テントウムシは思った以上に肉食だった~聖女さまから追放された結果、無事にお婿さんをゲットしました~
あとがき部分に、キャラクター紹介があります。
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聖女に害をなしたという濡れ衣で、王都から追放されたその夜。森でひとり寂しく野宿するわたしの元にやってきたのは、とんでもない美少女だった。
えーっと、あれあれ、おかしいな。わたしの性別、女なんですけど。こういう時に迎えに来てくれるのって、お金持ちのイケメンなんじゃないの? ほら、王太子とか、騎士団長や宰相みたいなお偉いさんの令息とか、隣国の王子とかさ。知らんけど。
「以前、あなたに助けていただいたものです。どうぞ、今こそ恩返しをさせてください。きっとあなたのお役に立ってみせます」
首を傾げるわたしに向かって、彼女はくりくりとした焦げ茶色の瞳をうるませる。田舎領主の娘で、ぎりぎり貴族に引っかかっているわたしよりも、ずっとずっと可愛らしいその姿。あざとさがないぶん、聖女さまより聖女さまらしく見える。可愛いは正義ってこういうことか!
普通に考えれば、こんな申し出、怪しむべきだと思う。着の身着のままでさ迷うわたしを助けるということは、教会に楯突くことと同じ。聖女に危害を加えた不届き者に手を差しのべるなんて、普通の人間のやることじゃない。でも、わたしはとりあえず彼女を信じることにした。だって、彼女の正体は見た目からしてバレバレだったのだから。
この国が祀っている神様は、異類婚姻譚が好きだ。とにかく、何かあれば異類婚姻譚にしてめでたしめでたしという結末になっている。だから美女や美少女など容姿が整っている存在は、何かの化身というのがこの国のセオリーだったりする。たぶん、この国の神様はおつむと趣味が悲しいほどに悪いのだ。誰かに聞かれたら教会と王家への不敬罪で捕まるから、おおっぴらには言わないけれど。
わたしは、もう一度ゆっくり彼女の姿を確かめる。
貴族らしからぬ、耳の辺りでばっさりと切り揃えた髪。
にも関わらず、まったく日焼けしていない素肌。
四つ葉のクローバーを各所にあしらった、平民が着ることなどできない仕立ての良いブラウスとキュロット。
同じく四つ葉のクローバーを模したエメラルドのイヤリング。
そしてきわめつけは、七つの星をあしらったまるっこい真っ赤な帽子と、同じ柄の真っ赤なルビーのブローチ。
どれも幸運の象徴だけれど、こんなものを身につけた普通の女の子が、野盗に襲われないはずがない。人間だったら、無事で済むわけがないのだ。
そう、彼女は以前わたしが助けた……そして追放の原因になったテントウムシに違いなかった。
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そもそも追放されることになった原因は、本当に些細な出来事だった。虫嫌いの聖女さまから、バラ園のテントウムシを守った。たったそれだけのことだったのだから。
あの日は、王宮主催のパーティーが開かれていた。年頃の貴族の子女と教会の要職者は、必ず招待される恒例行事。田舎領主の娘とはいえ、わたしももちろん招待されていた。
楽しくもない腹の探りあいに見栄の張り合い。田舎から王都への交通費もかかる上に、普段着にもならないドレス代だってかかる。何とも頭の痛いイベントだ。そんな中で、慣れない人混みに疲れたわたしは、王宮の庭園でこっそり一休みしていた。
普段からきちんと管理されているのがよくわかる美しい庭園。けれど、そこにつんざくような悲鳴が響きわたった。
「きゃああああああ、何これ気持ち悪い! やだもう、こんなのがいたらせっかくのバラが台無しだわ! どうにかしてちょうだい!」
そこには、怒り狂う聖女さまの姿があった。聖女さまが指差しているのは、テントウムシの幼虫。まあ、正直なところ結構気持ち悪い見た目をしているとは思う。黒と黄色のコントラストは、やっぱりグロテスクだものね。でも、庭園だもの、虫くらいいるのが当然じゃない。
しかもテントウムシは、バラの天敵であるアブラムシを食べてくれる。バラにアブラムシがいない時期には、テントウムシが飛び立ってしまわないように、庭師たちが苦心してとどめ置いているくらい大事な虫なのだ。
え、詳しすぎだって? 我が家は田舎だからね。領主の娘も、農繁期には単なる人手でしかないのよ。だから、天然の農薬なんて言われるテントウムシのありがたさをよく知ってるってわけ。それなのに、聖女さまは幼虫をどうにか……つまりは駆除しろとおっしゃるのね。見た目が気持ち悪いという、たったそれだけの理由で。
あれ、聖女さまって、「殺さず」の誓いを立てていらっしゃるのではなかったっけ? 聖女さまだもの、教会の教えは絶対のはず。自分は戒律を破ることはできないから、他人に殺させるってことなのかしら?
