ピンタの話 6
銃をぶっぱして、人を撃ってはいけません。
ニーニャを迎えに行ったら、バラックにはニーニャはいなかった。男達がたむろしていた。
男達からはニーニャの居場所を訊かれた。「僕の方こそ知りたいんだけど」と返した。だって知らんのだもん。
ニーニャがいそうなルートを歩いて、歩いて、ついに見つけた。僕の方が早かった。安堵した。
姉さんからは口を酸っぱくして、言われていた。
「女の子がわめいている時はわめかれていなさい。あんたが悪くなくても、ぐっとこらえて話を聞きなさい。それをするだけであんたは良い男になるし、それを見た女は毒が抜けて良い女になるのよ。だから、あんたはそう振る舞いなさい」
姉さんのブルーダイヤがそう言ってるわけじゃないけど、姉さんの香りがまだ残る外套を羽織るニーニャはそれだった。ひどく傷ついているのだろうと思う。彼女達はかさぶたっていうのができるみたいで、固まったかな? って思うと、それをたまに剥がしちゃうのだ。
そして、多分今回は僕がそれを剥がしてしまった。真っ赤になってぎゃんぎゃんわめくニーニャを僕は担いで持ち上げた。昔はこれをしても違和感はなかったんだけどね。今は違う。
ひとしきり泣いた後は、熱いシャワーでも浴びて、美味しいものをたらふく食べればいい。ユタカが教えてくれた料理を作ってもいい。
だけど、それは僕の思いつきを試してから。
ニーニャをドクターに預けた後、僕はそのまま銃を回収して、ひげじぃの元へ。
ジャンクショップの主。
マリア姉さんの後見人。
島の経済王。
今の僕にとってはのぞき見野郎だ。
殺すのは忍びない。ただの実験だから。死なないように意識して。どうしたら、死なないように撃てるのかなんてわからないけど。ドクター曰く頭が吹っ飛ばないならいいとのこと。頭以外を狙う。
引き金を引く、弾が出る、血が舞う、ひげじぃが呻く。
「ついに壊れたか! ピンタ!」
ひげじぃは吐き出すように僕へ言葉をくれた。
「まさか。僕がひげじぃを撃てるか試してみたんだよ」
引き金を引くという行為の結果、人を傷つけることは可能らしい。
「そんなことのために撃つな!」
おう、元気だ。死ぬまでしたら忍びない。
「ひげじぃ教えてよ。どういうつもりだったのさ? マリアに弾丸を売ってたってさ。そんなもんここでしか買えないよね。どうして売ったの? 教えてくれないと撃っちゃうかも」
クールにだ。冷静に訊ねる。冷静にね。
「お前がピンタじゃないなら、予備の銃で撃ち殺すところだ!」
「じゃあ、なんでそうしないのさ」
「お前は壊れないからな。無駄な弾は撃たない」
「大丈夫だよ。僕は撃てる。確認したよ」
「わかった。わかったから。銃を下ろせ。話すから! こんなところで死んだら手間だ」
以前から疑問だった。
ひげじぃはなにを好き好んでこんなところにいるのか。
島の経済王。古い人間に訊いても、昔から爺さんだったとしかいわない。
どうしてマリアを厚遇したのか。
何もかもが謎だった。
「ルールなんだよ。わしがこの島に関わる上でのルールなんだ。わしはお前たちのようなゴミみたいなやつらが自然に泣き喚いたり、悲しんだり、喜んだりっていうのを眺めるためにここにいる。そのルールから考えると、商品が欲しいという願いはかなえなくてはいけない。これはルールなんだ!」
「……おう。分かったよ。ひげじぃ。なんか僕には理解が難しい決まりがひげじぃのなかであることはわかった。ところで質問。ここでひげじぃを殺したらどうなるの?」
「もちろん死ぬ!」
「死んだあとの話だよ」
「…………」
目が泳ぐひげじぃ。
しばらくの沈黙。
「正直に言ったら、撃たんか?」
「もちろんさ」
嘘だけど。
「シティのわしの家で目覚める。バックアップがそこにある」
「ははっ! もしかしたらって思ってたけどね! ひげじぃはやはりシティの住民か。ここにいるゴミくずを間近で眺めて、楽しむことを目的とした道楽者なんだな!」
どうしてくれよう。ニーニャを泣かせたのは間接的にこの男なのだ。僕を操ったのもこの男。
操られたのは役立たずの僕だ。
「じゃあさ。もう一個答えてよ。マリア姉さんはどこ?」
死んでないんだ。姉さんは生きてる。
「知らん」
引き金を引く。ひげじぃの右足のつま先が爆ぜた。安全靴ごとぶち抜いてだ。
「もう一回ね。マリア姉さんはどこ?」
「……見失ったから知らん! 知らんのだ」
僕は嘘つきだからわかる。
これは本当だ。
ひげじぃは知らない。そしてそのことを本当に悔しがっている。
僕は銃を外套のポケットにしまう。
ひげじぃを担ぎ上げて、ドクターの診療所へ運び込んだ。
そこでは泰然としたドクターとニーニャの悲鳴が迎えてくれた。
「ドクター! 急患だ! なんと、ひげじぃが撃たれた!」
「この嘘つきめ! お前が撃ったんだろうが!」
おっしゃる通り。
ひげじぃの訂正が響く。
ドクターに引き渡した後はニーニャを連れて外に出た。
時間がない。僕は焦っていた。
限界を感じる。