表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハニー、俺の隣に戻っておいで  作者: 浦木 理衣
4/50

第4章 俺を騙そうってのか?

息子が署名するかどうか、サムにはわからなかった。


でも、彼の息子はあまりにもプライドが高く傲慢で、世界中のどんな女性も自分とは釣り合わないとすら考えている節があるから、 おそらく署名してしまうはずだ。


しかし、ジョンはまだ、自分にとても美しい妻がいることを知らないのだ。


「おじさん、やらなくちゃいけないことがあるので、 もう失礼します」

ニーナは言い訳をでっち上げ、逃げるように去った。


言うまでもなく、彼女はサムがすぐに同意したことに驚いた。 しかし、また独身に戻って二千万ドルを払う必要もないと思うと、周りの空気が軽くなったようだった。


離婚すれば、本当に好きな人と付き合うこともできる。


ニーナがいなくなると、ジェイクは手元の離婚届を見て、「ご主人、本当に離婚に同意なさるんですか?」と尋ねた。


「離婚?なんの話だ?」

正直なところ、サムは不機嫌だった。


義理の娘を手に入れるのにどれだけ大変な思いをしたことか! それなのに今さら手放せるだろうか?


「では離婚届は…… ジョン様にお渡ししますか、 それともやめておきますか?」

すこし躊躇ったが、ジェイクは尋ねた


サムが離婚届を一瞥したとき、彼の目には鋭い光が宿っていた。

「どこかしまっておける場所を探しなさい。 わしは歳で物忘れがひどいからね」


何しろ、彼もそこそこいい歳だったので、物忘れは不思議ではないのだ。


「かしこまりました」

ジェイクは、サムがジョンに離婚届を渡す気などさらさらないことをすぐに理解した。


一方サムはずるそうな顔をする。


そのとき彼は、末っ子が戻ってき次第、忘れずに叱りつけようと心の中で誓った。 けれども、そのせいで帰宅途中のジョンがくしゃみをしているとは思わなかった。


「ハクション……」


突然くしゃみが出たのでジョンはびっくりした。


ヘンリーは運転しながらバックミラー越しに上司に目をやった。

「社長、大丈夫ですか? エアコンを消しましょうか?」


ジョンは質問に答える代わりに、「運転に集中しろ」とぴしゃりと言った。


「わかりました」

ヘンリーは無視されたが、眉を少し上げただけだった。


車は角を曲がるとスクエア通りに入った。


ヘンリーはウインカーを出してハンドルを回し、 万が一の事故を避けるため曲がる前にクラクションを鳴らした。


ところが、車が道に入るといきなり人影が現れた。


ヘンリーは驚いてすぐにクラクションを鳴らし、急ブレーキを踏む。


けたたましいクラクションを聞いて、独身に戻った喜びに浸っていたニーナがぱっと頭を上げた。


マイバッハが向かってくるのを見て、ニーナは一瞬我を失った。


でも、足は鉛のように重く、動かすことができない。


「停まって、 車、停まって!」

彼女の心臓はバクバク鳴り、目は大きく見開かれていたが、足を動かすことだけはできなかった。


ギリギリのところでヘンリーはなんとか車を止めた。


アスファルトに焼けたような匂いが立ち込める。


車とニーナの間にはほんの少しの隙間しかなかった。 車が停まるのがほんの一瞬でも遅ければ、彼女は轢かれて今ごろ天国に召されていただろう。


あまりの出来事にニーナはバランスを失って地面に倒れ込み、手をついた拍子に皮がむけてしまった。


彼女はまだショックを受けてるようだ。


二人の男も車の中でひやりとしていた。 急ブレーキの慣性で二人とも前につんのめったのだ。


ヘンリーはハンドルを握ってとっさに身構えた。


その一方、ジョンは運悪く、 座席の背もたれに倒れかかり、ピシッとアイロンをかけたシャツにしわが寄った。


「ヘンリー!」

ジョンが怒って叫ぶと、 彼の眉間のしわは、服のしわよりも深く刻まれた。 そのきついしわは、彼が激怒していることを物語っている。


ヘンリーは背骨がさっと冷えるのを感じた。


今日はじめて上司と働くというのにアクシデントばかり起きるとは、 どうかしてるのだろうか?


ヘンリーは叱られるのを覚悟して歯を食いしばり、言い訳した。

「女性が飛び出してきたんです。 申し訳ありません、社長!」


しかし、ジョンはヘンリーを睨むとゆっくり腰を下ろした。 そして服のしわを伸ばし、車の前に座り込んでいる女性を一瞥した。


黒い髪と青白い顔の半分だけが見えるだけだったが、ジョンは一層気分を害した。


彼は無情にも、目をそらすと 「行くぞ」と言った。


ヘンリーは唖然とした。 女性に大丈夫かどうか尋ねるべきではないか?


