気づき
一章気づき
大学2年の春。私は専攻する生物学の授業を受講しながら、どこか退屈な毎日を送っていた。
「南、今年こそ彼氏候補いる?」
何度目だろうか、大学入学時からの友達に聞かれた。どうして周りの女子は彼氏をすぐ作ろうとするのだろう。どうにも私は、彼氏というものが何かわからなかった。好きという言葉も、本気で人を愛したことがない私は、大学で彼氏を作ろうという気にならないのであった。
「うーん、いい人がいたらいいけどね」
いつも通りの返事をする。友達は退屈そうにいつも通りの返しをした。
「南は美人なのに、勿体無い」
勿体無いと言われる意味がわからない。
今まで彼氏という人がいなかったわけではない、ただ付き合うという事の意味がわからないので実感が湧かなかったのだ。彼氏と過ごす日々は新鮮でも、幸せでもなく、ただ行動の制約が課せられただけのように感じた。好きと言われることが、好きではなかった。いくら好きと言われても何も感じないから、いや、少しの嫌気は感じていたかも。
意味のない時間は嫌いだった。必要にない時間も、私はただ大学に出て、どこか安定した職につけたらよかった。何人かの友達がいれば、それで私は満足だった。
数日後、よく一緒に授業を受けていた友達が休んだ。すると、授業が開講する寸前に、ひとりの男が急いだ様子で私の隣の席に座ってきた。私が男の方に顔を向けると男は申し訳なさそうに、この席だれか座ってましたかと聞いてきた。いえ、と私がいうとよかったと安心したように鞄から教材を取り出し、授業を聞く準備をごそごそと始めていた。特別嫌なこともなかったので、まぁいいかと私も前回のノートを見返していた。
授業が始まった。いつもと変わらない、ただの授業だ。生物の行動に関する授業だが、私にとっては楽に単位を取得できるからとっただけ、大した興味もなかった。そんな中、ふと隣に目を向けると男は、今まで見てきた学生の中で誰よりも真剣に授業を受けていた。
そして、誰よりも楽しそうに教授の言葉に、教授に書く黒板に、教授の用意したスライドに目を向けていた。こんな学生もいるのか、と少し感心した。
翌日、友達が復帰して私の隣に座っていた。どうやら仮病だったらしい、何してたのと聞くと、彼氏の家に泊まってそのまま一日中一緒に居てしまったそうだ。昨日見た男はこのようなことはしないだろうな、と思った。午後の授業、大学の教授陣が毎週交代でめんどくさそうに行う講義の時間、またあの男を見つけた。私が座った2列前、思いっきり机に伏せて睡眠をとっていて注意された学生がいた。それがあの男だった。以前の授業態度とはまるで逆の態度だった。
私がその時から大学の授業でその男によく気付くようになった。男は生物の進化と行動のみに興味を持っているとすぐわかった。田舎の人数の少ない大学だ。同じ生物学専攻だと嫌でも多くの授業が被ってしまう。男が楽しそうにしているのは進化と行動に関する授業だけ、それ以外は大抵眠っている。わかりやすい男、それが私が彼に抱いた最初の印象だった。