ニーニャの話 5
好きな人に手をにぎられるって狡いですよね。
ピンタは診療所を出る。あたしは外に出るやいなやそのままピンタに抱えられる。
「なんで抱えるのよ」
「……ニーニャが逃げるから」
「逃げないよ」
「嘘だね。僕は嘘つきだからわかる。マリアがご飯を作ってくれる。一緒に食べよう。たくさん食べよう。ニーニャはさ。たくさん食べて、これから大きくなるんだろう? 胸もお尻ももっと大きくなって、姉さんみたいになりたいって言ってたもんな。そうしよう」
あたしはピンタに運ばれるままにした。周囲の視線が痛かったから。あたしは顔を伏せた。
家に帰ったら、あたしはシャワーを浴びせられて、体の隅から隅までをマリアに洗われた。おもてなし三昧だ。シャワーを終えた後は温かいお茶に砂糖がついた。
それを飲んでると、次々と料理が並ぶ。
塵食い魚のフルコース。生魚の酢和えに、なんかたれがついて焼いたやつに、小ぶりな塵食い魚を揚げたもの。ピンタはそれぞれの料理名を教えてくれたけど、あんまりわかんなかった。
三人でお腹いっぱいになったあとはピンタから話があった。
「ニーニャ。僕は島を出る」
ああ。駄目だ。
これって、最後のお別れってやつなのかな。
惜しみなく食材を解放したのも、食材が腐らないように?
「あたしを置いて、島を出て行っちゃう?」
ああ。だめだめ。本当はこういうことを言っちゃいけない。
いけないんだけど、言わなかったら後悔しちゃうんだ。
止まらない。言葉が続く。
「マリア姉さんが死んでさ。そのうえ、あんたまでいなくなったら寂しくなるよ。誰か適当な男と一緒になってさ。ママみたいにボロボロになりたくないんだ。パパは突然いなくなるし、弟は多分殺された。妹達もまだ小さい。あたしは大きくなれたけど、あの子たちはどれくらい生きれるかわからない。一番下の妹は多分頭が足らない。ちょっと鈍いし。あれこそ、誰も見てないうちに引きずり込まれて、ひどい目にあうと思う。あたしのひとつ下の妹はけんかっぱやい。いつか殺されちゃう。逆らっちゃいけない相手をまだ理解してない。目を離したら、二人共死んでるかも」
適当な言葉が出てくる。
自分でも驚くほど薄っぺらい。
なんで、こんなにも出てくるんだろう。嘘じゃないんだけど、多分本当じゃない。
ピンタはあたしの手の甲の上に、ピンタの小さな手を重ねた。そして、あたしの目を見て言う。
「ニーニャ。僕は君のことをよく知っているつもりだよ。そしてそれを踏まえると。ニーニャは自分が一番かわいくて、一番自分を大事にする人間だと思うんだ。君は君が一番大事。一番大事だから、今回のようなことも起きたんだ。いろいろと理屈言ってるけどさ。多分それって本当のそれじゃないよね。ニーニャがどうしたいか言って。僕はそれをしてから島を出る」
あたしがしたいこと。望むこと。
「あたしはあんたと暮らしたい。簡単に死なない。頑丈なあんたと一緒にいたいんだ。パパみたいに消えない。ママみたいに不安定じゃない。島の大人みたいに力づくじゃない。あんたと」
多分、言えた。でもちょっとずるい。言わされた感がある。あれは……そうだろ。なんか、言わないといけない雰囲気だったもの。
「じゃあ、僕も正直に。多分だけど、僕は。もうそろそろ動かなくなる」
「なんで?」
「うーん。説明が難しいんだけど。そう感じるんだよ。死ぬのが近づいているというのか、緩やかに終わりに向かってる感じ。人がさ燃料なしに動くはずないじゃんね。多分、僕の燃料が尽きようとしている。それっていうのを頭の隅で感じてるんだ。だから、どうにかできないか。僕は島の外に行く。座ったまま死ぬのを待たない――」
話が唐突だった。
人が簡単に死ぬっていうのは知ってたし、実感してたし、何人も撃ち殺したけど。
ピンタに限ってなんて気持ちもあった。
「――僕についてくる?」
「行く」
島には居づらいし、このままここにいたら逆恨みした大人に痛い目にあわされそうだし。
「話は決まった! ニーニャ! 僕たちは島を出るぞ! この家はひげじぃにでも売るよ。あいつなら買えるだろう。今日はさっさと寝よう。明日はまた銃を持ってひげじぃと相談だ」
セクサロイドのマリアと余命いくばくを切ったピンタ(自己診断だけど)の間に挟まれて眠った。ママに外泊することを伝えてなかった。
あたしが野たれ死んだかと思うかな。
さすがに何も言わないで、出て行くのもまずいかと思った。挨拶だけはしとこう。
そう誓って眠った。
翌朝、精肉されたママと妹達を見かけた。
ピンタはこれを見せたくなかったんだと思う。
あたしはこれを見たことを内緒にした。
それが気遣いだと思ったから。
島には死がありふれてる。
みんなもかわいそう。
ピンタもかわいそう。
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