ピンタの話 1
身近なお姉さんの葬儀ってしんどいですよね。家族のお葬式をした時って本当に呆然としたものです。
怒涛の中で姉さんの葬儀をおこなった。
側頭部が銃によって吹き飛んだ顔はひげじぃによって修復され、生前の美しさを取り戻した。
姉さんは妊娠してから娼婦の仕事は休業していた。長らく客を取っていなかったが、それでも多くの馴染み客が弔問に訪れた。
島で人が死ぬのは珍しくない。
この島では命はあまりにも軽い。シティの記者――ユタカ――が言っていた。「ここはあまりにも命が軽い」って。そいつはその言葉の通り簡単に死んだ。
多くの男の嘆きを受けて、姉さんは弔われた。
たっぷりのオイルをかけて、乾いた木片で覆うようにして火をかけた。生焼けになってもいけない。そういうこともあってひげじぃからたくさんのオイルを買った。ちゃんと金をとるあたりひげじぃらしいと思う。
「骨はどうする?」
炎の前で、ひげじぃが僕に訊いた。火を放つと雪が溶けて水になって、やがて蒸発した。木材が割れる音がした。オイルの香りもする。
「骨? どうするもんなの?」
ユタカの骨はどうしたっけ?
ああ、いや、あいつのは死体売りに売ったんだった。
「保管しとく奴もいれば、食べる奴もいる。川に撒く奴もいる」
「ひげじぃはどうしてた?」
「全部喰った――」
参考にならんな。
ひげじぃは続ける。
「――他には……ブルーダイヤにしてやるか。いつも一緒に持っていてやればいいさ」
そういうものなのか。
焼き終えた骨を僕はバケツに入れる。
骨はまだ熱かった。島には珍しく清潔な香りがしたように思う。オイルの香りもしなかった。
ひげじぃには骨をいくらか渡した。
「ブルーダイヤを作ってくれ。持っとくかどうかは……そん時に考えるよ」
まだ温かいバケツをお腹にあてながら家に帰った。
誰も迎えてくれない家はさみしい……と思う。
どっと疲れた。
姉さんを弔ってしばらく経った。
雪はまだ溶けない。
島の子供たちはいつもより厚着をして、上流側の岸へ向かう。
子供たちの群れの中にニーニャもいた。
僕はそれを眺める。
あいつに何かを確かめないといけない。
確かめないといけないのだけど、何を確かめようとしていたのだろうか。
思い出せない。
いつか思い出せると思う。
姉さんが死んだのになんだって、世界はいつも通りなんだろう。
なにが気に食わなかったってんだ。
自分が言ってることがそれとなくおかしいのはわかってる。
わかってるんだけど、なんか納得いかない。
何を決めるにしても、僕はずっと姉さんに頼り切りだったのだ。何かを自分で決めるということに慣れちゃいない。
しばらくは違和感が付きまとうんだろう。いろいろと考えが巡った後。僕はいつも考える。
姉さんが死んだのだ。僕を縛るものはない。僕は島を出る必要があるのでは?
葬儀の際にもぼんやりと考えていた。
朧気だった願い、それがはっきりとした。
僕はこの島を出たい!
出てってどうするの?
ニーニャが僕に訊いたのだ。訊くというか……非難めいた感じ。
あたしを置いていくの?
そんなひどいことしないよね? はい! この話はこれで終わり!
こんな感じ。
僕の気持ちを抑え込もうとするような。
そもそも抑え込むほど立派な気持ちも志も僕は持たんけど。
ああいったしがらみが僕を疲れさせるんだろうか。日々、僕の体が重くなるのを感じていた。緩やかに。自分が死んでるように思う。
僕とは反対にニーニャはずいぶん大きくなった。
初めて会ったころはまだ僕の腰くらいの背丈だったのに、今は僕と目があう。
もう屈まなくてもニーニャの顔が見える。
僕が島の外に行こうとするのをニーニャは嫌がる。
実は死んだ姉さんも嫌がった。
ニーニャは姉さんの友達。
僕はニーニャの友達の弟。
そう思ってた。
姉さんが死んでからは付き合いがなくなるかというと、そうでもなかった。
姉さんが死んだのに、付き合いがあることを不思議に思っていたらニーニャは簡単に言う。
「じゃあ、あたし達は友達なんだよ!」
そういうもんなのか。そう思った。
さっきのは訂正。
僕とニーニャは友達らしい。
本当なら先ほどの子供たちに紛れて、僕もくず拾いに行くべきなのだ。
僕は上流のシティから流れてくるゴミを拾って暮らしている。
スカベンジャーなのだから。
というか、この島に住んでいる人間はほとんどがスカベンジャー。姉さんは例外。島で唯一の娼婦だった。
今までは姉さんを食わせるためにもほうぼう歩き回って、くずを集めてジャンクショップで金に替えた。
姉さんがいなくなってからはサボりがち。
「ピンタはいいね。ご飯を食べなくても動けるんだからさ」
ご飯を食べたら調子が良い。
食べないなら、食べないでも動けるもんだ。
どれくらい飲まず食わずで動けるものか試してみたら、一ヶ月程度で姉さんから中止の申し入れがあった。ご飯が味気ないと文句を言われた。
一人で食べるご飯。
二人で食べるご飯。
具体的に何がどう違う。とまでは言わないけれど、なにか違うような気がしないでもなかった。違うのは一文字だ。
姉さんが死んでからもご飯は二人で食べてる。
ニーニャが気を使って僕の様子を見にくる。
そして、ニーニャが僕の家の食糧をあさって、何かしらを作ってくれる。
食べなくてもいいけど、あったら食べる。そんなことを繰り返してたら、朝と夕方はニーニャが来てくれるようになった。
ありがたいと思う。
あるときに、気を使わないでも大丈夫だ。なんて言うと、「大丈夫なやつは大丈夫な顔してる。だけど、今のピンタはあまり賢くもないのに、考え事ばかりしている。どこかに行っちゃいそう! 風船みたい! ピンタが飛んでっちゃわないようにあたしが重しになるよ」
僕は別にそんなふらついた男ではない。
多分。
島の外に行きたい。島の外に行くべきだ。そんなことを悶々と考えながら、日々をやり過ごした。
ニーニャはちょっと目を離すと、成長していく、体つきも丸みを帯びてきていた。姉さんのように女性らしい体つきとかいうのになっている。僕とニーニャには少し大きすぎる台所も、いつかはニーニャの背丈がしっくりくるようになるだろう。
「なんで、ピンタは身体が大きくならないの?」
何も変わらない僕を不審に思ったらしいニーニャに訊ねられた。
「……ニーニャは自分のお腹の中を見たことがある?」
「なにそれ、あるわけないじゃない!」
「それだよ。僕も知らないよ」
僕もよくは知らない。
実は塵食い魚に食べられずに、流れてきた嬰児ならみたことがある。
真っ赤なお人形みたいなのが波にゆらゆら乗って岸に着いた。
その時に腹が裂けていた。あんな感じなのかもしれない。
姉さん曰く僕はゴミの中から拾ってきたらしい。「役に立つかな。なんて思って拾ったのに、あまり役にたたなかった」なんて言われた。
僕は役立たず。
ナニが役立たずなのかはよくわからない。
訊いてもはぐらかされた。
もう、姉さんは死んだからわからない。