わたしが首を傾げていると、護衛なのか、取り巻きなのか、見目麗しい騎士が、剣を振りかぶっているのが見えた。そんなもの振り回したら、バラごとめちゃくちゃになっちゃうじゃない!
とっさにわたしは青年に体当たりし、テントウムシの幼虫を守ることはできた。そう、できたのだけれど……。最終的に聖女に毒虫をけしかけ、卑怯な手段で騎士を痛めつけた悪女として裁かれることになったのよね。
いや、確かに助けようとしたテントウムシの幼虫は異常に大きかったよ。さすがにわたしも、男性のてのひらサイズだとは思わなかったよ。でもさ、突き飛ばした騎士がすっ転んで幼虫に頭をめり込ませたあげく気絶したのは、わたしのせいじゃなくない?
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なんだかんだあってテントウムシの女の子――ルネ――と出会ってからわたしは平和に暮らしている。追放されたはずのわたしのことを、田舎の家族はちゃんと受け入れてくれたし、領地に戻ってくることも許してくれた。テントウムシは幸運の印だとか、神様の使いだなんて言うけれど、当たらずとも遠からずなのかもしれない。
今年の麦の出来も上々だ。ムクゲやクローバーも品質が良くなったようで、それから採れる蜂蜜も評判がいい。王都に出荷しているバラも、指名買いが相次いでいる。故郷はとても豊かになった。
「ただいま! 畑の見回り、終わりました!」
今日もにこにこ笑顔のルネが、外から帰ってきた。もちろん出かけていたのはただの散歩ではなくお仕事のため。これは、ルネにしかできないお仕事だ。彼女が見回りに行った畑からは、害虫であるアブラムシたちが消えている。収穫量があがったり、品質が良くなったのも、すべてはルネの眷属である小さな小さなテントウムシたちが働いてくれているおかげなのだから。
今までまともに作物がとれなかったのが嘘のよう。この数年間で、たくさんのことが変わった。
領民たちは、次の年の心配をしなくても良くなった。我が家の財政も余裕が出てきた。これなら、治水工事をすることだってできるかもしれない。それに何よりルネがいなかったら、聖女さまを傷つけたという濡れ衣と噂に耐えきれず、引きこもっていたかもしれない。彼女がいてくれて、本当に良かった。そういえば、聖女さまの話は最近聞かないなあ。そんなことが気にならないくらい、幸せな日々ってことなんだよね。
だからこそ、このままじゃダメなんだと思う。神様の使いそのものなルネを、うちの領地に縛り付けておいていいはずがない。ルネは時々、じっと空を見ている。誰かの結婚式を見たあとだったり、生まれたての赤ちゃんを見た時だったり。ルネだって、家族が欲しいはずだ。もう十分、恩は返してもらった。彼女には、彼女の人生がある。好きなように生きてもらいたい。
……って、思ってたのに、どうしてこうなっちゃったかな?