でも、彼の上司はいつだって無情なので、 そんなことをしないのも想定外ではなかった。


それより、仕事を失わないことの方が大事だ。


すると、ヘンリーはハンドルを回し、ニーナが我に返ったときには、二人を乗せた車はもう立ち去ろうとしていた。


それを見た瞬間、ニーナは昨夜の仕打ちと手のひらの痛みを思い出し、 急に腹が立ってきた。


手のひらの痛みを我慢して素早く立ち上がり、手を伸ばして車を止める。


ヘンリーは二度目の急ブレーキを踏んだ。


ジョンはいらいらと目を閉じ、次に目を開けたときには前より冷たく光っていた。

「社長、あの人が止めるんですよ」


ニーナは髪の毛もぼさぼさのまま車に近づくと、窓をノックした。 窓が開くや否や、「あんたたち、私を轢きかけたのよ、わかってるの?」と言う。


白い服を着て髪を振り乱したニーナは仕返しに来た幽霊のようだった。 ヘンリーは少し怖かった。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」

そうたずねると、ヘンリーは恐る恐る唾を飲んだ。


大丈夫なわけないでしょ? ニーナはその男を馬鹿にしてやりたい気がした。


彼女が手を伸ばして黒い髪を耳の後ろに押し込むと、顔全体が現れる。 そして、怪我をして血の出ている手を差し出した。


「病院に連れて行ってちょうだい」


サムの家を出てから事故に遭ったとき、ニーナはまだタクシーを拾っていなかったのだ。


彼女の顔全体を見て、ヘンリーは目を丸くした。


社長の奥さんじゃないか?


ヘンリーは思わず振り返ってジョンを見たが、彼はすでにニーナを見つめていた。


すっぴんの彼女の顔はとても繊細で、琥珀色の瞳は涙を溜めて輝いていた。 そのアーモンド型の目は図らずも誘惑に満ちていた。


「おい、お嬢さん」

彼女を見たジョンは思わず、昨日彼女が泣き縋ってきた様子を思い出して、すっかり機嫌を直した。


まるで運命が二人を再会させたかのようだ。


しかし、ジョンはそれが偶然なのか彼女が仕組んだことなのかわからなかった。


彼は騙されるのが一番嫌いなのだ。 そう思うと、ジョンの笑顔はだんだん消えていった。


ニーナが声のした方を向くと、そこには二千万の慰謝料を負うかもしれない原因を作った男がいた。 怒りが高まるにつれてニーナの唇が乾く。


彼女は唇を少し舐めた後、「おじさん、何でまたここにいるわけ?」と尋ねた。


しかしその姿は可憐だった。


昨夜、彼女は運悪くこの男に捕まり、挙げ句の果てに乱暴されたのだ。 もう二度と会うことはないと思っていたのに、何でまた会う羽目になるのか?


昨夜はこの男に殺されかけ、そして今度は何だ? またそうするつもりなの?


ニーナにおじさんと呼ばれ、ジョンは一瞬で不機嫌になった。 ついさっき、ニーナをお嬢さんと呼んだし、 もう三十路になって、 家族にも彼をおじさんと呼ぶ三人の子供がいるので、そう呼ばれても納得いかないわけではないと思うと、また機嫌を直した。


「お嬢さん、俺にまた会ってしまって残念か?」

彼の声には失望の兆しがあった。 数え切れないほどの若い女性がジョンに夢中になり、彼の地位、才能、外見に惹かれて追いかけ回すほどなのだ。


なのに、なぜこの女は彼をこうも避けたがるのか。


彼が彼女に手を出すと恐れっているのだろうか?


あっ、そうだ。昨夜そうしたばかりだった。


ニーナは何も言いたくなかった。


嬉しいわけがないに決まっているじゃない。


この男は頭がおかしいんだろうか?


ニーナは、この男はハンサムだが、残念ながら精神病院から抜け出した不良か何かだろうと結論を下した。


「さようなら」

車に乗っているのが昨夜の男だと気づくと、ニーナは病院に連れて行ってもらうよりもタクシーに乗る方がましだと思った。


「待て!」

昨日は彼の言うことを聞かないくせに。


今もそうだ。


そう思うと、ジョンの顔は暗く冷たかった。 彼はドアを開け、ニーナを引っ張ってシートに座らせた。


ジョンの背の高さが、狭い車内では、見下すようなプレッシャーをニーナにことさら感じさせる。


「何がしたいんだ?」

男の冷たい顔を見つめていると、ニーナは少しぞっとした。


ジョンはかすかに微笑むと彼女のあごをつまむ。

「おい、誰が俺を騙すようにおまえを唆したんだ?」


彼はわざと高圧的に声を引き伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