ニーニャの話 3
辛いことがあったときはあついシャワーを浴びて、休むに限ります。そこに温かくて甘い飲み物があればばっちりです。
気に入らないことを減らそうとしたら、気に入らないことがさらに増えた!
あたしの家にはシャワーなんてお行儀のよいものはないから、ピンタの家でシャワーを使ってる。
身体を洗えればどんな水でも構わないのだけど、ひげじぃ曰く「ピンタの家のシャワーは特別に発注して取り付けた逸品だぞ!」なんて言ってた。ひげじぃはマリア姉さんをひいきにしていたし、そういう扱いをしてもなんら不平はない。それがマリア姉さんだったのだ。
マリア姉さんのためになることは引いては皆のためになることだったのだ。
男たちが皆ピンタの家にお行儀よく並んでるのを見る光景がいくらかあった。
「そこらへんでは目を合わせるのも避けたいような乱暴者ばかりだけど、マリア姉さんの前では借りてきた猫みたいなもんね」と感心していた。
マリア姉さんが死んでからはその光景も久しい。
というわけで、ここ最近はシャワーを使うのはあたし専用! みたいになってたはず。
なってたはずなのに!
あたしがシャワーを使おうと思ってたら、先客がいるのだ! ピンタなら問答無用で追い出して、あたしが使うんだけど、背格好を見る限りピンタではない。
シャワーにすぐに飛び込めるものとおもって服も脱いでいた。なんだか、今更服を着るのも違う気がしてあたしは脱衣所で肩を抱きながら待っていた。すると、突然カーテンが開いてあたしを引きずり込んだのだ。
混乱の極みとはこれだ。
お湯をはじく桃色の肌が目の前にある。あたしは湯けむりの中、抱きすくめられた。
「あら? ニーニャさんでしたか? てっきりピンタさんだと思いました」
「……!? ちょっと、なんですって? いつもこんなことしてるの!?」
聞き捨てならなかった。あたしはここで立場の違いというのを教え込んでやらないといけない。
肺いっぱいに甘い香りがする湯気を吸いこむ。
ああ、いい香り。スカベンジングの最中には味わえない香りだ。
これに包まれたがる男共の気持ちもわからないでもない。あたしもいつかこんな香りがするような女になりたい。
「ちょうどいいです。背中を洗ってください」
泡でいっぱいになったスポンジを手渡されて、背中を流すことを求められた。
完全に舐められている。だけど、桃色の肌を触っていいよ。なんて言われたら、触りたくなるというこの乙女心。
男たちの助平も理解できる。
理解した。
あたしはこんな肌をしていないけど。
あの時のことを思い出して、ちょっとげんなり。
だけど。
これは触りたい!
あたしは抗うことができずに背中と言わずに全身を洗い上げた。
「……これは、お上手ですね。驚きでした」
「いいえ、堪能したわ」
シャワーを浴びる前よりか幾分艶が出たように思う。
あたしもこいつも。
「ピンタさんは今出てますよ。ジャンクショップへ行きました。お茶を淹れました。一緒に飲みましょう」
清潔な服に着替えた女はあたしの意見も聞かずにお茶を用意してくれた。
「いや、そこまでしてもらうわけには」
これ以上この女と仲良くなるわけにはいかない。
情が移ってしまう!
「お砂糖も入れましたよ」
「もらうわ」
お砂糖に罪はないし、あたたかくて甘いなんてのは断る理由はない。
いつも大して表情の動かない女の頬が緩んだように思えた。
「なんで笑うのよ」
「ピンタさんの言う通りです。お砂糖を出せば、一緒にお茶してくれる。ってピンタさんが言ってたんですよ」
ピンタがあたしの話をしていた。
それを聴くだけでちょっと頬が緩んでしまう。このいじらしい乙女心。
笑うなら笑え。皆幸せになってしまえばいい!
「あらあら。ニーニャさん笑いながら泣くなんて器用ですね」
あたしはマリアの前で泣いてたらしい。
多分甘くて温かいお茶が理由だと思う。
もう出てきたものは仕方ない。流されるままに流された。
思い出すのも恥ずかしいくらいにあたしはボロボロに泣いた。
ピンタには内緒だ。