最強の公爵令嬢の初めての恋
リストリア・アマンディ公爵令嬢は、銀の縦ロールが有名なキツイ顔立ちをした令嬢だ。
彼女はそれはもう、正義感が強かった。
夜会では、下位の貴族の令嬢がマナーがなっていないと、取り巻き達と共に囲って注意をし、
高位の貴族令息でも、素行が悪い者がいれば、喧嘩を売るようにそれはまた、注意をして、
ともかく正義感の強い口うるさい令嬢だったのである。だから敵も多かった。
とある夜会の帰り道、リストリアを迎えに来た公爵家の馬車に乗り込めば、怪しげな馬車が後を追いかけて来る。
リストリアは扇を口にあてて、御者に命令する。
「馬車を止めなさい。」
「はっ。お嬢様。」
「お前達はわたくしの仕置きが終わるまで、ここで待機していなさい。」
銀を施した豪華なドレス姿のまま、馬車を降りれば、数人の人相の悪い男達に囲まれて、
「悪いな。お嬢さん。とある方から痛めつけるように言われているんでね。」
「ほら。おとなしくいう事を聞くんだな。これは上玉だ。」
蒼い月灯りの下、リストリアは冷たく微笑んで、
「お前達は命が惜しくないようね。いいわ。わたくしの力見せてあげましょう。」
男達はギリギリと歯ぎしりをしながら、目を凶悪に光らせて
「何をっ。」
「やっちまえ。」
わめいて襲い掛かって来た男達をリストリアはドレスをたくし上げて、まずは一人目のパンチを避け、足で回し蹴りを食らわす。その威力は強烈で男は腰に受けてすっ飛んでしまった。
「このあまっ。」
二人目の男が、リストリアに襲い掛かる。
身を交わして、男のパンチを顔に当たる寸前で避け、勢いをつけて、鳩尾に回し蹴りの渾身の一撃を食らわす。
「ぐうううっ。」
女とは思えないリストリアの蹴りの衝撃を受けて、男は吹っ飛んだ。
他の男達はその様子を見ていたが、
「出直すぞ。覚えておけ。」
そう言って、倒れた仲間を背負って姿を消した。
リストリアの背後から声がする。
「何で僕たちを使わないのさ。御主人様。」
「そうだ。そうだ。僕たちを使ってよ。」
ウリとルマ。一つ角を持ち、緑のふわふわの髪、白い羽を持つ妖精のような小さな少年が二人、リストリアの背後から現れる。
リストリアは二人に向かって、
「わたくしにはわたくしの楽しみがありますわ。貴方達にやらせたら、一瞬で終わってしまうでしょう。」
ウリはにっこり笑って。
「食虫植物で溶かすのもいいよねーー。」
ルマもにっこり笑って、
「大カエルでぱくっとするのもいいかもしれないよー。」
このリストリアという公爵令嬢、口うるさいだけでなくて、精霊まで操る最強な女性だったのである。
両親の悩みはこの最強な公爵令嬢の結婚相手だった。
「誰かリストリアを貰ってくれないか…」
父のアマンディ公爵は頭を抱える。
母のアマンディ公爵夫人も、
「本当に。何件これで断られたかしら。」
皆、リストリアが口うるさいのと、恐ろしく強い令嬢だと噂が立って、
誰も結婚相手に望まないのだ。
リストリアは優雅に紅茶を嗜みながら、
「わたくし、一生、独身でもよろしくてよ。いっそのこと、旅にでも出ようかしら。
隣国で冒険者になっても楽しいかもしれませんわ。」
アマンディ公爵は慌てて、
「お前は一人娘なんだぞ。頼むから婿を貰って、この公爵家を継いでくれ。いや、公爵家は親戚から養子を貰ってもいいのだ。ともかく、ともかくだ。リストリアを誰かっ、貰ってやってくれっーー。公爵令嬢が冒険者などと…」
アマンディ公爵夫人も涙を流し、
「そうよ。大事な一人娘が旅に出てしまうなんて。わたくしとしては悲しくて悲しくて。」
リストリアは両親に、
「そうですわね。どうしてわたくしには、クズのような婚約者とか、何でも欲しがる妹とかいないのかしら。いたらウンと虐めてさしあげるのに。」
目をキランと光らせるリストリア。
両親は思った。
いかにクズ男な婚約者でも逃げて行くだろう。まずは婚約者になりたがらないだろう。
何でも欲しがる妹がいたとしても、こんな恐ろしい姉から物を欲しがるものか。
命の方がいくらなんでも大事だ。
しかし、そんな最強の女、リストリアが恋をしたのである。
王宮には色々な部署があり、中でも、精霊研究室と言う部署があって、そこの研究室長がエレム・ハレンストという男であった。ハレンスト伯爵家の次男、黒髪でまぁまぁハンサム。それなりにモテるのだが、女性に興味はなく、ひたすら精霊を研究しているという仕事オタクである。その仕事オタクが、リストリアに憑いているウリとルマに興味を持ち、研究に協力したいとアマンディ公爵家に打診した事から、出会いは始まった。
リストリアは精霊研究室に通う事になったのである。
勿論、二人きりで会う訳でもなく、数人の研究員の元、ウリとルマを出現させて、
力を見せたり、話を聞かせたり、色々と精霊研究に協力した。
エレム達研究員は、ウリとルマに話しかける。
「君達はどんな能力を持っているんだ?」
「どうして、リストリア嬢と契約をしているんだ?」
ウリは皆に向かって説明する。
「リストリア嬢とは生まれた時からの契約なんだ。」
「精霊王様がリストリア嬢は強い星を持っている。だから、お前達はリストリア嬢と契約をして、更に彼女が高みに登るのを助けなさいって。」
エレムはメモを取りながら、
「精霊王様がリストリア嬢を高く買っているのか。」
リストリアは扇を手にオホホホと笑って、
「わたくしは大した女ではありませんわ。精霊王様にお会いした事もありません。」
他の職員達もメモを取りながら、
「君達の能力はどういう物があるのか。」
ウリはにっこり笑って、
「ここで出現させたら危ないよ。植物を僕は操る事が出来るんだ。化け物のように巨大化させる事も出来るし、綺麗な花を沢山咲かせる事が出来る。」
ルマはぷうっと頬を膨らませながら、
「僕は魔物を操る事が出来るし、呼び寄せる事も出来るよーー。リストリア様が危ない目にあったら、魔物を呼び寄せて、八つ裂きにしちゃいたい。でも、リストリア様は強いから、出番がないんだ。」
リストリアは優雅に紅茶を飲みながら、
「自分の身は自分で守れないと、それは最低限の女性の嗜みですわ。」
研究員全員が思った。
この令嬢…怖すぎると…敵に回したら、一族郎党根絶やしにされると…
ただ、エレムだけは別の想いを持った。
エレムはリストリアの事を惚れ惚れとした顔で見つめ、
「素晴らしい。なんて素晴らしいご令嬢だ。どうか私と付き合って欲しい。」
「え??????」
研究員達は思った。
エレム室長ってどエム????
