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逃走とは逃げ切るまでが逃走です。

人は怠惰に生きるべきだ。


これは僕自身の信条であり、余すところなく伝えたい事実だ。

怠惰な世界に、時々現れる小さな変化を楽しむ……ここで大切かつ声を大にして伝えたいのが「小さい」変化であるということ。


ここまでエキストラがおり、目の前には記憶をたどる限り半月も前から潜伏しきって見せたスペシャリストや、この会話をしているような戦闘に極端に振り切ったような女性が持ち込んだであろう「変化」は……



間違いなく「小さくあろうはずが無い問題」であろう。だから言うのだ。この自由に発言する人間に備わった最低限かつ最も美しい権利を主張して。

さながら空の底が突き抜けたような天気に道端で人々に送るような笑顔で伝えのだ。


「絶対に嫌です」



ズドン


いやボスン?バキャでも良いだろうか。高価で堅牢なダークウォーク製のカウンターがいとも容易く破壊される音は重鈍で、その打撃力がその物質を破壊するには過剰ともいえることは分かった。

だから言うのだ。この人間に備わった最低限の自己防衛本能が脳内で主張して。

さながら運命を決断する政治家のように口を開くのだ。


「話しを聞きましょう」


「よろしい」


そこでコホンと咳ばらいをし、こちらに一切顔を向けず話しはじめた。


「現在、私たちが住む都市近隣の森で強大なモンスターの誕生が報告されました。ご存知ですね?」


「シリマセン」


女性の顔がこちらを静かに捉え、そして静かにほほ笑んだ。明らかな危険信号だ。ここはジェントルマンとして答える必要がある。

そう、決してびびっているわけではない。


「存じ上げております」


よろしい。と一言置き、静かに話しを続けた。


「詰まる所、その討伐です。報酬も出ます。月のノルマにも換算しましょう」


月のノルマ。

冒険者全てにあるわけではないが、僕のようにあまりにも依頼を受けないある特定以上の階級である人間に課せられる特別な制度だ。

曰く、「能力のあるものを遊ばせる気はない」といった所か。

因みに過半数の特定以上の階級はノルマを課せられている。


勿論、ノルマをクリアするには任務ごとに振られたポイントを稼ぐ必要があるのだが、ここでいうポイントは難易度によって大きく変わる。

単純にモンスターが強かったり、その地域の環境の厳しさで有ったり、または両方であったり。

因みに月のノルマは基本的に200ポイントの任務を遂行する必要がある。


資源回収や、古代の遺物収集の最下位に位置する初級の任務は5ポイント。

ただし物理的な移動で2~3日とられるところから怠けてそういう任務につこうとしてもノルマに到達できない様になっている。

因みにノルマ非達成は残りノルマポイントを翌月繰り越し、及び重大な罰金である。



「質問だけど、その任務の詳細を……」


「600ポイント、及びブラックカードの使用権限3か月」


その質問を待ってましたと言わんばかりに女性は得意げに条件を突きつける。

……正直唖然とした。つまるところ3か月分のノルマポイントだ。

この任務を受ければ、三か月怠惰に暮らせる。

なによりブラックカードの使用権限。


ブラックカードとは政府発行の所謂キャッシュカードで特別な許可が下りた人間の買い物を政府が負担するというもの。

メリットとしては現金による報酬でないため、収益として換算されない。つまり収入税に影響がでないということになる。

勿論月の上限高はあるが、それでも何不自由なく生活できるだろう。


ここまで出されたら答えは常人ならば誰であっても同じだろう。


「お断りします」


「……へぇ!?」


「お断りします」


「なぜ!」という前に手で制し、そして机を立ち、代金を半壊したテーブルに置きながら語る。


「そんな危ない仕事やる人いないでしょ」


まぁ詰まる所、魅力的だが別に任務をこなして200ポイントをためればソコソコの収入になるし、わざわざメンドウな事をする必要がないのが常識だ。

冒険者を拘束する力は正直政府にはない。魅力もないし。


「待ちなさい!!」


見ると女性は額に血管を浮きただせながら僕の腕を掴もうとしたとき僕の服から


ゴトリ


と物体が落下した。それに目を向けた女性は見る見る青くなり叫んだ。


「お、覚えてなさい!!」


その瞬間店内に眩い閃光がまき散らされ、そして視力が回復したころには僕の姿はいなかった。







さて、店から逃げ出した僕は、最速最短で街を駆け抜けていた。

最近「コンクリート」という建築材料の製造方法が古代の遺物から発見されたから街並みに少しずつ増えているとはいえ今だレンガ造りが殆どを占めているこの街は、逃げるには最適な空間だ。

自宅まで文字通り真っ直ぐ逃げる術は森を駆けるためにも使われる為、レンジャーとしては必須の技術であるが、これに偽装を組み込めば瞬く間に追っ手を欺く事が出来る。


先ほどまで追いかけてきてた奴らも、マネキンの真似をしては一人、井戸端会議の中に紛れたは一人、時にはドア、時には服装屋、時には追っ手に紛れることでかわしていく。


「……ここまでくれば安心だろう」


自宅前まで来た時にはもう追っ手はいなくなり、安心してドアノブを回す。


残念だが今すぐに荷造りをして別の街にしばらく飛ぶ必要があるところが難点ではあるが、このままこの街にいれば死ぬまで追いかけられるので、それも致し方なし……


そう考えた時だった。


ガチャリ…


なんの違和感もなくドアが開く。


そう、違和感なくだ。


「……しまっ…!」


気づいたときには遅く。

視界が暗転する。


最後に移るのは最高で最低な「親友」の姿で、


「まだまだ甘いねぇ」


意識が千切れる前に耳に残ったのはそんな言葉であった。

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