ユタカの記事 7
長いです。すごく長いです。ごめんなさい。
言葉というのは不思議だ。
私が誠意をもって言葉を紡げばそれなりの事が返ってきた。
真摯なファンレターを頂戴した。私を気遣うねんごろな言葉が並んでいた。私はうれしかったので額縁に入れて飾っている。
先日食べた防刃ペーパーについては案の定、腹を下した。読者諸君におかれては防刃ペーパーを食するようなことはなさらないように重ねて注意申し上げる。
文章というのは不思議だ。
私が今書いているこの記事は私が無事であるという証左に他ならない。
お前は急に何を言い出したんだ?
仕事しすぎで頭が沸いたのか?
脳みそがホットドッグになったのか?
そういうわけではない。
こういった記事というのはある種の保証がされている。
読者の皆さんは私が無事に島から帰還しているとお思いだろう。
こんな前振りをすると「じゃあ、帰ってきてないのか?」と言われるが、そんなことはない。
無事ではないが。
帰ってきたのだ。
私は殺された。
殺された時点で私の取材は完結し、今一度自室で私は目覚めたのだ。
本稿は殺されるに至るまでを描く。
少々長い。
ファンレターで私へ向かって殺害予告を繰り返している一部の意地悪にはこれで留飲を下げていただきたい。
私は島で頭を吹き飛ばされて死ぬ目にあったのだ。
これ以上私を痛めつけないで欲しい。
話はさかのぼる。マリアが仕事の最中のために家に入ることができない私とピンタ。
「こういう時はどうやって時間をつぶすんだい?」
「まあ、こういう時はマリア姉さんの友達の家で時間をつぶす」
そういうなり、ピンタは先導して歩き始めた。ゴミ山を一つ、二つと超えた先にバラックがある。
そこにピンタは入っていった。
ピンタから指示があるまで外で待つ。程なくして手招きされる。
中にいるのはピンタと同じ背丈の少女だった。
彼女がマリアの友達らしい。どっちかというとピンタの友達と言った方がしっくりくる。
この島の住民は強い日差しに灼かれた浅黒い肌ばかりだ。汚れなのか日焼けなのか。目の前の少女はマリアよりも幾分活発な印象の肌つきだ。
彼女は私を上目で睨む。
ニーニャと名乗った。そして、続けて私に訊ねた。
「お客さん、石鹸の香りがする。マリア姉さんとセックスしたの?」
こんな子供がなんてことを言うんだ。
「とんでもない。僕は泊まらせてもらってるだけだ」
ふーん。という風に鼻で鳴らす。私を値踏みしている様子だ。
「ニーニャ。失礼だよ」
ピンタがニーニャに指摘するけども、ニーニャは悪びれる様子もない。
「わかったわ。好きに過ごしてちょうだい」
家主から許可をもらった。
「ママかパパ、大人はいないの?」
「……なんで? それを知ってどうしたいの? 乱暴するの? 憐れんでくれるの?」
私は言葉に詰まった。その言葉は別に責めるものでもなんでもない。ただの疑問だった。
「ニーニャ。いじめないでやって」
私とピンタは寝た。眠りに落ちる頃にはピンタはまだとなりにいた。
川音をきいて過ごした。塵食い魚が跳ねる音が聞こえた。
いつの間にか私は寝付いていた。差し込む西日に目を覚ますと二人はいなかった。私は他人の家で独りでいるという心細さが襲う。
年下の少年少女を探し求めるみっともないおっさんがここにできあがった。
探すのには時間はかからなかった。なんてことはない。家の前にいた。正確には塵食い魚に乱雑に襲われているピンタ少年と。それを引きはがして、陸地に魚を放り投げるニーニャだ。
ピンタが腕を出せば、魚は猛然とピンタへ襲いかかる。
そして、かじりついた魚をニーニャが棒で叩きのめす。浮いてきた魚をニーニャは掬い取って陸地へ投げる。もうすでに片手では足りない数の魚がいた。
流れるような動きだった。
この島では肉よりかは魚肉の方が口にする機会が多いらしい。
「人の肉を食べるより健全だろ?」
言われてみればそうだ。だけど、私は塵食い魚を食べてみようとは思わない。
思わなかった。
魚を適当に締めた後、魚を三匹手元に残して、それ以外はニーニャに渡していた。
私は家への道中で訊ねた。
「ピンタは何で塵食い魚に襲われるの?」
塵食い魚は人を襲わない。人のために作られた魚だから。あそこまで公共性の高い魚はいない。
「……さあ? わからない。ニーニャは襲われていないみたいだから、ここの魚だけが特別ってことじゃないと思う。だったら、僕が何か特別なんだと思う」
「君は自分のことが分からないのか?」
「……ユタカは自分自身のことが分かるの? すげえや」
ピンタの返しに私はしばらく考えた。しかし、自信がすぐに持てなくなってこの会話は立ち消えた。
私は私を十全に理解していない。
杖をついた目の不自由な様子の若者がマリアの家を出て行った。
視覚補助の機械越しにピンタへ会釈をしてきた。
私も会釈を返した。
その若者の態度が嫌に硬いように感じた。
すれ違ったときに石鹸の香りがした。
