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⒋雨のち、

彼女はフェスに向けて忙しくしていた様で、なかなか会う機会が減っていた。

気が付けばフェス当日。

僕の手にはチケットがあった。

いままでこんなリア充イベントには無縁だった僕がなぜこんなものを。

見つめながら思う。

最初の頃、行く気はなかった。

しかし、コンビニのポスターを見て吸い込まれるように店内に入り、チケットを購入していたのだ。

準備もネットを参考に完璧だ。

ただ心配なのが天気だった。

ここの所ずっとぐずついていた。

屋外イベントなので、豪雨になれば中止となる。



会場に着くと入口にはフェスを楽しみにしている人達で賑わっていた。

動きやすそうな服で小さなバッグを背負い、首にはマフラータオルがかかっている。

受付ではこの為に集められたバイトであろう、大学生くらいの人達がテキパキと客を捌いていた。

列に並び、僕も捌かれる。

リストバンドを巻かれ、ゲートを潜る。

テントと人だかりがあると思ったら、グッズ売り場だった。

彼女のバンドはグッズを販売しているのだろうか。

見てみようと思ったが、あまりの人混みに気圧されてそのままステージの方へ向かってしまった。

さすがにまだ人はまばらだった。

時間も早いし、トップバッターの彼女達のことは知らない人も多い。

それでも人はそこそこいるのに僕のことを見つける彼女は凄いと思う。

「おーい!来てくれたんだ!」

ステージ横から大きく手を振りながら叫んでいる。

これから準備があるのだろう。

周りにバンドメンバーらしき人達もいる。

少し恥ずかしいので軽く手を上げるだけで、観客席の方へ向かう。

スタンディング席と座る席、迷わず座る。

ガチ勢と一緒に盛り上がれる自信が無い。

時間までゆっくりしていよう。

舞台袖では彼女達は忙しくしているだろうな。

さっきまで彼女達がいたステージ横をちらりと見ると、駅ビルであった女の子がいた。

なんだか胸がザワつく。

以前会った時の感じから、応援に来たとは考えにくい。

女の子のもとに彼女が出て来た。

話をしているようだが、ここからでは全く聞こえない。

すると、すぐに彼女はどこかへ走って行ってしまった。

何かあったのか。

僕はあの女の子に話を聞こうと再びステージ横へ向かう。

そこへ、僕より先にギターを担いだ男の人が現れた。

女の子は最初驚いたようだが、その人とも軽く言葉を交わした後すぐに別れた。

そこで僕はやっと女の子の前に立った。

「さっき、何を話してたの?彼女とはどういう関係?」

「あんた誰?こっちのセリフなんだけど。」

あからさまに嫌そうな顔をしながら言う。

「僕は彼女の友人さ。で、彼女はどこへ行ったの?」

「あーこの前あの子と一緒にいた人だ。知らないわよそんなの。」

シラを切るつもりか。

「じゃあ、さっきなんて言ったの?」

「特に何も。がんばれーって。」

嘘だ。

この子が彼女に頑張れなどと言う筈がない。

これ以上話しても無駄か。

「どういうこと?」

それまで女の子の後ろにいたさっきのギタリストが間に入ってきた。

「知らなーい。この人私の事なんか疑ってるみたい。」

急に表情と声色が変わる。

僕は見てきた事を伝える。

すると、ギタリストの人は女の子に向き直り

「知ってるんでしょ、彼女がどこに行ったか教えて。」

と強めの口調で問いただした。

女の子はそんな風に言われるとは思わなかったのか、涙目になりながら

「……第2会場の…裏の倉庫…。」

とぽそりと呟いた。

僕は走った。

第2会場がどこかとか考えるより先に体が動いた。

少し遅れてギタリストの人も追いかけて来てくれた。

「こっちだ!」

場所を指し示してくれる。


ポツッ


腕に水滴が落ちてきた。

雨だ。

豪雨になればフェスは中止。

彼女が楽しみにしていたライブは出来なくなる。

いや、そんなことより


彼女が泣いている。


早く。

早く彼女のもとへ行かなければ。

気持ちが急ぐ。

倉庫…あれか。

周りは土の地面。

泥が跳ねる。

そんな事は気にしていられない。

入口は何処だ。

「あれだ!」

ギタリストの人が扉を指差す。

中から開けられないように外側にダンボールの荷物が置いてある。

僕らはそれを力任せにどけて扉を開けた。

中では彼女が膝を抱えてしゃがんでいた。

入ってきた僕らを見るその顔は情けない表情をしていた。

「大丈夫か?」

僕が近寄ると、

ガバッ

と抱きついてきた。

その勢いで僕は後ろに尻もちをつく。

「このままライブがダメになったらどうしようかと思ったぁぁー。」

抱きついたまま泣きじゃくる彼女の頭を左手でポンポンしながら右手では自分のおしりをさすっていた。

「そろそろいかないと時間が。この雨だからどうなるかわからないけど。」

ギタリストの人が腕時計を見ながら言う。

「そうだ、行かないと。夢のステージなんだろ?」

コクリと頷く彼女。

「皆が待ってる。…僕も。」

そう言いながら、僕は彼女の涙を手で拭う。

「行ってくる。見てて私のステージ!」

立ち上がった彼女はギタリストと共にステージへ駆け戻って行った。


後で聞いた話だが、ギタリストの人は元々女の子のバンドにいたらしい。

付き合っていたのだそうだ。

しかし、別れてからバンドは解散。

直後にギタリストは彼女のバンドへ。

それからバンドの勢いも良くなっていったため女の子は面白くなかったのだろう。

男もバンドの人気も取られたと思ったのだ。

その腹いせに倉庫に閉じ込めることを思い立ったということだ。

適当に彼女を倉庫に呼び出し、お仲間が閉じ込めたのだ。

小学生かと突っ込みたかったが、呆れてものも言えなかった。


僕が会場に戻ると観客席には人が大勢いた。

最初に座っていた所には既に別の人が座っていた。

仕方なくスタンディングの後ろの方に行く。

雨はまだポツポツ降っている。

灰色の雲も厚い。

近くに居る人達が

「これは途中で中止かもね〜。」

と話している。

でも大丈夫。


BGMが止まった。


僕は知っている。


曲が変わる。


彼女が笑って歌えば。


バンドメンバーが舞台袖からステージ上に現れた。

彼女がマイクの前に立つ。

「雨の中待っていてくれてありがとー!」

会場のボルテージが上がる。

それが彼女をさらに笑顔にさせる。

「大丈夫!すぐに晴れるよ!」

そう、彼女が笑って歌えば空は晴れるのだ。

彼女の歌声が会場に響く。

「みんな見てー!」

歌の途中で指差した先には、


青い空に大きな虹が掛かっていた。

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