帰ってきたルネにお茶を出して、一緒にソファに座りながらおしゃべりしてたはずだよね。どうしてわたしはソファに寝転がっていて、わたしの上には素敵な笑顔のルネがいるのかしら。
「側においてほしいってお願いしましたよね? どうしてあなたの隣から追い出そうとするんですか?」
「ちがうよ、ルネだって家族が欲しいんでしょう? だったら、ダニエルなんてどうかしら。あと、フレデリックもオススメだし……」
「それ、本気でしょうか。せっかく教会の直轄地から眷属を引き上げて、食糧危機を起こし、王族と取引をして聖女もどきを片付けたというのに。あとひと押し、一体何が足りないのでしょう」
「え? なあに?」
「なんでもありませんよ」
どうしよう、ルネが怒り始めている。このいい笑顔は、絶対に怒っている。私だって、ルネと一緒にいたかったよ。でも、でも。
「わたしじゃ、ルネをお母さんにしてあげられないよお」
「はあ? お母さんになるのは、あなたの方ですよ」
は……? え、わたしがお母さん? 困ったように、呆れたように、ルネが首を振った。
「やっぱり勘違いしていたんですね。私は男ですよ」
わたしは、必死でテントウムシの生態を思い出す。いや、だって、テントウムシのオスとメスはぱっと見では全然わからなかったはず。全体的な大きさが微妙にちがうのと、おしりの先の形の違いしかなかったような。え、ルネって男性なの? キュロットの上からじゃ、お尻の先の形の違いなんて、よくわからないよ。
「ふふ、もうここが気になりますか。積極的ですね」
違うから! 別の部分に対して、ちょっとした生物学的興味があるだけだから! 普段は大好きなルネの笑顔が、今はちょっとだけ怖い。
「私は一般的な人型になるようにお願いしましたから、安心してくださいね。ヘビ族なんかは、あえてそっちの特徴を残すことも多いそうですが」
やっぱりこの国の神様は、アホだった。
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「食べ物は、人間と同じものが食べられるように神様にお願いしました! だってアブラムシを食べていたら、口づけしてくれないでしょう?」
あのあと、キスをする前にルネが真剣な顔をして教えてくれたのはそういうことだった。そもそも、肉食のテントウムシは益虫で、草食のテントウムシは害虫じゃなかったっけ……。嬉々としてフルーツにかぶりつくルネを見ていると不思議な気分になる。神様にお願いしたら、結構何でもありなのかもしれない。
結局のところ、王都を追放されたわたしの前に現れていたのは、お約束通りのイケメンだったってわけ。
ぱっとしない、貧しい農業地帯でしかなかったわたしの実家が、王国の食料庫と呼ばれるようになるのは、もう少しだけ先のお話。
◼️登場人物紹介◼️
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主人公
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田舎領主の娘。苦労性の長女。本人はしっかり地に足をつけて生きているつもりだが、はたから見るととても危なっかしい。今回、「聖女に危害を加えようとした結果、王都を追放」と家族が伝え聞いた時も、「だから、ひとりで行くなと言ったのに」とみんな呆れていた。
本来、王都のパーティーに参加する貴族の子女たちは、家族や侍女・侍従を連れて行く。時期的に農繁期であったため、わざわざ自分のために人手を割くのは申し訳ないと主人公が単身で乗り込んだ結果、盛大にやらかした。
彼女の両親、領民ともに信仰心はあるが、最近の教会のあり方については疑問を持っているため、教会の意向は気にせず受け入れてもらえた。領地が王都から距離的に遠いというのも要因のひとつ。
ダニエル、フレデリックは幼馴染。
王都から帰ってきた主人公がルネを連れていることに気がついた時に、ひっそりと彼らが影で泣いたことに気がついてはいない。
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ルネ
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テントウムシの王子さま。
ショタっこ。男の娘。
王宮の庭園でゆっくり成長していたところを聖女にうっかり見つかり、駆除されかけたところを主人公に助けてもらった。テントウムシの素晴らしさについて熱く語る主人公に一目惚れ。置いていかれないように、必死で蛹になり、テントウムシに姿を変えた。
見た目は女の子のような姿だが、敵に対しては容赦なくえげつない攻撃をとる。
もちろん主人公の前では天使のように無邪気に振る舞うが、裏では腹黒陰険強引である。主な被害者はダニエルとフレデリック。
聖女を教会から引きずり落とす際には、ヘビ族の男と協力した。
(イラストはあっきコタロウ様)
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聖女さま
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虫嫌いの聖女さま。
かつて第二王子と婚約していたが、王子が真実の愛とやらを見つけ異類婚をしてしまったため、婚約を解消された。そのため異類婚姻譚が大嫌い。異類婚姻譚が好きな神のことも嫌いだし、その神を祀る教会のことも憎んでいる。
結婚に夢を持てなくなり修道院に身を寄せたはずが、王子への憎しみゆえに聖女っぽい力に目覚めてしまい、金の亡者な教会によって祭り上げられている。教会の威光など失墜すれば良いくらいの気持ちで生きているので、聖女らしさはかけらもない。(本来の彼女から考えるとびっくりするくらい、はすっぱな振る舞いになっている)
教会の直轄領で飢饉が発生した際に、聖女さまのことをずっと狙っていた神官(正体はヘビ族の王子さま)にさらわれた。しっかりと調きょ……愛を囁かれた結果、なんだかんだで仲良く暮らしている。(相手があまりに一途なので、ほだされたとも言う)なお、結婚相手がヘビ族なので、すでに新しい扉を開けてしまった。