家に着いた私とピンタは早速調達した魚を調理した。
男であり、客人である私がキッチンで腕を振るう羽目になったのはマリアからのお願いだった。
家に帰った私へシャワーを浴びて清潔感を保ったマリアが「シティの男性が作る料理が食べたいなぁ」とお願いされた。
私はキッチンは女が立つもの。という考えが念頭にはある。しかしながら、家主がそう言うのであれば腕を振るうのもやむなしと考えた。
塵食い魚は『掃きだめの島』という治外法権に近い場所であるからこそ味わえる珍味であることをあらかじめ注意事項として付す。
昨日今日と料理を振る舞ってもらいながら、一通りの調味料がそろっていた。塵食い魚は白身の淡泊な魚のようであった。
私は彼ら姉弟の度肝を抜いてやろうと考えて、塵食い魚のカルパッチョ、塵食い魚の照り焼き、塵食い魚の姿揚げを用意した。
「シティの人って魚を生で食べるの?」
ピンタは皿に盛られた生魚のカルパッチョを前に尻込みしていた。
マリアは特別に驚くことはなく食べていた。
「ソイソースがあればまた違うんだけどね。もっと単純に刺身として食べれたかもしれない」
ライスでもあれば、ホカホカのそれを用意して頬張るのだが此処には芋しかない。シティでもエスニックスーパーくらいにしかないのだから、贅沢は言えない。
私を含めた三人は魚肉を腹いっぱいに頬張った。
読者には残念なお知らせをしておく。
塵食い魚は美味しいには美味しいが、シティ住民の冷ややかな眼差しを受けながらも食べるほどに価値があるかというとはなはだ疑問だ。とは言いながらも、私はシティに帰ってきてから何度か塵食い魚を取り寄せて食べたほどには魅力的であることも教えておこう。アシスタントからの評判も上々である。このセクサロイドはお世辞も一応は言えるのかもしれない。いや、わたしの料理の腕がよいからだろうか。少々うぬぼれてみる。
私とマリアは食後の跡片付けを終えて、甘いお茶を飲んでいた。
ピンタはシャワーを浴びている。
「マリア訊ねていいかい?」
彼女はマグカップで顔を隠す。声音は柔らかい。
「記者さんだもんね。いいわよ」
「……マリアはなんで娼婦を始めたの? つらくないの?」
夕食の準備を求めたのだって、疲労困憊からだったのだろう。今日は何人の男を相手したんだ?
私の質問を前にマリアは視線を右上にやって、言葉を選んでいる様子だった。やがて、彼女は説明をしてくれた。
「結構前の話だけど。あたしねレイプされたのよ。島の男だと思う。しばらく見ないからそいつはどこかで死んだのかもね。あたしはなにも悪くないのに、なんでレイプされなきゃならんのよ! って思ったの。そいつの子供産むなんて嫌だから、ドクターの元にピルを買いに行ってさ。何で、あたしが金払う必要あんのよ。どうせなら、金でもとってやろうかな。って思って始めた。医者もいるし、コンドームも買えたしね」
私は記者だ。
彼女が語った言葉を忠実に記載している。私は私の映像バックメモリを再生しながら、本稿を執筆している。その時の彼女の表情、視線、声の震え方、そういったものを仔細に描写できる。繰り返し、繰り返し聞きながら、私は感じていた。
こいつは巧妙な嘘をついている。全部が嘘というわけではないのが厄介だ。本人も気づいていないレベルかもしれない。
「自分を大事にした方がいいよ」
「……ユタカは記者なんだっけ? 今時珍しいね。ここでのあたし達の生活をさ、どんな風に書きたいの? 哀れな感じで? あたしが泣きながら男に組み敷かれてるような描写がしたい? あなたの都合の良いように書かれるなんてのはまっぴらごめんよ――ユタカにはわかんないかもだけど、それってね。まるでレイプなのよ」
祖母に似た、黒い目が私を射抜いていた。私は息を飲んでいた。
マリアが畳みかける。
「ねえ、ユタカ。あなた経験ないんでしょ? どう? あたしを買ってみない? 気晴らしにさ。あんたみたいな立派な身体の男に抱かれたことないんだよ」
「なんで知ってる」
「知ってるよ。シティの男は皆チェリーボーイよ。電脳のセックスってしたことないけど、生身も悪くないよ。というか、それがあたしの本職よ。だから島の男たちはあたしのところに来て、あたしを抱いていくんだ。誰かを泣かせながら犯すくらいなら、金握りしめてあたしのところにくればいい。可愛がってあげるし、可愛がらせてあげるよ」
ピンタとマリアは基本的には似ていない。似ていないがここはとても似ていた。ピンタは少年にしては妙な艶がある。これはマリアの影響なのかもしれない。
耳を通して脳髄に響くような声だった。
頭のなかがとろけて、脳内のキャッシュも全部ショートしそうだった。過度の興奮状態に陥ることが私の不具合に通じるかもしれない。そんなアラートが鳴りまくる。
なにもかも乗っかってしまいたい。
そんな気持ちになる。
しかし、私は記者として、男として! 乗るわけにはいかなかった。
これは風俗のルポではないのだ!
