがっかりしてニーナが消えた方向を見つめながら、悪巧みをしていた。


実は、ニーナに出くわすためにわざとこんな所にやって来たのだ。


それなのに、彼女は挨拶だけしてさっさと立ち去ってしまった。 それでジョンは怒っているのだ。


「待てよ!」

ジョンは冷たく威圧的な顔で、まだ遠くまで行っていないニーナに向かって叫んだ。 その厳しい口調はヘンリーを震え上がらせる。


ニーナは足を止めた。 なぜこの男はいつもあれこれ指図してくるのだろう?


「子供の頃、両親がとても厳しかったせいに違いない」と彼女は思った。


ニーナは馬鹿ではないので、必要以上に彼と話すつもりなどなかった。そして再び足早に遠ざかって行く。 不意に、背後から冷たい脅すような声がする。「後悔しても知らないぜ!」


「後悔?」 そんな単語はニーナの語彙にはなかった。


彼女はこっそり家出したときも、もし捕まれば、暗くて小さな部屋に閉じ込められて世間から隔離されてしまう可能性だってあったのに、まったく後悔などしなかった。


後ろの車はニーナに追いつくために加速し、通り過ぎてしまうと、今度はわざとゆっくり走り始めた。 ハンサムだが悪魔のようなその男は、満足そうに澄ました笑顔を彼女に向けている。


そして、携帯電話を指でつまんで窓から差し出して見せた。 挑発しているのか、さりげなく警告しているのか、意気揚々と電話を振りかざしている。


ニーナが目を凝らして見ると、それは録画だった。


車は動いていたが、録画された人物が自分に他ならないとはっきりわかった。


ニーナは固まり、急に寒気を感じた。


録画されたの!? 嘘でしょう?


ニーナは憤慨し、怒りと後悔でいっぱいだった。 そして拳を握りしめ、車に向かって空中で激しく振り回した。


彼女が落ち着きを取り戻したとき、マイバッハはすでに視界から消えていた。


一方、ジョンは携帯電話を手にして画面上のニーナを熱く見つめていた。 ビデオの中の彼女は騒ぎを眺めながら隅に隠れている。 その姿を見て表情を緩ませながら「この、殴られているのは誰だ?」と尋ねる。


「ああ、チャン家のイザベラさんです」

ヘンリーがすぐさま答える。 運よく彼は、毎日抜け目なく行動しており、レキシンポート市のあらゆる重要人物に注目していたのだ。


「チャン家はここ数年で伸びてきているらしいな。 ちょうど帰国したところだし、敬意を表して素敵なプレゼントをあげなくちゃな」


(ニーナ、このプレゼント、特におまえのためだぜ。やたら意地っ張りで頑固だから。けど、おまえが怒ってるの見るの面白いんだよな)

ジョンは考えに耽っていた。


「プレゼント?」

ヘンリーが戸惑って車のバックミラーを一瞥すると、ジョンが邪悪な顔で携帯電話を穴があくほど見つめているのが見て取れた。


ヘンリーは、ジョンが録画したビデオの内容のことを思ってショックを受けていた。


「今度は何を企んでいるんだ?」

ヘンリーは不信を募らせながら考えた。


「ビデオをコピーしてチャン家に送ってやれ」

俺はあいつに、さっさと立ち去ったことを後悔させてやると言ったんだ。


ジョンは心の中でそう呟く。

(シー社長、 本当によろしいんですか?考え直してくださいよ、 法的にはあなたの奥さまなんですよ! 罠なんか仕掛けていないで、ちゃんと扱ってあげてくださいよ)


ヘンリーはジレンマに陥っていた。 ニーナが誰なのか、ジョンにばらしてしまいたかったが、 しかし、ジョンは騙されるのを最も嫌っているのだ。無論、二人の関係が陰謀というわけではないのだが。 目下、ジョンはニーナが面白い女の子だと思っているが、 本当は何者なのか知ってしまったら間違いなく離婚するはずだ。


騙されたという事実の前では、少しばかり面白くても価値はなくなってしまうだろう。


(どうしたらいいの?)

ヘンリーは思った。


「何?」

ジョンはイライラして頭を上げ、冷たい突き刺すような目でヘンリーを見つめる。


ヘンリーはすぐに黙った。 彼は泣きそうになったが、流す涙がなかった。 できることといえば声にならない恨み言を言うばかりだ。

(シー社長、最終的にあなたの方がご自身のなさった事で後悔されるのではと心配なのですが)


一方、チャン家はすぐにイザベラに起こったことを聞きつけ、看病しに中央病院に駆けつけていた。


ニーナは、イザベラがちゃんと看病をされていて、自分の演技はもう必要ないことを悟ると、他の仕事に取り掛かるために立ち去ることにした。


まずなんとかしなければならないのは、キャンパス・フォーラムだ。


両親がすすり泣く娘を慰め終えるとすぐに、イザベラの母親、アメリア・ファンは助手から電話を受けた。


「ファン様、 良くないお知らせがありまして。 誰かがキャンパス・フォーラムにイザベラさんが殴られている写真を投稿したようです。下劣な悪口の嵐ですよ。 投稿されてから何分も経っていませんが、もう注目の的です」


「何ですって?」

アメリア・ファンはこめかみがズキズキ痛むのを感じ、頭が爆発しそうだった。 彼女は会社でなんとかしなくてはいけない問題をすでにたくさん抱えているのだ。そして、今これである。 今頃みんな彼女の最愛の娘が病院にいることを知っているだろう。暴行されたとあっては病院に行くに決まっているからだ。


それはファン家とチャン家の両方にとって恥ずべきことだった。


「役立たずね! 何を待っているの? さっさと投稿を削除してもらってちょうだい!」


「奥様、 投稿者に関する情報が見つからないんです。これでは削除できません。 大学の担当者とフォーラムの閉鎖について話し合ったのですが、それはできないとのことです」


率直に事実を述べるアシスタントの震える声は、アメリア・ファンをさらに激怒させた。


「役立たずばかりじゃないの! 大事な時に限って、使えないわね! できないって言うなら、できる人を探してちょうだい。 いくらでも払うから」


イザベラはその横で母親の怒りに唖然としていた。 彼女は泣きながらパニックになって尋ねる。

「お母さん、教えてよ、何があったの?」


会社に何か問題があるのではないかと心配していたのだ。


「あなたは関係ないわ。 今日明日は携帯電話を使っちゃだめよ。 あなたのお父さんが面倒を見てくれるからね。 私は至急やらなきゃいけないことがあるの」

そう言って夫に釘をさすと、すたすた歩き去って行った。


「わかった、使わない」

イザベラはしぶしぶ約束した。 けれども焦った彼女は、母親の言うことは無視することにした。 アメリアが立ち去るや否や、さっと携帯電話を取り出す。


誰かが、学校のフォーラムで今人気の投稿をチェックするようにリマインダーを送ってきていた。

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