リストリアは目をパチパチして、
「初めて、殿方から交際を申し込まれましたわ。」
「なんて皆、見る目がないんだ。こんな素晴らしい令嬢を。」
「よろしくてよ。まずはどこかへ連れていって下さる?」
「ああ…まずはデートだな。喜んで。」
エレムと共に道を歩くリストリア。
こうして男性と二人きりで道を歩いた事はなくて。
なんて新鮮な経験なのでしょう。
エレムは優しい眼差しでリストリアを見つめ、
「まずはどこへ参りましょうか。私も仕事ばかりしてきたから、こうして女性と歩くのは初めてで。」
「そうなのですか。こういう時はどこへ行くべきなのでしょう。」
「ああ、それでは精霊博物館へ参りませんか?私達が研究した成果が展示してある博物館なのです。」
「まぁ、それは素敵な。」
二人は精霊博物館へ行き、色々な精霊に関する研究成果がパネルになって貼ってある展示物を見て回った。
「この精霊は闇を操る精霊なのです。その精霊が闇の呪文を唱えると、昼なのに一瞬にして夜になり、日の光が差し込まなくなって、滅びた世界があるという話です。」
熱心に、説明をするエレム。
それを聞きながらリストリアは思った。
なんて、真面目な人なのかしら。わたくし、まっすぐで真面目な方、好ましく思いますわ。
そう、この令嬢も、曲がった事が大嫌いな堅物であった。
仕事オタクなエレムと、曲がった事が嫌いな最強のリストリア。
ガッチガチなお堅い二人が、ガッチガチの真面目なデートをしていて。
エレムが別の精霊を説明する。
「こちらの精霊は恋の精霊で、ふううっと花びらを飛ばして、恋人たちを祝福すれば、
恋人たちは更に愛を深めて幸せになれるという話ですよ。」
「花びらを精霊様から授かればよいのですね。」
「私達も…その…授かれればいいと。思ったのですが。リストリア嬢はなんて美しい。
そして強くて…私は貴方の事が…」
「え…エレム様…」
ここは博物館。しかし、人は二人しかいない。そう、あまり流行っていない博物館なのだ。
どこからか花びらが降って来て、
エレムとリストリアは花びらを手に取り、
「精霊が私達を祝福しているのか。」
「そ、そうですわね…」
互いに真っ赤になる二人。
なんとも言えぬ気恥ずかしい想いを持って、博物館を出て見れば、
この間、リストリアを襲った男達が20人ほど、待ち伏せをしていた。
「この間は酷い目にあったが、今日は人数を増やしてきた。」
「リストリア。覚悟をするがいい。」
リストリアはエレムを庇って前に出る。
「エレム様には指一本触れさせませんわ。」
エレムはリストリアに向かってきっぱりと、
「君の強さは素敵だけれども、私だって君にいい所を見せたい。」
そう言うと前に出る。
男達は叫んだ。
「者ども、かかれっ。」
その時、ドドドンと音がして、地からツルが多数飛び出て、男達を縛り上げる。
20人に及ぶ男達は太いツルにギリギリと締め上げられて悲鳴を上げて。
「助けてくれっーー。」
「勘弁してくれっ。」
リストリアは、ウリに話しかける。
「ウリ。貴方が植物を操ったの?」
ウリが現れて、
「僕は何もしていないよ。」
エレムがリストリアに、
「私がやったんだ。私はその…精霊の血が流れていてね。少しは植物を操る事が出来る。」
リストリアは思った。
自分より強い男性に出会った事はなかった。
今回、助けてくれたエレムに対して、胸がドキンと高鳴る。
「これが恋ってものかしら。」
リストリアの言葉にエレムも赤くなって、
「私は君に恋をしてしまったようだよ。美しくて素敵なリストリア。」
互いに熱い眼差しで見つめれども、互いに初心な二人はキスをするわけでも無く、
「さ、さぁ行こうか。」
「そうですわね。」
何とも言えない照れ具合でその場を後にするのであった。
二人の恋はちゃんと進展するのか。という周りの心配と共に…
ガッチガチに初心な二人の恋は、今日も精霊達に見守られ、
正義という名で幾多の犠牲者を出しながら、ゆっくりと紡がれていくようだ。