「いつかプライベートで来るよ」
「なんで、そんな泣きながら断るのよ。いいわ、約束よ」
約束をしてしまった。次に来るときは彼女への代金も用意してからこなくてはならない。
「いくら用意したらいい?」
「あなたが出したいだけ。その気持ちに答えて提供するわ」
「マリアが欲しいって言ったら」
「残念だけど、愛は品切れなのよ」
話はそこで終えた。
私はがちがちに暴れている下半身を押さえつけながら、ピンタと入れ替わりでシャワーを浴びた。
「ユタカ。鼻息荒いよ」
「仕方ない。あんな女がいるのが悪いんだ。ピンタはどうかしてしまわないのか?」
「……さあ、僕は役立たずみたいだからさ。何しても役立たずだったらしい。姉さんが言うにはね」
なるほど。ピンタのそれは役立たずらしい。
まだ、少年なのだから。気にしてはいけない。男子として必要に迫られたとき、彼がそれを欲するときに手助けができればと私は思う。
シャワーを浴びて汚れを落とした私は風にあたりたくなって、外へと出た。
昼間は充満していた色のついた煙が気にならなくなった。
朝日が出る頃にはどこかの山が燃える。その時には誰かがまた死ぬのかもしれない。
川から吹き込む風が私を冷やした。
記憶はここで途切れる。
私のバックアップはここで終わっている。
おそらくここで死んでいるのだ。
この後は事態の推移を安全な場所で見守っていた編集長から教えてもらった。
編集長曰く「お見事な感じだった。一発で君の頭の一部は吹き飛んでいた。七秒後にはピンタ少年が音と異変に気付いて飛び出してたよ。吹っ飛んだ頭でも君は少しの間しゃべっているんだよ。そして、少年は急いでドクターの元へ運んだけど、君は手遅れだったらしい。そのまま、君の死体はピンタ少年とマリアさんが弔ってくれていたよ。丁重なお悔やみの手紙が島のひげじぃさんから届けられたよ。責任をとることはできないが、お悔やみを申し上げる。なんてさ、殊勝な言葉だったよ」
データいる?
等と言われた。シティネット所有の衛星による監視ログらしい。映像もあるとのことだった。銃砲から飛び出る光も、人物もわかるとのことだった。
しかし、私は丁重に辞退した。
今さら誰が私を殺したのか知っても仕方がない。何かしらの恨みで今からさらなる重装備で復讐に赴いても仕方がない。
そもそも私が恨みを買ったのかもしれない。
なぜなら、マリアはあの島の男たちを一手に虜にする娼婦なのだから。近づいた私が気に入らなかったのかもしれない。
もしも、本稿を読んだうえで『掃きだめの島』の娼婦に会いたい! 島へ移住したい! というもの好きがいるとしたら、彼女を抱くための代金を必ず用意する必要がある。
私はその準備をしていないことで大変悔やんでいるのだから。
本稿の執筆にあたって、掲載の許可をマリアへ手紙で伺った。マリアからは快諾を頂いたことをこの場を借りてお礼申し上げる。
私のアシスタントについて。本稿の執筆を終えたあと、祝いのためにホットドッグを買いに行かせた。
なんとホットドッグは半分ほどの大きさになり、あまつさえ中のソーセージは半分以上食べられていた。
「お前、食べたな?」
「はい。美味しうございました」
ケチャップとマスタードをその小さな口にたっぷりつけている。
セクサロイドは嘘をつけない。欲望にはある種忠実。
継続して、彼女のモニターを行うことを求められた。彼女との生活はもう少し続く。
モニターが完了したあと、彼女はその情報を元に製品化が図られる。
皆さんのご家庭にもメイドロボ兼セクサロイドとして活躍する彼女を送り届けることができる日もそう遠くはないかもしれない。
もちろん。男型のバトラータイプも同様に女性ライターがモニターをしているらしいので、女性読者も期待していただきたい。
以上でユタカの記事を終わる。願わくはもう一度どこかでお目にかかりたい。