会話
2章 会話
男に気付いてから数ヶ月後、私は気がつくと講義で授業を受ける男を探してしまっていた。楽しそうに授業を受けている顔にどこか惹かれてしまっていた。
またある日、友達が休んだ。私の隣は空席で、また男が隣に座ることに期待していた。しかし、その空席には同学年の話したことはないけど、どこかで見たであろう女子が座り、男はいつ通りギリギリの時間に教室にやってきて、前の空いている席に座り、いつも通り楽しそうに授業を受けていた。私は少し残念に思った。
授業の最後、中間レポートが出題された。テーマは、「生物の行動原理」今まで受けた授業を参考に、自分なりの答えについて論じるものだ。対して難しくないレポートだ。提出は1週間後だが、早めに終わらせようと私は図書室へ向かった。何冊か本を借りて参考にすればある程度に出来のものはできるだろう。図書室に入り、行動学の棚に行くと、あの男が棚と棚の間の床に座って本を読んでいた。が、私が棚の近くに来たことに気づいて
「あ、すいません。今どきますね。」
と言って立ち上がった。近くで男を見ると意外と長身で180くらいはあるだろうか、人の身長を気にするなんてはじめてのことだ。
「あ、ありがとうございます」
とやや緊張気味に私。男は本を数冊持って棚を後にしようとした。
「あ、あの…」
なぜか、私は声をかけてしまった。なぜかもっとこの人に近づきたい。その一心だった。
「はい?」
不思議そうに私を見つめる目はとても綺麗だった。はっと私は顔を下に向けた。
「生物行動学受講してますよね?私何回か休んじゃって、今日にレポートどうも不安で、よかったらいくつか教えてくれませんか?」
恥ずかしい、男は驚いたようだが、少し嬉しそうに
「僕でよければいいですよ、駅前のカフェでどうです?」
と答えた。私は二つ返事で是非といい、二人でカフェに向かった。
道中、どこらへんで休んだかとか、理解できなかった部分はある、とか授業に関して様々なことを聞かれた。本当は休んでなんかしていないし、理解できなかったことはないので少し申し訳なかったが、適当に難しそうな部分について聞いておいた。そんな私の適当な質問に彼は熱心に、とにかく楽しそうに、わかりやすく答えてくれた。
カフェにつき、私はカフェオレを、彼はブレンドコーヒーを頼んだ。席につくと、早速彼が口を開いた。
「ぶっちゃけ僕もレポートの内容悩んでるんですよね」
苦笑いしながら彼はそういった。
「え、そうなんですか?そんなに詳しいのに」
「いや、生物の行動原理なんて、まだ誰もわかってないですからね、僕は僕の行動原理もよくわかりませんよ」
「たしかにそうかも、私は死なないため、生きるために行動を行うって長々と文字数稼いで書くつもりでした」
なぜか彼と話すと自然と笑顔になる。楽しい時間だ。
「あー、僕も最初はそう書くつもりでした。でも、なんか曖昧でどうもなぁと」
「何がです?」
「いや、生きるっていうことがはっきりとわからないんです」
「生きる?」
「はい。心臓と脳が動いていたら生きてるってことなのか、それだと植物のは生きていないことになるなぁとか、子孫を残すということが生命の目的だとしたら、生殖機能が薄れた老いた生き物は無意味に生きているにかなぁとか、色々考えちゃうんです」
「うーん、そんなこと考えたことないなぁ」
「意味ないことですけどね、僕なにかと言葉の意味を考えちゃう癖があって…」
彼が頭を掻きながら、恥ずかしそうに言った。
「もっと気楽に生きないと疲れちゃいますよ」
「そうですよねぇ」
彼は窓の外を見ながらそう答えた。その後は、また授業の話になり、教授の癖とか、字が汚いとか、話が逸れながら時間を過ごした。彼からしたら意味のない時間かもしれないが、私にとっては好きな時間だった。
そして最後に、連絡先を交換してお互い帰路に着いた。が、家がとても近いこと判明し、結局ほとんど一緒に帰ってしまった。私の家に着いた時、今度ご飯でもと誘われ、私はそれに笑顔で了承した。
その日の夜は、久しぶりにしあわせな夜だった。スッと、夢も見ないで深く眠りについた。