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日常はふとして壊れる

 この日々が何時までも続けばいいのに。


 このまま時が止まればいいのに。


 この恋が冷めぬまま一生が終わればいいのに。



そんなありふれた言葉で埋め尽くされたこの恋はやがてありふれた恋の様に散っていくのだろう。

散り際に僕は泣くのだろう。君は泣くだろうか。そうであって欲しいという願望は遥か彼方へ投げ捨てて、


それでも僕はこう思う。




限りある恋だとしても。貴女に出会えて幸せです。



…………



何時までも変わらない日常というのは時に人間は耐え難く、毒になってしまうらしい。

あいにく僕という人間も例外ではなく、こうやって夜の泥に眠るために通院している。…先に言っておくが別に闇が深いわけではない。手首は綺麗だし、命を断つ事は考えど断つ気はないのだ。

どこにでもいる一般的な人間であると言えよう。とは言え長いこと眠りを妨げられては生活に支障がでてしまうためこうやって薬を飲むのだ。


一回二錠


これが僕のライフラインを支える最小単位だ。



しかし僕にも敵になりうるものがある。治ろうにも治らないというかむしろ悪化させる敵だ。


それは物だろうか?


仕事だろうか?



それはちょっと違う。残念な事に近しい人間だ。周りの人間は常に僕の「正常」を求めてくる。


ある者は励ますために近寄り、ある者は距離をとって見守り、ある者はいつも通り接してくれる。


三者三様どれもありがたいものがあるが、僕が求めているのは近しい人間ではなく、一人であり、遠い人間が恋しいのだろう。



僕の「正常」を知らず僕の情報が0の他人。



だからこそこうやって外の世界へ旅立ちたがるのだろう。ほらこうやって都会に飛び出せば塵の一つになれる。知らない店に入り、珍しい食べ物を食べ、知らない人間と話し歩くときは物思いに耽って周りから隔絶される。最高の一日なのかもしれない。



少なくとも今の僕には必要な事だ。



だが一度家に帰ればリセットされる。安息の地であったはずのここは、何時の間にやら猛毒になっていたようだ。



そんな生きているのか死んでいるのかはたまた絶望しているのか希望に満ちているのか分からない日々の中で、「変化」と言われるものはさも当たり前のように降ってくる。カウンター席に座っている僕に…ほらこの様に変化が近づいてくるのだ。


「お隣宜しいですか」


僕の日常が崩壊し、作り直されている感覚を抱きながら僕は「どうぞ」と短く答え、隣の椅子を引いた。


「ありがとうございます」


そう言いながら腰掛けようとする女性に視線を初めて送る。何を見るかといえば服装・髪の色・顔の順番だ。


服装はかなり軽装甲のいかにも冒険者と思われる服装で、髪の色はここいらでは珍しい黒、腰まである長い髪は後ろで一まとめに結ばれており、顔を見れば褐色というには濃いすぎず、白というには薄すぎない丁度中間色で、瞳の色は限りなく黒に近い茶色といったところだろうか。何にせよここいらではまず見ない人種であることは間違いないだろう。


「ここら辺の人間ではないようだけど、冒険者かな?それもレンジャー職か」


隣でわずかな動揺を感じながら、コーヒーを啜る。この隠せていない感はどう見ても熟練のそれではないのだが、どうにも雰囲気が初心のそれでもない。多少の違和感こそあるが…


(まぁ正直どうでもよいというのが感想かな)


とは言え急に職業まで初対面の人間に急に職業を当てられる気持ち悪さは分かるし、せっかくの{変化}に逃げられるのも嫌だしさっさと種を明かすことにする。


「…あー、その髪に付いてる草で分かったんだ。偽装に良く使われるやつだよね。」


そこまで言うと慌てて髪の毛から草の断片を取り除き、やや顔を赤くした。


「あ、あぁそういうことでしたか……お恥ずかしい所をお見せしてしまい申し訳ありません。仰る通りこれは{偽装草}です。この街に来るまでの道のりは獣も多いですから…」



「うんうん、そうだよね。乾きにくく、温度をある程度遮断し、通気性も良い。僕も前に使ったことがあるからたまたま分かったよ」


ハハハ、と二人で笑いあった後に僕はずっと気になっていたことを思い出した。いや忘れていたわけではないだがどうしても優先順位が回ってこなかったのだ。

僕たちの周囲に流れる人々にじわりじわりと変化が始まって数刻、そろそろ聞くべき所まで来たので、聞かねばならない。



「……で?僕に何の用?」


このお店全てを{観察}の対象に置いて集中力を上げる。するとどうなるかと言えば、観察されてる側も気づくのだ。それこそ手練れであればあるほど……ほら身構えたやつが数人。こっちはまだいいが辛うじてこらえたのが二名か。

一人は横の女性、あと目の前の店主。


言葉として図星をつかれた際に動揺は隠せなかったにも関わらず{コレ}には耐えるということは、所謂単独行動型の冒険者か。人と話すよりも実践任務についている時間のほうが長いタイプは大体ヤバい。多分この女性もヤバいに部類される系女子だろう。

続いて店主においては、ここに至るまで一切気づけなかった事からして諜報型、戦闘よりも紛れることを主とするタイプ。


つまるところ興味をもつべき人間はこの隣の女性のみだろう。あとはどうにでもなる。


さて、相手の反応を見ると……おっとぉ?滝のような汗をかいてる…目も泳ぎ気味だ。平然を装うためにコーヒーカップを持つもカタカタと言わせてしまっている。

それを見る店主の目がどうしようもなく同情してしまう。



「ルインさんにお願いがあり参りました!私たちと同行をお願いします!」


人選誤ってる感しかでていない状況で、彼女が最初に出した言葉は至ってシンプルなものだった。


「いやです。」


変わらない日常は毒だ。なんて思っていたが、変化もやはり毒かもしれない。そんな脳内辞書を書き換える作業を進めながら頬杖をつく。


「な…そこをなんとか!」


頭を垂れる勢いで机にぶつけ、そのまま亀裂を入れる様を横目に自分の予想が大方合っているだろうという満足感と共にもう一口コーヒーをすする。


「申し訳ないけど、僕は病気なんだ…これが薬だ。だから受けようにも受けられない。帰ってくれ」


決まった……確信を抱きながらちらりと横を見ると、ワナワナと震えていた。

そうかそうか、同情のあまり震えてしまったか。感情豊かで羨ましい限りだ。

なんて思っていたら


バン!と勢いよく机をたたいた。


「嘘です!」


「え?」


突如浴びせられたダウト宣言に一瞬たじろいでしまう。いや、まだばれていないはずだ…そう思いながらも心なしか額に汗が滴っているように感じた。


「だってそれは薬じゃなくてラムネなんですもん!」


「え?」


次は僕が絶句する番だった。何故ばれたのか、どうやって知ったのか。どうやって切り抜けるのか。そんな事がぐるぐると頭を巡ってたどり着いた答えは……思考停止だった。



その後どれだけそんなことはないと断固訴えたとしても一切取り合ってもらえず、この依頼を受けることになるのだが…


めんどくさい。この一点に尽きる。





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